やわらかな光
やわらかな光が窓から射し込む、そんな心地が良いある日。
俺は久しぶりの、予定のない休日をだらだらと満喫していた。
というのも、床に寝っ転がって、暖かい日差しを浴びて。
うとうととしていた。
……が。
「もう、そんなトコで寝ないでよね、邪魔」
なんて。
洗濯カゴを持った恋人に、心底嫌そうな顔を向けられる。
でも、そんな顔も可愛いとか。
なんて、思ってしまうんだから、俺は相当な親バカならぬ、恋人バカってヤツなんだろう。
「何、ニヤニヤしてんの、気持ち悪い」
そこ、動かないんだったら、これ落とすよ、と。
彼がニヤリと笑って、持っていた洗濯カゴを更に持ち上げてみせるから。
「っ、ちょっ、それはダメ。危な過ぎ」
ちゃんとどきますから。
そう、慌てて起き上がる俺を見て。
彼は満足そうに笑って。
「ついでに、洗濯干すのも手伝って。わかった?」
「……はいはい。わかりましたよ」
可愛くて、強い、俺の恋人にはどうしたって敵わない。
そんなことを実感をした、休日だった。
End
鋭い眼差し
彼と僕は、同じクラスで席が前後。
僕が前で、君が後ろ。
普段、授業中だろうが、休み時間だろうが、やる気無さそうに、机に突っ伏してる君。
友達らしきクラスメイトに声を掛けられても、一瞬軽く顔を上げるぐらいで。
気だるげな返事を返すだけ。
……なのに。
僕が授業中配られたプリントを、彼に渡す時。
彼は決まって、顔を上げて僕を真っ直ぐに見つめてくるんだ。
その鋭い眼差しが、僕はちょっとだけ怖い……のに。
いつまでも見ていたいなんて思うのは、どうしてなんだろう。
そんなある日の放課後。
俺が担任の先生からの頼まれ事をこなしてから、教室に戻ると。
彼が教室に一人、机に突っ伏していて。
どうやら、眠っているみたいだった。
このまま、彼をほっといても良いのだろうか。
そろそろ下校した方が良いんじゃないか、なんて。
彼のことを心配……してるようで、そうじゃない。
僕の頭に妙な好奇心が生まれて。
気が付くと、僕は彼の席の前に立ち。
そっと、名前を呼んでみる。
彼の名前を口にした僕の声は、不思議と落ち着いていて。
小心者の僕らしくないな、と思った。
そんな時、だ。
机に突っ伏していた彼の顔がゆっくりと上がって。
俺と視線が合うなり、目を見開いたかと思ったら。
いつもの鋭い眼差しに変わって。
じっと、僕を見つめてくる。
「……何か用、か?」
なんて、眼差し同様に鋭い声色に。
僕は一瞬ドキリとしたけれど。
でも、気が付いてしまったから。
鋭い眼差しを向けてくる彼の頬が薄っすらと赤く染まっていることに。
だから、僕は自然と笑みを浮かべて。
「可愛いね」
と、口にすれば。
「……何、言ってんだよ、バーカ」
そんな、鋭いけど、少し震えた声が。
何だか、やっぱり……可愛いらしく思えて。
「やっぱり、可愛いよ」
僕が君の鋭い眼差しを見つめてしまう理由が、今わかった気がした。
End
高く高く
あとちょっと、手が届きそうで届かない。
んんーと唸りながら、必死に背伸びをして、腕を伸ばす、俺。
あ、届いたかも、なんて。
目的の本に手が届いた気がした瞬間。
体勢を崩した俺は、床に打ち付けられるのを想像して、目をきゅっと瞑る。
……けど、体が打ち付けられる気配は無い。
その代わりに、俺の体をぎゅっと逞しい身体が受け止めてくれていて。
シャンプーだろうか、柔軟剤だろうか、わからないけど、甘い香りがする。
俺が恐る恐る、目を開けると。
「無理しないで、脚立使えば良いのに」
と、皮肉なようなことを、俺の体を受け止めたヤツが言うから。
「うっせ、あのぐらい届くと思ったんだよ」
と、負けん気の強い俺が、跳ねるように言葉を返せば。
その身長でねぇ……なんて、助けてくれた男の目線が語っていた。
「良いだろ、俺のことなんかほっとけよ」
そう、俺が居心地の悪さから、その場を立ち去ろうとする……けど。
俺は足を止めて、ヤツへと振り返る。
そして。
「……まぁ、その、さっきは助かった、ありがと」
と、一応礼を言っておけば。
「へぇ、意外だね。キミ、どう見ても不良クンって感じなのに、お礼が言えるんだ」
それに、図書室に居るだなんて、本好きなのも面白い、なんて。
黙って聞いてりゃ、失礼じゃないか、コイツ。
「不良が図書室で本読んでじゃ駄目なのかよ」
そう、イラっと俺が返せば。
目の前の彼はニヤリと笑って。
「いいや、良いと思う。少なくとも俺はキミのことが気に入ったよ」
なんて言って、ズイズイと近づいてきたかと思ったら。
俺を本棚の端へと追い詰めてきて。
俺はヤツから逃げられない状況だ。
……気に入ったって何だよ。
俺はそんなヤツを、負けじと見上げて睨んでやるのだった。
End
子供のように
「ねぇ、公園寄らない?」
「何だよ、いきなりどした?」
「うんと、ね。何か、急にブランコ乗りたくなってきたんだよね」
なんて。
学校帰りに、二人で歩いていると。
隣の彼がふとそんなことを言う。
季節的には、秋で少し肌寒くて。
空は薄暗くなってきていて。
俺としては、寄り道をするにしてもコンビニぐらいかな、とか思ったけど。
普段、人に合わせてばかりの彼から提案されるなんて、珍しいから。
俺は良いよ、と返して。
二人で公園へと歩いた。
そして、着いたのは俺達が子供の頃よく遊んだ小さな公園。
「なんか、懐かしいねぇ」
なんて、しみじみと彼が呟くから。
「お前は年寄りかよ」
そう、ツッコむ俺。
そんな俺の方に振り向く彼は穏やかに笑っていて。
「そうだよ。年を取ったんだよ、僕達」
もうここで遊んでた子供じゃないんだから、と。
大人びな表情をする彼は、俺が幼い頃から知ってる彼とは別人みたいに思えた。
それが、何だか怖くて。
彼が俺の知らない遠くに行ってしまいそうで。
そんなの気の所為だって思いたくて、俺は。
「ブランコ、どっちが高いとこまでいけるか勝負しようぜ」
と、子供の頃みたいな提案をして。
彼の返事も聞かずに先にブランコを漕ぎ出せば。
「もう、君のそういうトコ、全然変わらないね」
なんて。
呆れた様に言いながらも、彼もブランコに座って漕ぎ始める。
俺はブランコに揺られながら。
子供の頃の彼との思い出を振り返る。
もう俺達は、小さな子供じゃない。
……きっと、いつかは彼とこうして過ごす時間も無くなるのかもしれない。
…………そんなの。
「……嫌だな」
と、俺が心中で呟く前に、隣でブランコを漕いでいる彼が口にするから。
俺は思わず、彼の方を見た。
すると、彼は俺の考えてることなんか、お見通しだったのか、笑って。
「だから大丈夫。僕は君から離れたりしないよ」
「っ、そう、かよ」
俺は彼の言葉が嬉しいのに。
照れ臭くて、ぶっきらぼうに返事をするのが精一杯。
ただただ、高いところを目指して、ブランコを漕ぐのだった。
End
放課後
いつもの様に、自分の教室で彼の迎えを待つ僕。
最後のホームルームなんかとっくに終わって、教室には僕一人だけ。
「……また、いつものかな」
机に突っ伏して、小さく呟いてみる。
その声は少し震えていて、自分が今不安なんだと思い知らされる。
僕の待つ彼は、背が高くて顔もかっこよくて見た目は完璧。
でもって、誰にでも優しいから中身も完璧。
ってことで、当然女の子から大人気の彼。
だから、放課後は女の子に呼び出されての告白が頻繁にあって。
しかも、一日に一人じゃなくて何人もいたりするから時間がかかる。
僕は彼を待つ、この時間が大嫌いだ。
だって、君が女の子に取られるんじゃないかって不安になるし。
取られたくない、なんて我儘な自分が嫌になるから。
君と僕は、ただの幼馴染。
普通の友達よりちょっとだけ仲が良いだけ。
だから、君は僕のものじゃない……のに。
「……たまには女の子達じゃなくて、僕を優先して」
なんて。
僕の我儘が口から溢れる。
すると。
「そんなこと、いつも思ってたの?」
と、机に突っ伏す僕の頭上から、突然、彼の優しい声が降ってきて。
「っ!いや、それはっ、その…そう、じゃなくて」
弾かれた様に顔を上げた俺が、動揺の余り狼狽えながら、咄嗟に否定してみせるけど。
彼は相変わらず、優しく笑っている。
「ちゃんと言ってよ。ちゃんと聞くから」
「…………」
僕は昔から、彼の優しい笑顔に弱いから。
少し躊躇った後。
「僕を優先してほしい……寂しいから」
と、正直に白状すれば。
よく言えました、と彼が頭を撫でてくれる。
そして。
「うん、約束する。これからはホームルームが終わったら、真っ直ぐに君を迎えに行くよ」
「え……良い、の?」
女の子達が彼をほっとくワケないし。
君は優しいから、それを無視出来ない筈なのに。
なんて、俺の思ってることが伝わったのか。
彼が困った様に笑って。
「俺、君が思ってる程優しい人じゃないよ」
好きな人のお願いなら、何よりも優先したくなるんだから。
そんな、彼から俺の耳元で囁かれた言葉は、俺の願望からくる幻聴だったりはしないだろうか。
さっきまで不安で憂鬱だった気持ちは吹き飛んで。
俺はドキドキと煩い心臓の音で、何も考えられなくなって。
ただただ、独り占めしたいと思う彼を見つめるのだった。
End