子供のように
「ねぇ、公園寄らない?」
「何だよ、いきなりどした?」
「うんと、ね。何か、急にブランコ乗りたくなってきたんだよね」
なんて。
学校帰りに、二人で歩いていると。
隣の彼がふとそんなことを言う。
季節的には、秋で少し肌寒くて。
空は薄暗くなってきていて。
俺としては、寄り道をするにしてもコンビニぐらいかな、とか思ったけど。
普段、人に合わせてばかりの彼から提案されるなんて、珍しいから。
俺は良いよ、と返して。
二人で公園へと歩いた。
そして、着いたのは俺達が子供の頃よく遊んだ小さな公園。
「なんか、懐かしいねぇ」
なんて、しみじみと彼が呟くから。
「お前は年寄りかよ」
そう、ツッコむ俺。
そんな俺の方に振り向く彼は穏やかに笑っていて。
「そうだよ。年を取ったんだよ、僕達」
もうここで遊んでた子供じゃないんだから、と。
大人びな表情をする彼は、俺が幼い頃から知ってる彼とは別人みたいに思えた。
それが、何だか怖くて。
彼が俺の知らない遠くに行ってしまいそうで。
そんなの気の所為だって思いたくて、俺は。
「ブランコ、どっちが高いとこまでいけるか勝負しようぜ」
と、子供の頃みたいな提案をして。
彼の返事も聞かずに先にブランコを漕ぎ出せば。
「もう、君のそういうトコ、全然変わらないね」
なんて。
呆れた様に言いながらも、彼もブランコに座って漕ぎ始める。
俺はブランコに揺られながら。
子供の頃の彼との思い出を振り返る。
もう俺達は、小さな子供じゃない。
……きっと、いつかは彼とこうして過ごす時間も無くなるのかもしれない。
…………そんなの。
「……嫌だな」
と、俺が心中で呟く前に、隣でブランコを漕いでいる彼が口にするから。
俺は思わず、彼の方を見た。
すると、彼は俺の考えてることなんか、お見通しだったのか、笑って。
「だから大丈夫。僕は君から離れたりしないよ」
「っ、そう、かよ」
俺は彼の言葉が嬉しいのに。
照れ臭くて、ぶっきらぼうに返事をするのが精一杯。
ただただ、高いところを目指して、ブランコを漕ぐのだった。
End
放課後
いつもの様に、自分の教室で彼の迎えを待つ僕。
最後のホームルームなんかとっくに終わって、教室には僕一人だけ。
「……また、いつものかな」
机に突っ伏して、小さく呟いてみる。
その声は少し震えていて、自分が今不安なんだと思い知らされる。
僕の待つ彼は、背が高くて顔もかっこよくて見た目は完璧。
でもって、誰にでも優しいから中身も完璧。
ってことで、当然女の子から大人気の彼。
だから、放課後は女の子に呼び出されての告白が頻繁にあって。
しかも、一日に一人じゃなくて何人もいたりするから時間がかかる。
僕は彼を待つ、この時間が大嫌いだ。
だって、君が女の子に取られるんじゃないかって不安になるし。
取られたくない、なんて我儘な自分が嫌になるから。
君と僕は、ただの幼馴染。
普通の友達よりちょっとだけ仲が良いだけ。
だから、君は僕のものじゃない……のに。
「……たまには女の子達じゃなくて、僕を優先して」
なんて。
僕の我儘が口から溢れる。
すると。
「そんなこと、いつも思ってたの?」
と、机に突っ伏す僕の頭上から、突然、彼の優しい声が降ってきて。
「っ!いや、それはっ、その…そう、じゃなくて」
弾かれた様に顔を上げた俺が、動揺の余り狼狽えながら、咄嗟に否定してみせるけど。
彼は相変わらず、優しく笑っている。
「ちゃんと言ってよ。ちゃんと聞くから」
「…………」
僕は昔から、彼の優しい笑顔に弱いから。
少し躊躇った後。
「僕を優先してほしい……寂しいから」
と、正直に白状すれば。
よく言えました、と彼が頭を撫でてくれる。
そして。
「うん、約束する。これからはホームルームが終わったら、真っ直ぐに君を迎えに行くよ」
「え……良い、の?」
女の子達が彼をほっとくワケないし。
君は優しいから、それを無視出来ない筈なのに。
なんて、俺の思ってることが伝わったのか。
彼が困った様に笑って。
「俺、君が思ってる程優しい人じゃないよ」
好きな人のお願いなら、何よりも優先したくなるんだから。
そんな、彼から俺の耳元で囁かれた言葉は、俺の願望からくる幻聴だったりはしないだろうか。
さっきまで不安で憂鬱だった気持ちは吹き飛んで。
俺はドキドキと煩い心臓の音で、何も考えられなくなって。
ただただ、独り占めしたいと思う彼を見つめるのだった。
End
誰かのためになるならば
「みんなのためになるなら、俺は喜んで死ぬよ」
なんて。
微笑む君はそう、あっさりと言ってみせる。
僕達の住む世界は、謎のウイルスに支配され。
毎日大勢の人々が死んでいっている。
そんな絶望的な状況の中。
何故か、そのウイルスに免疫があるらしい君が。
世界の唯一の希望で。
君はその期待に応えたいと考えているみたいだけれど。
……そんなの、僕は納得がいかない。
医者や学者が君の体の中を調べる手術をするらしく。
何が起こるかわからないし、場合によっては彼は命を落とすことになるかもしれないのだと聞かされた。
それでも、世界のために。
明日、君はその手術を受ける。
でも、僕は絶対に嫌だ、君が死ぬなんて。
だから。
「君の言うみんなに、僕は入ってないんだね」
「どうしてそんなことを言うの?俺の体を調べれば、君だってウイルスに怯えて暮らさなくて済むようになるかもしれないのに」
さっきはみんな、なんて言ったけど、俺が一番助けたいのは君なんだよ?
わかってよ、と。
真剣な表情の君に。
僕も真剣な顔をして、静かに首を左右に振った。
「それで君がいなくなるなら、僕は君が生きてる今の世界のままの方が幸せだよ」
だから、どうか、お願い。
「みんなのためじゃなく、僕だけのために行動して」
そう言って、僕は戸惑う君へと、手を差し出した。
「僕とここから逃げよう」
君をみんなのためになんて死なせない。
僕だけのために生きてほしいんだ。
そんな僕の思いが伝わったのか。
君はゆっくりと、でもしっかりと僕の手を握った。
End
手を取り合って
俺達が信じられるのは、お互いだけ。
だから、これからも手を取り合って。
この厳しい現実を生きていく。
「なぁ、今日、暑くね?」
「ほい、水盗ってきたぞ。これ飲んで元気出せ」
なんて、太陽が照りつける、暑い日も。
「あぁー、今日はさみーじゃん」
「そんじゃ、こっち来いよ。俺が温めてやる」
なんて、凍える風の吹く、寒い日も。
隣にはいつも、お前がいて。
こんな状況をつい嘆いてしまう、俺に。
お前はいつだって笑って。
手を握ってくれるんだ。
だから、俺だって、お前に何か返したいから。
「なぁ、お前は俺にしてほしいことってある?」
水盗って来ようか?
それとも、毛布?
あ、雨降ってきたし、傘か。
なんて。
俺が、彼の力になりたくて。
あれこれと必死で言葉を並べるけど。
お前はそれに、悲しげに笑って。
首を左右に振る。
そして。
「お前は何も盗って来なくて良いよ。俺みたいなことしなくて良い」
「っ、けど、それじゃあ、俺ばっか助けられてる」
俺はお前と支え合って生きていく、って決めたのに。
「そんなこと無いよ。お前が傍にいてくれるだけでさ……お前の存在に助けられてっから」
そんなの……俺だって、おんなじだ。
俺だって、お前が傍にいてくれることが、一番の支えになってるんだよ。
だから。
俺は、そんな思いを込めて。
彼へと手を差し出すと。
お前は柔らかく微笑んで。
俺の手を取った。
そして。
本格的に降り出した雨から、逃げる様に。
俺と彼は手を繋いで、走る。
二人で休める場所を探して。
End
優越感、劣等感
優越感
「お前は良いよなぁ。勉強もスポーツも出来て。背は高いし、顔も良いとか」
人生勝ち組じゃん?
なんて、お前が俺に羨望の眼差しを向けてくるのが。
俺は嬉しくて堪らない。
お前に褒めらると、顔がニヤけそうになる。
正直に話すと、彼以外にも俺を羨ましがるヤツは大勢いて。
みんな、俺を羨ましいと言ってくるんだけど。
そんな時は何とも思わないどころか。
ちょっと煩わしささえ感じる。
でも、お前の言葉だけは他と違って、嬉しくなる。
これは、親友のお前に、俺が優越感を感じてるからだと思ったりもしてたんだけど。
どうやら、違うらしい。
「俺、好きな子いるんだけど。その子さ、お前のことが好きらしいんだよなぁ」
この前、話してたら、お前の連絡先知りたいっぽかったし。
と、肩を落とす彼に。
俺は何だかイライラしたんだ。
お前に好きな子がいることも。
その子が俺を好きらしいのも。
だって、お前が俺を羨ましがるのは。
その子に好かれたいからなんでしょ。
……そんなの、何かムカつく。
と、この時、俺は気がついてしまった。
俺がお前に褒められて嬉しいのは、優越感からじゃなくて。
俺が、お前のことを好きだからだ。
好きな子に褒められて、嬉しくない男なんていない。
……でも、そんなの意味ねぇーじゃん。
好きな子に振り向いてもらえないなら、全然、人生勝ち組じゃねぇーし。
そう思うと、隣で肩を落とす彼がやっぱり腹立たしくて。
「バーカ。俺の連絡先、勝手に教えたりすんなよ?」
と、彼の頭を、手でクシャクシャにしてやれば。
「ちょっ、何すんだよっ?今日、髪のセット良い感じにキマったと思ってたのによぉ」
「そんなの知らねぇーし」
お前が、俺の気持ちを知らないのが悪いんだから。
劣等感
俺と並んで歩く彼は。
誰が見ても振り返るような、長身イケメン。
対して、俺はというと。
チビで、顔は別に普通。
そんな俺達が並んで歩いていれば。
俺はお前の引き立て役か、って。
当然、劣等感が湧いてくるんだけど。
でも、それでも、俺が彼の隣にいるのは。
気が合うし、一緒にいて楽しいからだ。
勉強もスポーツも何でも出来る彼は。
意外と子供っぽくて。
俺もスポーツは得意だから、勝負をすれば勝てる時も、たまにあるって。
一度や二度の負けぐらい、諦めたら良いのに。
俺に負けた時は決まって、直ぐに再戦を申し込んでくるところなんかは、負けず嫌いで。
完璧な彼の可愛らしいところだし。
俺も負けず嫌いだから、おんなじだな、って嬉しくなる。
そんな感じで、彼といるのは劣等感を感じることも多いけど。
楽しくて、嬉しいこともいっぱいあるから。
俺は彼と過ごす時間が好きだ。
まぁ、目の前で女の子に呼び出されて、告白されに行く彼を見送るのは。
正直、複雑な気分になるんだけど。
それは、彼ばっかモテて、羨ましいからだと思ってた。
でも、どうやら違うっぽい。
だって。
前から好きだと思っていた、女の子に。
彼の連絡先を知りたい、みたいな話をされて。
俺はもちろん、ショックだった。
でも、それは。
俺の気持ちが、その子に届かないとわかったからじゃない。
彼を、その子に渡したくないと思ってしまったから。
その気持ちに気がついて、俺はショックを受けたのだ。
……俺って、アイツのことが好きなんかな。
けど、そんな気持ちは受け取ってもらえないに決まってる。
アイツは人生勝ち組なんだから、相手は選びたい放題なんだし。
俺はチビで、勉強はさっぱりで……何より可愛い女の子じゃないから。
俺ががっくりと肩を落とす。
そうしたら、隣の彼がバーカ、なんて。
頭をクシャクシャにしてくる。
頭に触られた瞬間、彼の手の大きさと温もりに、ドキドキして。
……こんな惨めな気持ち、早く忘れなきゃ。
慌てて、彼によって乱れた髪を直すと同時に。
煩く騒ぐ心臓を落ち着かせるのに、必死になるのだった。
End