これまでずっと
これまでずっと、君の幸せだけを願って、見守ってきた。
でも、君は泣いてばかりだね。
君を泣かせてばかりのあんな男より、俺を選んでよ。
俺なら絶対に、君を悲しませたりしないから。
……って、言えたなら良いのに、な。
でも、言えない。
だって、君はそれでも、君を泣かせてばかりの男のことが好きで。
君にとって、俺は何でも話せる相談相手で親友なんだ。
だから、そんな親友から告白されたら。
優しい君は、返事に困ってしまうでしょ。
悲しむ君を見たくない俺は、当然、困らせたりもしたくないから。
俺の君への気持ちは、今日も言えない。
「どうかしたの?」
……え。
「今日は君の方が泣きそうな顔してるよ」
なんて。
いつものように、彼の最低な恋人の相談に乗っている最中に。
君が俺に、心配そうな目を向けて見つめてくる。
「そうかな。大丈夫だよ、気のせいじゃない?」
そう、俺が慌てて作り笑いを浮かべてみせるけど。
目の前の君は、静かに首を左右に振って。
「僕、君のこといつも見てるからわかるよ。今、無理して笑ってる」
……なんで、そんなこと言うの?
いつも見てるなら、俺の気持ちにも気がついてよ。
そう言ってしまいたかった。
けど、絶対にそんなことはしない。
俺だけは、君にとって居心地の良い存在で有りたいから。
だから、俺は。
「俺のことは良いから。それより、今は君と彼の話だろ?」
これからもずっと、これまでと変わらず。
君を見守り続けるんだ。
End
一件のLINE
『お前の恋人、無防備すぎ』
なんて。
幼馴染からの一件のLINE。
しかも、写真付き。
送られてきた写真は、俺の恋人が幸せそうな笑顔で、幼馴染に抱きついているところで。
それを自撮りして送ってきたみたいだった。
俺の恋人と俺の幼馴染と、俺の三人は同じ高校の同級生で。
今は俺だけが違う大学に通っていて。
恋人と幼馴染は今日、大学のサークルの飲み会だったらしく。
完全に酔っている恋人が、幼馴染に絡んだのだろうけど。
当然、そんなの面白くない。
俺以外の男に簡単に触れさせないでほしい。
なんて、無防備な恋人に対しては心配になるし。
見せびらかすようなLINEを送ってきた、幼馴染には苛立ちが募って。
俺は。
『どこにいるの?すぐ、そっち行く』
と、幼馴染に飲み会の場所を聞き出し。
急いで、恋人を向かえに行く。
「あ、やっとホンモノが来てくれたぁ」
なんて。
俺が行くと、酔った恋人の彼がふにゃりと笑って。
俺へと両手を広げてくるから。
「もう、飲み過ぎだよ。君、お酒強くないんだから」
本当はもっと、注意したい気持ちがあったけど。
ご機嫌で笑う彼が可愛くて、俺は思わず抱きしめてしまう。
「おっせぇーぞ。ホンモノの彼氏サン」
こいつ、ずっとお前の名前呼んでたんだぜ。
何かムカついたから、写真送ってやったんだ。
と、幼馴染がお酒片手に言う。
どうやら、あの写真も、酔った恋人が幼馴染と俺を間違えて抱きついてのことらしい。
……そうか、てことは写真の、彼のあの幸せそうな笑顔は、俺に向けられたものだったのか。
「顔、ニヤけてるぞ」
キモい、なんて。
幼馴染に冷めた視線を浴びせられるけど。
嬉しいんだから、しょーがないだろ。
今もニコニコとご機嫌で、俺の腕に自分の腕を絡めて離さない、可愛い恋人。
そんな彼の頭を撫でて、俺は。
「帰ろっか、俺達の家に」
すると、ニコニコの彼はもっと顔を輝かせて。
「うん!帰ろっ!」
抱っこして、と。
俺に甘えてくるのも、可愛い。
だから、俺は彼を背中におぶると。
「相変わらず、仲がよろしいことで」
そう言って、酒を煽る幼馴染に。
「ヤケ酒は程々にしとけよな」
「……うっせ。言われなくてもわかってるっつの。てか、俺は酒弱くねぇーから」
「まぁ、それもそうだな。でも無茶な飲み方はするなよ」
なんて。
俺は知っているから。
幼馴染も、俺の恋人である彼のことが好きだったことを。
だからきっと、俺と彼の関係を見て、傷付いているに違いない。
どうか、早く幼馴染にも素敵な恋人が出来ますように。
End
目が覚めると
知らない天井が目に入ってきた。
ベッドから体を起こして、周りを見渡すけど。
初めて見る部屋で、俺の頭は混乱し始める。
……ここ、どこだ?
「……というか、俺は誰なんだ?」
自分のこともわからないことに、気が付いて。
俺は益々、焦った。
そんな時、別の部屋から漂ってくる、コーヒーの香りに。
俺は吸い寄せられるように、ベッドから降りて部屋を出た。
「あ、おはよう。よく眠れた?」
なんて。
コーヒーカップを持った彼は。
俺の姿を見るなり、にっこりと笑ってくれるけど。
「……すみません、誰、なんですか?」
俺、自分のこともわからなくて。
と、俺が事情を説明しても。
彼は驚きもせずに。
「うん。わかってるよ、大丈夫」
そう、俺に優しい声色で言ってくれるから。
俺はホッとして。
何だか、泣きそうになってしまう。
「とりあえず、コーヒーでも飲んで落ち着こう?」
と、彼に言われて。
それに、俺は黙って頷いた。
「君はね、一日しか記憶されない、脳の病気なんだ」
これを読んで、と一枚の手紙を渡される。
そこには、俺が書いたらしい。
俺自身のこと、家族のこと。
そして、恋人と一緒に暮らしていることが書かれていて。
……ということは。
と、俺が手紙から、彼に視線を遣れば。
「うん。俺は君の恋人なんだよ」
急に言われても困ると思うんだけど。
なんて、彼の方も複雑そうな表情を浮かべるから。
……そんな、悲しそうな顔しないでほしい。
そう、何故か俺はふと思って。
俺自身、記憶を失っても彼の存在をどこかで覚えてるのかもしれない。
彼とは今初めて会話した気がするのに、不思議と安心感があるから。
だから、手紙の内容も信じることが出来た。
そのことを、俺が彼に伝えれば。
彼はホッとしたような顔をして。
「ありがとう、信じてくれて」
と、とても嬉しそうに笑ってくれるのが。
何だか、擽ったい気分になる。
それから。
俺と彼は、一緒に朝食を食べて。
洗い物をしてから、リビングで寛いで。
昼食は二人で作って食べて、またゆったりと過ごして。
夕食は、俺の好物だったらしい、彼特製のオムライスを食べた。
初めて食べた感じもするのに、どこか懐かしくもあって。
不思議だったけど、幸せな気分だった。
ご馳走様でした、と。
二人で手を合わせて、また一緒に洗い物をして。
お風呂も済ませると、後はいよいよ眠るだけ。
わかっているけど、眠ったら、また彼との幸せな記憶が無くなってしまう。
そのことが悲しいし。
彼にもきっと、寂しい思いをさせてしまうと思うと辛くて。
「ねぇ、どうして、君はこんな俺の恋人でいてくれるの?」
「それは俺も訊きたいよ。君こそ、記憶が無くなってるのに、どうして俺を恋人だって受け入れてくれるの?」
毎日、君がこうして俺を受け入れてくれるだけで幸せなんだよ。
なんて言って、彼は俺の頭を優しく撫でてくれる。
……あぁ、忘れたくないな、君のこと。
「さぁ、もう夜も遅いし、一緒にベッドに行こうか」
そう、彼が俺の手を取って。
寝室へと向かおうとするけれど。
俺は足を止めて、動かない。
だって、寝たらまた、君を忘れちゃう。
そんなの嫌だよ。
なんて、俺の気持ちが伝わったのか。
彼が優しい声色で。
「大丈夫だよ。俺は毎朝、君のキョトンとした可愛い顔、見るのも好きだから」
また明日、その可愛い顔見せてよ。
と、言ってくれるから。
俺も寂しい気持ちはグッと堪えて。
彼と一緒に眠ることにした。
明日の朝、目が覚めても、君のことを覚えていられたら良いのに。
そう、願わずにはいられないけれど。
End
私の当たり前
私は小さな喫茶店の店主です。
いつも通ってくれる常連さんは、何人かいらっしゃるのですが。
その中でも、最近毎日通ってくれる彼は、今までにいらっしゃらないタイプのお客さんで。
「今日もアンタは綺麗だな、これ、やるよ」
と、店に顔を出しては、私を褒めて。
花束をプレゼントしてくれるのです。
「ありがとうございます。ですが、お客様から物をいただくなんて出来ませんよ」
それに、花束なんて、男の私にあげるより。
花の似合う女性に贈った方が良いのでは?
そう言って、私はいつも、彼からの花束を遠慮するのですが。
「いや、これは客としてじゃなく、一人の男として。
アンタに受け取ってもらいてぇーんだ」
それに、アンタより花が似合うヤツなんて、俺は知らねぇーしな、と。
彼もいつも、私が受け取るまで引き下がらないので。
彼の強引さに負けて、受け取ってしまう私。
ありがとうございます、と。
私が彼からの花束を腕に抱えれば。
彼は鋭い目を細めて、満足そうに笑う。
「やっぱ、アンタには花がよく似合うよ。まぁ、花よりもアンタの方が何倍も綺麗だけどな」
なんて。
あまりにも彼が私を褒めてくださるので、何だか気恥ずかしくなってきてしまう。
「ご注文は?今日もコーヒーでよろしかったでしょうか?」
「あぁ、頼む。アンタがコーヒーを入れる姿は何回見ても見惚れちまう」
そう、また彼が私を褒める。
「ありがとうございます」
私がコーヒーを入れるのを、食い入るように見つめてくる彼の視線が、熱くて。
恥ずかしい……のに、心地良く感じるようになったのは、つい最近のこと。
「お待たせいたしました」
「おう、さんきゅ」
と、私が差し出したコーヒーカップを手に取り、彼がゆっくりと口をつけた。
そして。
「うん、美味い。アンタの入れるコーヒーは最高だ」
なんて。
浮かべていた笑みを深める彼。
普段は鋭い目付きから、近寄り難い雰囲気がある彼だが。
意外にも笑顔を見せてくれるし、笑うとどことなく子供っぽくもなって、可愛らしく感じる。
そう伝えれば、貴方はどんな顔をするのだろう。
見てみたい気もするけれど、彼は大切な常連様だ。
気分を害してしまうようなことは、あってはならないし。
それで、彼がお店に来てくれなくなるのは。
何より、私が寂しいから。
だから、どうか。
明日も明後日も、私に笑顔を見せに来てくださいね。
貴方の存在が、私の当たり前になってしまったんです。
そんな思いを込めて、いつも、彼にコーヒーを入れる私だった。
End
七夕
今日は一年に一度、貴方が帰ってくる日。
「よぉ、元気にやってたか?織姫サン」
「……何、織姫って」
「そりゃあ、今日が七夕の日だからじゃん」
……そっか。
そういえば、そうだった。
貴方のことしか考えてなくて、そんなのすっかり忘れてた。
なんて。
そんな僕の考えてることは、お見通しだとでもいうように、貴方がニヤニヤと笑って。
「俺に会えるのが嬉しくて忘れてたのかぁ?」
と、揶揄ってくる。
けど、あながち間違いじゃないから。
「そうだよ。七夕なんかより貴方が帰ってくるのが楽しみで仕方がなかったの」
そう、正直に言ってみせれば。
彼はニヤけた顔を止めて。
俺を真剣な目で見つめると。
頭をポンと触ってきて。
「可愛いなぁ、お前は。きっと本物の織姫サンより可愛いよ」
「もう、テキトーなこと言わないでよね」
と言いつつ、貴方に可愛いと言われるのは嬉しいから、頬が緩む。
あぁ、貴方がずっと、僕の傍にいてくれたら良いのに。
なんて。
そんなことを言っても、彼を困らせるだけだから。
俺がいつか必ず、貴方と一緒に暮らせるように頑張るよ。
だから、どうか。
俺の頑張りが叶いますように。
そう、星空に願う僕だった。
End