NoName

Open App

私の当たり前


私は小さな喫茶店の店主です。

いつも通ってくれる常連さんは、何人かいらっしゃるのですが。
その中でも、最近毎日通ってくれる彼は、今までにいらっしゃらないタイプのお客さんで。

「今日もアンタは綺麗だな、これ、やるよ」

と、店に顔を出しては、私を褒めて。
花束をプレゼントしてくれるのです。

「ありがとうございます。ですが、お客様から物をいただくなんて出来ませんよ」

それに、花束なんて、男の私にあげるより。
花の似合う女性に贈った方が良いのでは?

そう言って、私はいつも、彼からの花束を遠慮するのですが。

「いや、これは客としてじゃなく、一人の男として。
アンタに受け取ってもらいてぇーんだ」

それに、アンタより花が似合うヤツなんて、俺は知らねぇーしな、と。
彼もいつも、私が受け取るまで引き下がらないので。

彼の強引さに負けて、受け取ってしまう私。

ありがとうございます、と。
私が彼からの花束を腕に抱えれば。

彼は鋭い目を細めて、満足そうに笑う。

「やっぱ、アンタには花がよく似合うよ。まぁ、花よりもアンタの方が何倍も綺麗だけどな」

なんて。
あまりにも彼が私を褒めてくださるので、何だか気恥ずかしくなってきてしまう。

「ご注文は?今日もコーヒーでよろしかったでしょうか?」

「あぁ、頼む。アンタがコーヒーを入れる姿は何回見ても見惚れちまう」

そう、また彼が私を褒める。

「ありがとうございます」

私がコーヒーを入れるのを、食い入るように見つめてくる彼の視線が、熱くて。
恥ずかしい……のに、心地良く感じるようになったのは、つい最近のこと。

「お待たせいたしました」

「おう、さんきゅ」

と、私が差し出したコーヒーカップを手に取り、彼がゆっくりと口をつけた。

そして。

「うん、美味い。アンタの入れるコーヒーは最高だ」

なんて。
浮かべていた笑みを深める彼。
普段は鋭い目付きから、近寄り難い雰囲気がある彼だが。
意外にも笑顔を見せてくれるし、笑うとどことなく子供っぽくもなって、可愛らしく感じる。

そう伝えれば、貴方はどんな顔をするのだろう。

見てみたい気もするけれど、彼は大切な常連様だ。
気分を害してしまうようなことは、あってはならないし。

それで、彼がお店に来てくれなくなるのは。
何より、私が寂しいから。

だから、どうか。
明日も明後日も、私に笑顔を見せに来てくださいね。
貴方の存在が、私の当たり前になってしまったんです。

そんな思いを込めて、いつも、彼にコーヒーを入れる私だった。


                   End





7/9/2024, 12:47:01 PM