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目が覚めると


知らない天井が目に入ってきた。
ベッドから体を起こして、周りを見渡すけど。
初めて見る部屋で、俺の頭は混乱し始める。

……ここ、どこだ?

「……というか、俺は誰なんだ?」

自分のこともわからないことに、気が付いて。
俺は益々、焦った。

そんな時、別の部屋から漂ってくる、コーヒーの香りに。
俺は吸い寄せられるように、ベッドから降りて部屋を出た。

「あ、おはよう。よく眠れた?」

なんて。
コーヒーカップを持った彼は。
俺の姿を見るなり、にっこりと笑ってくれるけど。

「……すみません、誰、なんですか?」

俺、自分のこともわからなくて。
と、俺が事情を説明しても。
彼は驚きもせずに。

「うん。わかってるよ、大丈夫」

そう、俺に優しい声色で言ってくれるから。

俺はホッとして。
何だか、泣きそうになってしまう。

「とりあえず、コーヒーでも飲んで落ち着こう?」

と、彼に言われて。
それに、俺は黙って頷いた。

「君はね、一日しか記憶されない、脳の病気なんだ」

これを読んで、と一枚の手紙を渡される。

そこには、俺が書いたらしい。
俺自身のこと、家族のこと。
そして、恋人と一緒に暮らしていることが書かれていて。

……ということは。

と、俺が手紙から、彼に視線を遣れば。

「うん。俺は君の恋人なんだよ」

急に言われても困ると思うんだけど。
なんて、彼の方も複雑そうな表情を浮かべるから。

……そんな、悲しそうな顔しないでほしい。

そう、何故か俺はふと思って。
俺自身、記憶を失っても彼の存在をどこかで覚えてるのかもしれない。

彼とは今初めて会話した気がするのに、不思議と安心感があるから。

だから、手紙の内容も信じることが出来た。

そのことを、俺が彼に伝えれば。
彼はホッとしたような顔をして。

「ありがとう、信じてくれて」

と、とても嬉しそうに笑ってくれるのが。
何だか、擽ったい気分になる。

それから。
俺と彼は、一緒に朝食を食べて。
洗い物をしてから、リビングで寛いで。
昼食は二人で作って食べて、またゆったりと過ごして。

夕食は、俺の好物だったらしい、彼特製のオムライスを食べた。
初めて食べた感じもするのに、どこか懐かしくもあって。
不思議だったけど、幸せな気分だった。

ご馳走様でした、と。
二人で手を合わせて、また一緒に洗い物をして。
お風呂も済ませると、後はいよいよ眠るだけ。

わかっているけど、眠ったら、また彼との幸せな記憶が無くなってしまう。
そのことが悲しいし。
彼にもきっと、寂しい思いをさせてしまうと思うと辛くて。

「ねぇ、どうして、君はこんな俺の恋人でいてくれるの?」

「それは俺も訊きたいよ。君こそ、記憶が無くなってるのに、どうして俺を恋人だって受け入れてくれるの?」

毎日、君がこうして俺を受け入れてくれるだけで幸せなんだよ。
なんて言って、彼は俺の頭を優しく撫でてくれる。

……あぁ、忘れたくないな、君のこと。

「さぁ、もう夜も遅いし、一緒にベッドに行こうか」

そう、彼が俺の手を取って。
寝室へと向かおうとするけれど。

俺は足を止めて、動かない。

だって、寝たらまた、君を忘れちゃう。
そんなの嫌だよ。

なんて、俺の気持ちが伝わったのか。
彼が優しい声色で。

「大丈夫だよ。俺は毎朝、君のキョトンとした可愛い顔、見るのも好きだから」

また明日、その可愛い顔見せてよ。
と、言ってくれるから。

俺も寂しい気持ちはグッと堪えて。
彼と一緒に眠ることにした。

明日の朝、目が覚めても、君のことを覚えていられたら良いのに。

そう、願わずにはいられないけれど。


                    End

7/10/2024, 11:18:23 PM