NoName

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7/10/2024, 11:18:23 PM

目が覚めると


知らない天井が目に入ってきた。
ベッドから体を起こして、周りを見渡すけど。
初めて見る部屋で、俺の頭は混乱し始める。

……ここ、どこだ?

「……というか、俺は誰なんだ?」

自分のこともわからないことに、気が付いて。
俺は益々、焦った。

そんな時、別の部屋から漂ってくる、コーヒーの香りに。
俺は吸い寄せられるように、ベッドから降りて部屋を出た。

「あ、おはよう。よく眠れた?」

なんて。
コーヒーカップを持った彼は。
俺の姿を見るなり、にっこりと笑ってくれるけど。

「……すみません、誰、なんですか?」

俺、自分のこともわからなくて。
と、俺が事情を説明しても。
彼は驚きもせずに。

「うん。わかってるよ、大丈夫」

そう、俺に優しい声色で言ってくれるから。

俺はホッとして。
何だか、泣きそうになってしまう。

「とりあえず、コーヒーでも飲んで落ち着こう?」

と、彼に言われて。
それに、俺は黙って頷いた。

「君はね、一日しか記憶されない、脳の病気なんだ」

これを読んで、と一枚の手紙を渡される。

そこには、俺が書いたらしい。
俺自身のこと、家族のこと。
そして、恋人と一緒に暮らしていることが書かれていて。

……ということは。

と、俺が手紙から、彼に視線を遣れば。

「うん。俺は君の恋人なんだよ」

急に言われても困ると思うんだけど。
なんて、彼の方も複雑そうな表情を浮かべるから。

……そんな、悲しそうな顔しないでほしい。

そう、何故か俺はふと思って。
俺自身、記憶を失っても彼の存在をどこかで覚えてるのかもしれない。

彼とは今初めて会話した気がするのに、不思議と安心感があるから。

だから、手紙の内容も信じることが出来た。

そのことを、俺が彼に伝えれば。
彼はホッとしたような顔をして。

「ありがとう、信じてくれて」

と、とても嬉しそうに笑ってくれるのが。
何だか、擽ったい気分になる。

それから。
俺と彼は、一緒に朝食を食べて。
洗い物をしてから、リビングで寛いで。
昼食は二人で作って食べて、またゆったりと過ごして。

夕食は、俺の好物だったらしい、彼特製のオムライスを食べた。
初めて食べた感じもするのに、どこか懐かしくもあって。
不思議だったけど、幸せな気分だった。

ご馳走様でした、と。
二人で手を合わせて、また一緒に洗い物をして。
お風呂も済ませると、後はいよいよ眠るだけ。

わかっているけど、眠ったら、また彼との幸せな記憶が無くなってしまう。
そのことが悲しいし。
彼にもきっと、寂しい思いをさせてしまうと思うと辛くて。

「ねぇ、どうして、君はこんな俺の恋人でいてくれるの?」

「それは俺も訊きたいよ。君こそ、記憶が無くなってるのに、どうして俺を恋人だって受け入れてくれるの?」

毎日、君がこうして俺を受け入れてくれるだけで幸せなんだよ。
なんて言って、彼は俺の頭を優しく撫でてくれる。

……あぁ、忘れたくないな、君のこと。

「さぁ、もう夜も遅いし、一緒にベッドに行こうか」

そう、彼が俺の手を取って。
寝室へと向かおうとするけれど。

俺は足を止めて、動かない。

だって、寝たらまた、君を忘れちゃう。
そんなの嫌だよ。

なんて、俺の気持ちが伝わったのか。
彼が優しい声色で。

「大丈夫だよ。俺は毎朝、君のキョトンとした可愛い顔、見るのも好きだから」

また明日、その可愛い顔見せてよ。
と、言ってくれるから。

俺も寂しい気持ちはグッと堪えて。
彼と一緒に眠ることにした。

明日の朝、目が覚めても、君のことを覚えていられたら良いのに。

そう、願わずにはいられないけれど。


                    End

7/9/2024, 12:47:01 PM

私の当たり前


私は小さな喫茶店の店主です。

いつも通ってくれる常連さんは、何人かいらっしゃるのですが。
その中でも、最近毎日通ってくれる彼は、今までにいらっしゃらないタイプのお客さんで。

「今日もアンタは綺麗だな、これ、やるよ」

と、店に顔を出しては、私を褒めて。
花束をプレゼントしてくれるのです。

「ありがとうございます。ですが、お客様から物をいただくなんて出来ませんよ」

それに、花束なんて、男の私にあげるより。
花の似合う女性に贈った方が良いのでは?

そう言って、私はいつも、彼からの花束を遠慮するのですが。

「いや、これは客としてじゃなく、一人の男として。
アンタに受け取ってもらいてぇーんだ」

それに、アンタより花が似合うヤツなんて、俺は知らねぇーしな、と。
彼もいつも、私が受け取るまで引き下がらないので。

彼の強引さに負けて、受け取ってしまう私。

ありがとうございます、と。
私が彼からの花束を腕に抱えれば。

彼は鋭い目を細めて、満足そうに笑う。

「やっぱ、アンタには花がよく似合うよ。まぁ、花よりもアンタの方が何倍も綺麗だけどな」

なんて。
あまりにも彼が私を褒めてくださるので、何だか気恥ずかしくなってきてしまう。

「ご注文は?今日もコーヒーでよろしかったでしょうか?」

「あぁ、頼む。アンタがコーヒーを入れる姿は何回見ても見惚れちまう」

そう、また彼が私を褒める。

「ありがとうございます」

私がコーヒーを入れるのを、食い入るように見つめてくる彼の視線が、熱くて。
恥ずかしい……のに、心地良く感じるようになったのは、つい最近のこと。

「お待たせいたしました」

「おう、さんきゅ」

と、私が差し出したコーヒーカップを手に取り、彼がゆっくりと口をつけた。

そして。

「うん、美味い。アンタの入れるコーヒーは最高だ」

なんて。
浮かべていた笑みを深める彼。
普段は鋭い目付きから、近寄り難い雰囲気がある彼だが。
意外にも笑顔を見せてくれるし、笑うとどことなく子供っぽくもなって、可愛らしく感じる。

そう伝えれば、貴方はどんな顔をするのだろう。

見てみたい気もするけれど、彼は大切な常連様だ。
気分を害してしまうようなことは、あってはならないし。

それで、彼がお店に来てくれなくなるのは。
何より、私が寂しいから。

だから、どうか。
明日も明後日も、私に笑顔を見せに来てくださいね。
貴方の存在が、私の当たり前になってしまったんです。

そんな思いを込めて、いつも、彼にコーヒーを入れる私だった。


                   End





7/7/2024, 11:22:15 PM

七夕


今日は一年に一度、貴方が帰ってくる日。

「よぉ、元気にやってたか?織姫サン」

「……何、織姫って」

「そりゃあ、今日が七夕の日だからじゃん」

……そっか。
そういえば、そうだった。

貴方のことしか考えてなくて、そんなのすっかり忘れてた。

なんて。
そんな僕の考えてることは、お見通しだとでもいうように、貴方がニヤニヤと笑って。

「俺に会えるのが嬉しくて忘れてたのかぁ?」

と、揶揄ってくる。

けど、あながち間違いじゃないから。

「そうだよ。七夕なんかより貴方が帰ってくるのが楽しみで仕方がなかったの」

そう、正直に言ってみせれば。

彼はニヤけた顔を止めて。
俺を真剣な目で見つめると。
頭をポンと触ってきて。

「可愛いなぁ、お前は。きっと本物の織姫サンより可愛いよ」

「もう、テキトーなこと言わないでよね」

と言いつつ、貴方に可愛いと言われるのは嬉しいから、頬が緩む。

あぁ、貴方がずっと、僕の傍にいてくれたら良いのに。

なんて。
そんなことを言っても、彼を困らせるだけだから。

俺がいつか必ず、貴方と一緒に暮らせるように頑張るよ。

だから、どうか。
俺の頑張りが叶いますように。

そう、星空に願う僕だった。


                    End

7/7/2024, 5:31:04 AM

友だちの思い出


引越しの準備をしていたら。
クローゼットの奥から懐かしいアルバムが出てきた。

「あ、これ、こんなとこにあったんだ」

うわぁ、懐かしいなぁ、なんて。
俺がアルバムを捲り始めると。

隣の部屋の物を整理していた彼が、こっちにやってきて。

「へぇ、懐かしいじゃん」

俺にも見せて、と。
彼が俺の隣に座った。

そして、一緒にページを捲り。
俺と彼は、学生時代を振り返った。

「あ、これ、修学旅行の時のだよな?」

そう、彼が指差したのは。
自由時間を一緒に行動したグループでの写真で。
その中で、俺と彼は特にピッタリとくっついて写っているから。

「この時って、俺達まだ友達だったよね」

「あぁー、そうだよ。確か、この日の夜に、俺がお前に告白したんだし」

「そっかぁ。それじゃ、この写真が友達だった時の最後の写真だったんだね」

「まぁな。けど、こんだけくっついてりゃ、今と変わんないけどな」

確かに、それはそうだ。
友達にしては、距離が近過ぎるもんな。
なんて、俺が笑ってしまうと。

「なぁに、笑ってんだよ」

と、彼に緩んだ頬を指で摘まれる。

「んー?俺達って、友達の頃と距離感変わらないんだなぁって思ってさ」

「そうかぁ?それはちょっと違うんじゃない?」

え?なんて。
さっきは彼からそう言っていた筈なのに、と。
俺が首を傾げて、彼を見つめると。

ニヤリと笑った彼の顔が近づいてきたかと思ったら。
ちゅっと、俺の唇にキスを落とした。

そして。

「友達じゃ、こんなことしないだろ?」

と、真っ赤になった俺の顔を見て。
満足そうに、彼は笑った。


                    End

7/6/2024, 2:41:44 AM

星空


「あぁー、なぁんも見えねぇーじゃん」

田舎から都会に出てきて、始めての夜。
俺は小さなベランダに出て、一人缶チューハイ片手に、空を見上げる。

だけど、夜空は真っ黒で、星は一つも見当たらない。
でも、真っ暗じゃなくて。
街灯やらネオンの看板やらの光で、明るいから。

その賑やかな輝きが、今の俺にはちょっとだけ寂しい。

いつかは、この景色に慣れてくんのかな。

田舎に居た時だって、星が夜空一面に見えるなんてことは無かったけれど。

でも、人工的な明かりの無い夜に、星がぽつぽつと見えた、あの夜空が恋しいような。
そんな気分になってくるから。

俺は寂しさを流し込むように、缶チューハイを煽った。

でも、酔いが回ってくると。
一人なのが、もっと寂しい。

普段一人でお酒なんて飲まないし、飲む時はいつも、アイツが一緒だった。

……声、聞きてぇ。

田舎ではいつも一緒だった彼へと、電話をすれば。
直ぐに繋がって。

『どした?まさか、もうホームシックになってんの?』

「……んー、別にそういうんじゃねぇしー」

『お前酒飲んでんな?そんな強くねぇーんだから程々にしとけよ』

お前がしんどくなっても、俺、面倒見てやれねぇーんだからさ。
なんて、そんな寂しいことを彼が言うから。

俺が思わず黙り込めば。

『どしたー?もしかして寝ちゃった?』

「……寝てねぇし。ちょっとしんみりしてただけだし」

そんな、俺の不貞腐れた言い方に。
彼が、ぶはっと吹き出す様に笑って。

『あははっ。やっぱ、お前ホームシックになってんじゃん、はやくね?』

「うっせ。違うんだよ……帰りたいとかじゃなくてさ、お前の顔見てぇーなって思ってただけっ!」

なんて。
俺が正直な気持ちを口にしてみると。

今度は、彼の方が黙って。
電話越しに、息を呑んだのが伝わってきた。

そして。

『バーカ。んなの、俺もだよ』

だから、お前からの電話だって直ぐに出たし、と。
少し照れながら、彼もそんなことを打ち明けてくれるから。

一緒かよ、って。
二人して笑い合う。

今度、田舎に帰ったら。
彼と二人で夜空を見上げて、お酒を飲むのも悪くなさそうだ。

そんなことを想像すれば、不思議と寂しさは消えていた。


                    End

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