沢山人が集まっている。
イベントでこの都市の住民が集まっていた。
これだけ人数がいても、聞き取れてしまう声。
集まった友人達と話していたけれど、視界を変えるたびに声の主を探してしまう。
笑顔で対応しているし、話もちゃんと聞いている。それでも合間合間に彼女を探してしまった。
「もう、社長ー!!」
楽しそうな笑い声が聞こえた。
それだけで、どきりと胸が弾んだ。
会話が一段落した時、視線を声の方に向けると結構離れた場所に女性たちが集まって談笑している。その中の一人に彼女がいた。
言葉にならない気持ちが胸を締め付ける。
なんでもない会話を続けながら、どうしても彼女を追いかけてしまう。
一瞬、彼女と目が合った気がした。
彼女を見ていたことを気が付かれたかな?
そう思うと、彼女を視界に入れにくくなった。
どうしよう、話したい。
少し一人になりたい。
そう思って、みんなの輪から離れると、やっぱり彼女を探す。
話したい。
声が聞きたい。
ねえ、どこにいるの?
どうしても。
俺は彼女を探してしまうんだ。
おわり
三〇二、君を探して
色素の薄い俺の恋人。
陽射しに当たると、そのまますり抜けそうだった。
「どうかしましたか?」
きらきらした太陽の光を背景に彼女が俺をのぞき込む。
「きれいだなって……」
彼女は不思議そうな顔をして、周りを見渡して首をかしげた。
「なにがですか?」
そう言いながら首をかしげる。俺言葉は自分のことだと、認識していないようだった。
「あまり陽にあたると良くないかもだから、こっちおいで」
そもそも色素が薄いのだから、紫外線に晒されると肌に良くない。
何を言われているのか理解出来ていなくても、俺がそばに来るよう言ったのは分かったので、彼女は俺の腕の中に収まる。
頭を撫でると、透明感のある彼女の髪の毛が柔らかくて心地いい。
「君がきれいだって言ったんだよ」
それだけ呟くと、驚いたような空気をまとうけれど、すぐに俺の身体に手を回した。
「ありがとうございます」
おわり
三〇一、透明
「終わった……」
ぐったり。
家に帰ると、ソファに脱力して座る。
今日は時々ある隊員が少ないのに、患者がひっきりなしに来る日だった。
そう、つまりはとんでもなく忙しい日だ!!!
「ちかれた〜……」
声すらも力をなくしているけれど、疲れたという言葉だけは溢れ出る。
「お疲れ様です」
俺の頭を優しく撫でながら、手作りしてくれたクリームソーダを持ってきてくれた。
「疲労回復にクリームソーダです!」
そう言って俺の手にバニラアイスが輝くクリームソーダを渡してくれる。
シュワシュワのメロンソーダにうさ耳っぽい型を取った小さいチョコレートをバニラアイスに二つ挿してくれていた。
「アイスがうさぎぃ……」
「可愛いですよね」
「ありがとぉう……」
「本当にお疲れだ」
彼女が作ってくれたクリームソーダは甘さがちょうど良くて炭酸が喉に心地いい。
彼女は俺のクリームソーダにのっているアイスをスプーンですくって俺に向けた。その笑顔は慈しみが込められていて、愛しさが身体全体に染み渡る。
「はい、あーん」
ああ、どうやら今日は全力で甘やかしてくれるみたい。
俺はそのまま口を開けると、優しくスプーンが口に入る。そうすると濃厚なバニラが口に広がった。
「とろける〜」
相当だらしのない顔をしていたみたいで、彼女はくすくすと笑ってくれる。
「明日のシフトは?」
「普通ですぅ〜」
「じゃあ早く寝なきゃ、だ」
「うんん……」
正直、もう眠くて気を抜いたら眠ってしまいそうだった。
「なら、早くお風呂に入って休んでくださいね」
頑張って頷く。身体は睡魔に身を任せようとしてくるけれど、なんとか奮い立たせる。
「はい、頑張ってくださいね」
今日は終わるけれど、また明日が始まる。
その隣に彼女がいてくれるなら、俺はまた頑張れるよ。
おわり
三〇〇、終わり、また始まる、
その言葉は俺の恋人を思い出す。
手を伸ばしても届かないそれ。
俺にとっても、星はそんな存在だと思っていた。
「どうしましたか?」
視界に彼女がいっぱい広がる。
愛しい恋人が目の前に寄り添ってくれていた。
「あ、うん……」
手を伸ばして彼女の頬に添えると、嬉しそうに俺の手を取って頬擦りしてくれる。
彼女は今、俺のそばにいてくれるんだ。
星に手が届いた。
俺だけの星に。
おわり
二九九、星
「願いが一つ叶うならば何を願います?」
唐突に恋人が俺に向かってそう言った。
「突然どうしたの?」
「いや、会社でそんな話になったんです。でも私……思い浮かばなくて……」
てへへと笑いながら、俺の腕に彼女の腕が絡みつく。そして肩に彼女の頭が優しく乗っかった。
俺も少し考える。
願い……か。
願いと言ってもなあ……。
そのまま彼女へ視線を送る。
だって一番願ったものは既に手にあるんだ。
ああ、彼女が思いつかなかったのも、それが理由かな。
と、思うと俺は実にしあわせだなと思ってしまった。
「あ、俺はあるかも」
ふと思い出したことだ。
彼女は〝それはなぁに?〟と言わんばかりの瞳で俺を見つめてくる。
「怪我なく君のところへ帰ること……かな」
そう伝えて彼女の身体を抱きしめた。
彼女は少しだけ間を置いてから力強く俺を抱きしめ返してくれる。
「私も……私もそれを願います!」
俺は救急隊の仕事をしている。
何かあった時の救助の仕事は危険が伴うこともあって、それは命の危機もありえた。
だから、俺の願いは『彼女の元へ怪我なく帰ること』だ。
もちろん他人に願うものじゃないけれど、何にでも縋りたい願いだから。
おわり
二九八、願いが一つ叶うならば