「願いが一つ叶うならば何を願います?」
唐突に恋人が俺に向かってそう言った。
「突然どうしたの?」
「いや、会社でそんな話になったんです。でも私……思い浮かばなくて……」
てへへと笑いながら、俺の腕に彼女の腕が絡みつく。そして肩に彼女の頭が優しく乗っかった。
俺も少し考える。
願い……か。
願いと言ってもなあ……。
そのまま彼女へ視線を送る。
だって一番願ったものは既に手にあるんだ。
ああ、彼女が思いつかなかったのも、それが理由かな。
と、思うと俺は実にしあわせだなと思ってしまった。
「あ、俺はあるかも」
ふと思い出したことだ。
彼女は〝それはなぁに?〟と言わんばかりの瞳で俺を見つめてくる。
「怪我なく君のところへ帰ること……かな」
そう伝えて彼女の身体を抱きしめた。
彼女は少しだけ間を置いてから力強く俺を抱きしめ返してくれる。
「私も……私もそれを願います!」
俺は救急隊の仕事をしている。
何かあった時の救助の仕事は危険が伴うこともあって、それは命の危機もありえた。
だから、俺の願いは『彼女の元へ怪我なく帰ること』だ。
もちろん他人に願うものじゃないけれど、何にでも縋りたい願いだから。
おわり
二九八、願いが一つ叶うならば
3/10/2025, 12:50:15 PM