待ち合わせていた恋人が、その場所に居ない。
俺より先に仕事が終わって『先に待ち合わせ場所に行ってますね』とメッセージが来ていたんだけれど……どこにいるの?
そんなことを考えながらスマホを覗いたけれど、メッセージは来ていなかった。
メッセージを送ろうと思ったけれど、面倒くさくなったので通話ボタンを押した。
『あ、はい、ごめんなさい』
呼び出し音が少し鳴ったと思ったら、彼女がすぐに出た。
「ううん。大丈夫? なにかあった?」
『ああ、いや、すぐに行きます』
上ずった声が少し珍しくて、なにか慌てているようだ。
そっちに行こうか?
と、口に出そうと思ったら、近くの雑貨屋さんから彼女が俺を見つけると慌てて走ってきた。
「ごめんなさい!」
「いや、俺が待たせたんだから」
俺のところに来てくれたけれど、どこかソワソワしていて、さっきまでどこに居たのか少し気になった。
「どこに居たか……聞いてもいい?」
「あ、はい。私、かなり早く着いちゃったから、あそこの雑貨屋さんに行ったんです」
「うん」
「そうしたら、ちょっと良いと思うものがあったんですけれど、置物っぽくて……」
「置物?」
少し話を聞いていて、〝彼女が気になる〟というものが気になってしまった。
「ちょっと気になるー、連れてって!」
「え、良いんですか?」
「良いよ、と言うか俺が連れてって言ってるの」
彼女の手を取って、彼女が出てきた雑貨屋さんに足を向ける。
俺と彼女は割と好きなもの被っていることが多いから、彼女が好きなものは少し気になってしまう。
途中から彼女の方が俺の手を引いて、雑貨屋さんの奥に向かった。
そこには、五センチくらいの透明な丸いガラスの置物があった。丸と言っても完全な丸じゃなくて八割くらいのところでカットされていた。
そして、そのガラスの中は透明のガラスの真ん中に白い天球。その下には全体的に紺色の宇宙が拡がっていて、天球の周りには金色の星が花びらのように何層も重なっていて吸い込まれそうだった。
「なにこれ、格好いい!!」
「そうなんです、綺麗じゃないですか?」
「綺麗、綺麗! 凄いねぇ」
隣には地球を模していたり、月を模していたり、星座を模しているものもある。
「以前、宇宙も好きって言っていませんでしたか?」
「言ったかも!」
確かに言った記憶はあるけれど、それは付き合うかなり前だから、覚えてくれたことが嬉しくて顔がニヤけてしまう。緩んだ表情を見せるのは恥ずかしくて、自分の顔を手で隠した。
彼女が気になるって言っていた宇宙の置物は確かに俺の好みドンピシャだから、手に取って裏側を見る。
これが何か分からないし、あとは値段を知りたかった。
「ペーパーウエイトって言うんだ……え、たっか!!」
「そうなんです。思ったより高くて悩んじゃったんです」
手のひらの宇宙は、細部までこだわっているのが分かる。周りを見ると、これはガラス細工作家さんが作ったもののようだった。
これは確かに高いかも。
俺も彼女も高いものを買うタイプじゃないと言えば、そうなんだけれど……。
ふたりとも青や水色が好きだから、俺たちの家は白を基調とした中で、ポイントごとに水色を差し色にしている。玄関の靴箱の上にこれを置いたら格好いいよな……なんて思っちゃう。
「あああああ……欲しい〜〜」
「ですよねー私もそれで悩んじゃいました」
確かに高いんだけれど……。
こんなオシャレなものを置くタイプじゃないんだけれど……。
彼女に視線を送ると、俺と同じような顔をしている。そのまま、手のひらの中に収まっている宇宙を見つめた。
「ねえ、これ玄関に置いたらよくない?」
「めちゃくちゃいいと思います!!」
眉間にシワを寄せていたけれど、パッと笑顔になる。もうこの顔を見たら迷いなんて無くなっちゃうよ。
俺は彼女に笑顔を向けながら、ペーパーウエイトを持ったままレジに向かった。
もうさ。
〝どこに置いたらいいかも〟
なんて想像しちゃったら、それは家に置く運命でしょ。
おわり
二四七、手のひらの宇宙
彼女の仕事は修理屋なんだけれど、少し変わった修理屋で。その名もコンセプトメカニックと言う特殊なジャンルを確立していた。
そんな彼女の職場に、自分のバイクや車はもちろんなんだけど、仕事で使う乗り物も持っていくことがある。特に仕事の車両は。
車両のメンテナンスのため彼女の職場に行くと、今日は学生服ということでヒラヒラのミニスカートだ。
職場の制服……とは言え、本当はそんな格好はやめて欲しい。
特に、とある人がいる時は。
俺とも彼女とも仲の良い、お笑い芸人をしているあの人がいる時は本当にやめて欲しい。
理由は簡単。
「もう、下着を覗くなー!!」
「ぐわっ!」
言っているそばから、彼女のストレートがヤツに入る。それはもう綺麗に。
……本当にやめて欲しい。
「もう、彼女にセクハラすんなー!」
彼女との間に俺が入って、お叱りをするのまでがひとつの流れみたいなところがあるけれどさ。それでも彼女の恋人なんだよ、俺。
すると、一陣の海風が正面から通り過ぎた。
「わっ」
「うわっ」
「ふぉぉ!」
三人同時に放つ声だけど、一人だけ変な声が放たれた。
「白ォッ!!」
「言うなぁ!!!」
とりあえず、ヤツを殴って記憶飛ばしてみる?
おわり
二四六、風のいたずら
あとは眠るだけと言うのんびりとした時間。テレビをつけたまま、今日の出来事を話し合う。
なんでもない日常がとても心地いい。
それでも時々、どうしようもないくらい寂しくなる時がある。そういう時は少しだけ身体を寄り添わせた。
「どしたの?」
「んーん、なんでもないの」
「そっか……」
少しだけ彼の声のトーンが落ちた気がした。でも、それだけ言うと彼は私の肩を抱き寄せてくれる。
言わなくても伝わっちゃっているかな。
楽……だけど……いいのかな。
どこかで、さっきの落ちた声が心に引っかかってしまう。
もし、彼が寂しいと言えなくなっていたら?
そう心に過ぎった瞬間、私はパッと背筋を伸ばした。
「わ、びっくりした!」
突然の私の行動に彼の方がより驚いて身体がビクリと跳ねた。
「あ、ごめんなさい」
言わなくてもいい……伝わるなんできっとダメ。
もちろん、そう言うことも大事。
だけど、今は甘えたいなら、寂しいならちゃんと伝えないと。彼が寂しいと言えなくなっちゃう。
「なんかさみしいの。ぎゅーして!」
彼に向けて両手を伸ばす。
すると彼は、頬を赤らめて朗らかに微笑んでくれた。
「よし、来いっ!」
「うりゃー!!」
彼も受け止める準備をしてから同じように私に両手を向けてくれる。
だから私は彼の腕の中に飛び込んだ。
「いっぱい、ぎゅーしてやるぞー」
言葉通りに強く抱き締めてくれる。
なにが寂しいとかじゃなくて、なんとなくだけれど寂しい時が襲ってきていて、私ひとりで受け止めきれない気がした。
だから、こうして彼の腕の中にいられることが嬉しい。この体温が安心させてくれる。
言葉にしてない時、少しだけ触れた彼の体温。それだとここまで安心できたかな。
自然と目の端に涙がこぼれ落ちる。
不安もあった。でも少しずつ安心していく感情にしあわせを感じて溢れ出てまった。
彼に見られたらきっと余計に心配させちゃうから、胸に埋まった顔を上げない。
だから言うの。言葉にするの。
「ありがと、大好き」
すると、一瞬だけ緩んだ彼の腕の力がもう一度込められる。
「俺も大好きだよー!!」
おわり
二四五、透明な涙
ダメだな。
クリスマスプレゼントに貰った薬指の指輪。
それを彼が居ないところで見ては、嬉しくてニヤニヤしちゃっていたんだけど、それを彼に見られていたみたい。
緩みきった顔を見られたのはさすがに恥ずかしかった。
でも仕方がないでしょ?
嬉しいんだもん。
その喜びにとどめを刺してきた。
『ちゃんと、そういう意味で渡しているからね』
昨日の夜、伝えてくれた言葉が心で何度も反芻してしまう。
だって、それってさ。それって……プロポーズと同じだよ!
そうだったらいいなと思って期待して……全力で期待して嬉しくてニヤニヤしていたけれど、肯定する言葉を貰えたのは本当に心から喜びがあふれそうだった。
もらった指輪を光に当てながら、キラキラする指輪を見て頬が緩んだ。
うん。
私も、家族になりたいって、お嫁さんになりたいって、思っているよ。
世界一大好きな、あなたのもとへ。
おわり
二四四、あなたのもとへ
少し前から、彼女は俺が近くに居ないところで、よく左手を見てはにこにこしている。
俺が近くに居なくても視界に入ることはよくあることで。
だから、光が入るところに手を差し出して、ふふっと笑っているのは知っていた。
その様子は……とても、とても嬉しい!!
というのも、彼女がみている左手には俺が去年クリスマスに贈った指輪がはめられているからだ。
以前にも薬指に収まる指輪を贈ったことがあったので、サプライズとしてプレゼントできた。
一粒のアイスブルーダイヤモンドにプラチナリング。薬指に付けられるように調整したのだから、まあ……そういうことである。
その指輪を見てにこにこしているのは彼女が喜んでいる証拠だった。
俺の前でやってくれてもいいんだけれど、きっと我慢しているんだろうな。
自然と俺も顔が緩んでしまう。
だって可愛いでしょ。
彼女のそばに戻ってソファの定位置に座る。いつものようにしているけれど、来る直前も指輪を見て笑っていたのは見ているんだからね。
俺は彼女の左手に優しく触れた。
彼女がいつも以上に身体をビクリと震わせる。少し照れたような、焦ったような顔で俺を見つめた。
「指輪……嬉しい?」
「はい! めっちゃ嬉しいです!! 私の好きな色だし、可愛いし、なにより……あなたがくれたから!」
大輪の花が咲く。そんな表現をしたくなるような眩い笑顔に、目を細めてしまう。
「喜んでくれて嬉しいけど」
「けど?」
「ちゃんと、そういう意味で渡しているからね」
少しだけ驚いたような顔をしたけれど、はじける笑顔を向けて俺の胸に飛びついてきた。
「だから、嬉しいんです!」
内側から嬉しい気持ちが溢れてきそう。それを鎮めるためにも飛びついた彼女をそっと、でも強く抱きしめ返した。
おわり
二四三、そっと