私の恋人はとにかく優しい人。
出会いのきっかけはお仕事だったけれど、その後に偶然会えて嬉しかったの。
見つけると、「こんにちは!」って声掛けてくれたり、私のうっかりを叱るのじゃなくて、注意してくれても「もー君なら許す!」って言ってくれたり。
そんなことを積み重ねて、〝大好き〟な想いが止められなくなった。
彼はお医者さんだから、優しさが爆発しているの。
お仕事も彼の性格も、そういう人だって分かっているんだよ。
だってそこも好きなんだもん。
時々優しさなんてどこかへ飛んで行けと思ったりしちゃう時がある。
その優しさは私だけに向けて欲しいの。
だって彼は私の恋人なんだもん。
おわり
四五一、やさしさなんて
ドキドキした。
やっと、やっと自分の気持ちを認めて、それを言葉にしたんだ。
表情を強ばらせていた彼女の瞳がきらりと光り、涙が溢れ落ちた。
その姿に背中から冷や汗が流れる。
俺の気持ちは迷惑だったのかな。
普段なら彼女に自分の気持ちを押し付けるようなことはしたくなかった。
でも、彼女を本気で狙う人が増えて、自分の気持ちを自覚した俺にとってその痛みに耐えられそうにない。
だから、申し訳ない気持ちはあれど勇気を振り絞ったんだ。
溢れる涙を拭うこともなく、彼女は優しく笑ってくれた。
その瞬間、彼女の背中から風が通り抜けて髪の毛を揺らす。短いけれど柔らかい髪がふわりと踊り、胸が高鳴った。
「私も、大好き」
誰よりもキレイだと思った。
この笑顔も、この涙も。
全部がキレイで、俺の心を捉えて離してくれそうもない。
彼女の身体が俺の胸の中に収まる。彼女の腕が背中に回され、彼女の温もりが安心感を与えてくれた。だから、俺も彼女を抱き締めた。
おわり
四五〇、風を感じて
彼の言葉に震えが止まらない。
それに胸がうるさいくらいドキドキ言って、その後の彼の言葉が上手く聞き取れなかった。
緊張した顔で私を見てくる彼は何かを待っているようだった。
「えっと、聞こえてた?」
「え?」
彼が何を言ってくれたのか頭が真っ白で入ってきてなくて、首を傾げてしまった。
私の顔でどんな状況か察した彼は、いつも以上に困った顔をしてから深呼吸をする。
「も、もう一回言うね」
彼は私の手を両手で包んでくれた後、しっかりと見つめ直してくれた。
「大好きだよ」
聞き間違いじゃない?
夢じゃない?
でも彼の表情も目も強さが込められていて、そこに真剣さを感じられる。
ドキドキするの。
だって私も彼のこと、大好きだから。
ずっと抑えていた想いだから。
内側から熱いものが込み上げて、それが涙になってぽろぽろとこぼれ落ちる。それを見た彼は驚いたけれど、私は笑顔で伝えた。
「私も、大好き」
おわり
四四九、夢じゃない
ああ、心臓がうるさい。
ずっとドキドキ言ってる。
偶然出会ったのは、よく怪我をして困っているから助けてあげる彼女。
おっちょこちょいなのか、不幸体質なのか。いつも変なことに巻き込まれて怪我をしている子。
はかなさもあるけれど、人懐っこいのに仕事は真面目で、そんなふうに見えないけれど気遣い屋さん。
気がついたら視線を向けるようになっていた彼女だから、やっぱり些細な偶然も掴み取りたくて話しかけた。
いつもと違って表情が硬いから、なにか困っていることがないかと聞いてみると話をはぐらかされた。
自然に笑っている……つもりなんだろうな。
でも表情は少し暗い。
話をはぐらかされた時に、俺じゃ役に立てないと思ったんだ。
それは、ちょっとだけ淋しかった。
その後、彼女が聞いてきたのは最近仕事でよく話す女性のこと。
悪ふざけもできて、面白い人だから最近よくふざけ合っていたんだけど、それを見ていたらしい。
〝あまり見た事ない楽しそうな顔をしていたから驚いちゃって……〟
そう言われて俺の方も固まってしまった。
だって俺と彼女は、そんなに沢山会っている訳じゃない。接点があるかどうかといえば、あまりないから偶然出会うのがチャンスなんだよ。
だから今もそのチャンスを掴んで話しているんだよ。
だから、俺のことをよく見ているんだなって気がついちゃった。
それに気がついたら頬が緩んで顔がニヤついてしまう。
このまま彼女に〝なんでニヤついているか〟聞かれたら返答に困る。
だから咄嗟に用事があると逃げてしまった。
本当はもっと話していたい。
今も心臓はうるさいまま、俺は彼女から遠ざかる。
もっと一緒にいたい。
そんな気持ちが溢れて止まらない。
俺の心の羅針盤は狂ってしまい、どうしても彼女に向いてしまう。
ダメだ。
自分じゃ止められそうにない。
おわり
四四八、心の羅針盤
気になる彼と偶然出会って、少しお話をする。
胸が高鳴るのと同じくらい、先日見た彼と女性がふざけあっている姿を思い出してチクチクした。
あの笑顔を私は見たことがない屈託のない笑顔で。それが寂しくって、悲しくって、切なかった。
でもそれを表に出さないように笑顔を作る。
「……大丈夫、顔色悪いけど?」
「え?」
彼はお医者さんだから、小さな動きに気がついてくれた。本当に優しい人だ。こういうところの積み重ねが〝好き〟という気持ちになっていく。
だから、見たことの無い笑顔が苦しかった。
「だ、大丈夫です」
「大丈夫じゃないな〜。何かあったら話聞くよ?」
「え、いや……ん……と」
言葉につまる。
だって、〝あの人とはどんな関係ですか?〟なんて聞けないよ。
「あ、俺に言えないことなら無理しなくていいからね」
慌てながら両手と頭を横に振る。
こういう無理強いをしないところも好き。
「あ、そうそう。この前、公園にいましたよね?」
「え、見てたの?」
「楽しそうに話しているの聞こえちゃいましたよ」
話を逸らしたふうに見せたけれど、私にとっては直球の話題をふった。
「ああ、彼女は仕事でよく一緒になるからさ。ふざけてくるんだよねー」
「あまり見た事ない楽しそうな顔をしていたから驚いちゃって……」
彼はちょっと表情を固くしていた。
いけない。
変な事聞いちゃったかな。
「ごめんなさい、変な事言っちゃった!」
「あ、違う違う。よく見てくれているんだなって思ってさ」
そう言うと、柔らかく微笑んでくれた。
でも、その笑顔は私の大好きな燦燦に降り注ぐ眩しい太陽のような笑顔じゃなくて、夜から朝にかけて優しく光る太陽のような穏やかな笑顔で。私の目と胸を捕らえる。
「へへ、ちょっと嬉しいかも」
「そうなんですか?」
「うん。あ、ごめん。俺そろそろ行かなきゃ!」
ああ、忙しい人なのに、変な時間を取らせちゃった。
「すみません、ありがとうございます!」
「ううん。俺こそごめんね。またね」
「はい、また」
彼はバイクに股がって、軽く手を振ってから発車させる。
姿が見えなくなるまで、彼の背中をジッと見つめる。
あんな返事が返ってくると思わなかったな。
彼の柔らかい笑顔が忘れられない。
以前見た屈託のない笑顔とは違う、自然な優しい笑顔。
思い出すと、またドキドキしてしまう。
ああ、やっぱり彼が大好きだな。
おわり
四四七、またね