最近、ずっと考えていたことがある。それは子供が欲しいと強く思うようになったこと。
時々、子供を預かることがあって、その子が本当に可愛い。その子の面倒を見るのも楽しいし、同じように面倒を見ている恋人の姿が、たまらなく愛おしい。
それと、俺の仕事の危険性。
救急隊として、それなりに危険と隣り合わせだ。実際に怪我をして彼女に心配させたこともある。
そんなことにならないよう訓練もしている。それでも俺自身に何かあった時に彼女に残せるものがない。恋人として一緒に住んでいるけれど、他人と言われたら他人なんだ。
俺は隣でスマホを見ている彼女に視線を送る。それに気がついた彼女は俺を見つめ返した。
「どうしましたか?」
「うーん……」
ほんの少しだけ気のない返事をしてしまう。
彼女とは〝子供が欲しいね〟と言う話もしたことがあるし、先の将来のこともぼんやりと話している。それでも、これを言っていいのか……。やっぱり不安なんだ。
彼女の性格と関係値を思うと、ダメ……とは言わないと思うけれど。
視線だけ彼女に向けたまま言葉に詰まっていると、首を傾げてしっかりと俺を見てくれる。
俺は深呼吸をする。冷たい空気が体内にめぐって頭がすっきりする。そして、しっかりと彼女を見つめた。
「あのさ……」
「はい」
声が震えるし、心臓の音がうるさい。
それでも、伝えなきゃ。
「家族になろうよ」
「え……」
はっきりと驚いた顔をしたと思ったら、頬を赤く染めて微笑んでくれた。
「嬉しい……です……」
目の端に涙を溜めて、俺に抱きついてくれる彼女。それが嬉しくて、俺も抱きしめ返した。
「良かった……」
「え、断ると思ったんですか?」
「や。断らないとは思っているけど、百パーセントなんてないでしょ?」
「なに言っているんですか! 百パーセントですよ!!」
ぷくっと頬を膨らませて、口を尖らせる彼女に心の底から安心して、より強く抱きしめた。
「ありがとね」
「はい、夫婦になりましょ」
おわり
一九〇、夫婦
彼女を気になるようになってから、つい視線で追ってしまう。
他の人と楽しそうに話しているけれど、声をかけたい気持ちが溢れた。
話している間に割り込むのも気が引けるし、迷惑になったら嫌だな。邪魔になるだろうし。
でも、彼女と仕事以外で会えるわけじゃないし……どうしようかな。
どうすればいいか悩んでいると、振り返った彼女と目が合った。俺を見つけて一瞬驚いていたけれど、すぐに柔らかく微笑み、軽く会釈してくれるから胸が高鳴る。だって、その笑顔が可愛いんだもん。
俺は意を決して、彼女に向けて足を進める。
「こんにちは!」
何事も無いように彼女に向かって挨拶をすると、俺に身体を向けて椅子から立ち上がってくれた。
「こんにちは、久しぶりですね!」
眩い程の笑顔に、胸の鼓動が抑えられそうもない。
俺は心の中で自嘲気味に笑ってしまう。
だって、もう逃げられないんだよ。それくらい、俺は君に心を奪われているから。
どうすればいいのかと、悩む必要なんてなかったね。
おわり
一八九、どうすればいいの?
『たくさんの想い出がつまった家だ……』
昨日、家に帰ると恋人がカーテンを見ながら、そう呟いていた。
その言葉は次の日になった今でも、俺の心に残っている。
彼女との想い出は、何もかもが宝物だ。
出会いも、不安になったことも、すれ違いも、それ以上に沢山ある笑いあったことも。全部が幸せな宝物だ。
今日は休みの日で誰もいない。俺はあの時、彼女が触れていたカーテンに手を伸ばす。
〝これからも想い出をたくさん作っていこう〟
そう、彼女に告げた。
俺は嬉しくて、口を開けずに目を細めて笑う。
俺と彼女は少し前から将来の話しをしていた。〝家族になりたい〟という願いを彼女も理解して受け入れてくれている。
部屋全体を見回す。
この家は2LDKで、ふたりで住むには十分だ。でも家族になったら、きっと手狭になることを理解している。だって、家族はふたりから増えていくものなのだ。
「宝物、きっと溢れるよ」
おわり
一八八、宝物
最近、季節の変わり目な上に寒暖差が激しくて、うまく眠れない。
彼女を抱き締めていなかったら、もっと眠れないのだろうな。そう思うと、これでもマシな方なのだからタチ悪い。
今晩も寝れるか不安を覚える中、寝室に行くといつもとは違う香りがする。
なんだろう、木々の中にあまやかで、俺には落ち着く香りだった。
部屋を見渡すとサイドテーブルに、ランプのようなものが置かれていた。これはアロマキャンドル?
俺はそのキャンドルに近づいて、その匂いを嗅ぐと、これが香りの元だと分かる。
「いい香りだなー」
「良かった、苦手な香りじゃないですか?」
後ろからトレーを持った恋人が入ってきた。俺の言葉に安心したようで、ふわりと柔らかく微笑んでくれた。
「はい、どうぞ」
渡されたマグカップの中は透明で……これはお湯かな?
彼女にはそれが聞こえたようで、頷きながら微笑んだ。
「白湯です。眠る前にゆっくり飲んでくださいね」
「……えっと……俺が眠れてないの、気がついてた?」
「そりゃ隣で寝ているんですから」
当然です。
そう言っているように見えた。
「このキャンドルも?」
「はい! デパート行って買ってきちゃいました!」
「ごめんね。高そう……」
「値段なんて良いんです。ちゃんと眠るのが一番です」
彼女は俺の手に自分の手を重ねる。細くて、柔らかい手が心地いい。
「でも俺、君を抱っこしていれば割と安心するんだけど……」
「それじゃ足りたい状態ですよ。今度、マットレスや枕も探してみましょう」
「え、高くない?」
「それでちゃんと眠って、お仕事が安全にできるなら安いものですよ」
穏やかな口調だけれど、真剣な思いが伝わる声だった。
「人の命に関わる仕事をしているんですから、ね?」
俺の手をさすってくれながら、有無を言わせない言葉。
「そして、ちゃんと私のところに帰ってきてください」
ああ、本当に彼女は俺のことをよく分かってる。そう言われてしまうと、俺は大人しく言うことを聞くしかないんだ。
俺は白湯を時間をかけて飲みきると、彼女の肩に頭を軽くのせて、ぼんやりとキャンドルの日を見つめた。ゆらゆらと揺らめく小さな炎を見ていると、理由はないけれど落ち着く。
「眠くなったら、そのまま寝てください」
「ん……」
頭にモヤがかかり、視界がぼんやりとする。この香りは彼女の思いやり。白湯で温められた身体と穏やかに揺れる炎は、俺を心地よい眠りへ誘ってくれた。
おわり
一八七、キャンドル
ぼんやりと彼を待ちながら、部屋を見回した。
一緒に住んで……結構経つな……。
目の前に置いてあるマグカップもお揃いで買った。
窓を見ると、一緒に選んで買ったカーテンが目に入る。
ふたりともカーテンなんて何でもいいと思っていたから、高さを知らなくて慌てて家に帰って色々長さを測ったっけ。
自然と笑みが浮かぶ。
この家にあるものは、ほとんどふたりで選んだから、何もかもが彼との想い出だ。
「たくさんの想い出がつまった家だ……」
愛おしい彼との家。
「これからも想い出が増える家だよ」
ぼんやりと眺めていたから彼が帰ってきたのに気が付かなかった。
「あ、おかえりなさい」
彼へ正面から抱き締めると、彼もいつものように抱きしめ返してくれた。
「うん、ただいま」
いつもなら、すぐに離してくれるのにより強く抱き締められる。暖かくて幸せでいっぱいになった。さっきまで、彼との想い出を反芻していたから、私も離れがたい。
「これからも想い出、たくさん作っていこうね」
「はい!」
おわり
一八六、たくさんの想い出