季節限定の甘やかな香りが鼻をくすぐる。
俺の恋人はその香りが好きだから、この季節はさらにご機嫌だ。
俺自身も嫌いじゃないと言うか、どちらかと言うより好きなんだ。
仕事の帰りにバイクでキンモクセイが香る場所、少し探してみようかな。
穴場を見つけられたら、彼女をバイクデートで連れていきたいんだよね。
俺は去年、彼女をキンモクセイが香る場所に連れて行った時の幸せそうな顔を思い出す。
あの愛らしい笑顔がまた見たいから、ちょっと探索しよ。
もちろん、彼女に心配させない程度にね。
おわり
五三七、キンモクセイ
私の恋人は救急隊員です。
人々を助けるために危険なことがあっても現場に赴く。時々怪我して帰ってくる。
ほんとうはね、〝行かないで〟って願ったのに。
怪我をしないで欲しい。
だから危険なところに行かないでって。
でも私、知ってるんだ。
人を助けている時の彼が一番格好いいってこと。
だって、私が彼を好きになったのは、人を助ける彼の姿なんだもん。
行かないで。
確かにそう願っていたけれど、救助に行く時の彼の背中が大好きで、私の誇りだったり……します。
おわり
五三六、行かないでと、願ったのに
この写真、いつのだったっけ。
あ、こっちは初めて彼に作ったやつだ。
彼をイメージして作ったクリームソーダ。
ソーダの色合いも、乗せるアイスクリームも、イメージ動物のウサギにしたくてホワイトチョコで耳を作った。
こっちは、ふたりが好きな青色のソーダで作ったやつ。
彼と私が仲良くなるきっかけになって、恋人になってからも大切にしている思い出のクリームソーダたち。
私はスマホから写真を選択してプリントアウトしていく。
過去から現在までの彼との思い出のクリームソーダの写真は並べるだけでもキラキラしていた。
もう全部かわいい。
印刷した写真の横にはどこのお店のか、どんなレシピを使ったかなど細かくメモをしていく。
アルバムにしたいと言えばそうなんだけれど、標本? 違うかな、コレクション? そんな風にしたいんだ。
これを集めて最終的には彼へのプレゼントにするつもり。
私たちの大切な思い出。
おわり
五三五、秘密の標本
夏がようやく終わったなと思っていたのに、朝晩すっかり寒くなった。
俺にとっては嬉しい季節がやってきたと言える。
一緒に住んでいる恋人を抱きしめて眠れるんだ。これがまた心地よくって深く眠れるんだよね。
少し前までは暑くて、指を絡めるのがせいぜいだったんだけど、ようやく抱っこして眠れます。
ひとりでいた時は、疲れに疲れて疲れ果ててようやく眠れたんだ。
彼女を抱きしめて眠るようになってからは熟睡することが増えて、目が覚めた時のスッキリ感にビックリした。
そんなわけで、寒くて凍えるような朝が増えたけれど、俺にはそれが好都合だったりする。
おわり
五三四、凍える朝
先日、恋人の家に夕飯の招待を受けて、食べたハンバーグがとても美味しくてさ。
今まで食べたことがない美味しさで、胃袋を掴まれてしまったわけです。
もちろん彼女が作ってくれたからと言うのはあるんだけど、食感や溢れる肉汁が本当にたまらなかったんだ。
その日も、その後の日に会った時も、隠し味を教えてと言ってもナイショと笑うだけ。
暗闇にいる悪魔のようなシッポが見えそうな悪い笑みなんだ。もうズルいよね。
でも、もう一度だけと思って聞いてみる。
すると夏の日差しの眩しさを感じる笑顔を、俺に向けてくれた。
「これであなたの一番好きな食べものは〝私の作ったハンバーグ〟ですね」
おわり
五三三、光と影