とある恋人たちの日常。

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 気になる彼と偶然出会って、少しお話をする。
 胸が高鳴るのと同じくらい、先日見た彼と女性がふざけあっている姿を思い出してチクチクした。
 
 あの笑顔を私は見たことがない屈託のない笑顔で。それが寂しくって、悲しくって、切なかった。
 
 でもそれを表に出さないように笑顔を作る。
 
「……大丈夫、顔色悪いけど?」
「え?」
 
 彼はお医者さんだから、小さな動きに気がついてくれた。本当に優しい人だ。こういうところの積み重ねが〝好き〟という気持ちになっていく。
 
 だから、見たことの無い笑顔が苦しかった。
 
「だ、大丈夫です」
「大丈夫じゃないな〜。何かあったら話聞くよ?」
「え、いや……ん……と」
 
 言葉につまる。
 だって、〝あの人とはどんな関係ですか?〟なんて聞けないよ。
 
「あ、俺に言えないことなら無理しなくていいからね」
 
 慌てながら両手と頭を横に振る。
 こういう無理強いをしないところも好き。
 
「あ、そうそう。この前、公園にいましたよね?」
「え、見てたの?」
「楽しそうに話しているの聞こえちゃいましたよ」
 
 話を逸らしたふうに見せたけれど、私にとっては直球の話題をふった。
 
「ああ、彼女は仕事でよく一緒になるからさ。ふざけてくるんだよねー」
「あまり見た事ない楽しそうな顔をしていたから驚いちゃって……」
 
 彼はちょっと表情を固くしていた。
 
 いけない。
 変な事聞いちゃったかな。
 
「ごめんなさい、変な事言っちゃった!」
「あ、違う違う。よく見てくれているんだなって思ってさ」
 
 そう言うと、柔らかく微笑んでくれた。
 でも、その笑顔は私の大好きな燦燦に降り注ぐ眩しい太陽のような笑顔じゃなくて、夜から朝にかけて優しく光る太陽のような穏やかな笑顔で。私の目と胸を捕らえる。
 
「へへ、ちょっと嬉しいかも」
「そうなんですか?」
「うん。あ、ごめん。俺そろそろ行かなきゃ!」
 
 ああ、忙しい人なのに、変な時間を取らせちゃった。
 
「すみません、ありがとうございます!」
「ううん。俺こそごめんね。またね」
「はい、また」
 
 彼はバイクに股がって、軽く手を振ってから発車させる。
 
 姿が見えなくなるまで、彼の背中をジッと見つめる。
 あんな返事が返ってくると思わなかったな。
 
 彼の柔らかい笑顔が忘れられない。
 以前見た屈託のない笑顔とは違う、自然な優しい笑顔。
 
 思い出すと、またドキドキしてしまう。
 ああ、やっぱり彼が大好きだな。
 
 
 
おわり
 
 
 
四四七、またね

8/6/2025, 1:42:39 PM