ため息ばかりついてしまう。
彼女の笑顔が脳裏に過ぎるんだ。
こんな感情を持っちゃダメって、心の中でブレーキをかけているけれど全然効かない。
「どうしましたか?」
俯いた俺に、身体を縮めて見上げてくる彼女。
あまりにも無垢な表情に胸が高鳴って仕方がない。
「なんでもないよ」
「ほんとですか?」
「俺、医者だよ」
「そうでした」
ふふっと笑って立ち上がる。それでも振り向きざまに笑いながら言葉をくれる。
「でも……ちょっとツラそうだったから……。大丈夫ならいいんです」
ほんの少しだけあった複雑な気持ちを汲み取ってくれる。
そんな君だから惹かれるんだ。
嗚呼……。
きみがすきだよ。
おわり
二九七、嗚呼
まだ友達だった頃。
この都市に来てからの目標を達成して買えた車を友達に自慢したくて修理屋に行った。
修理が必要だった訳じゃなくて、友達だった頃の彼女が働いていたから。
先輩を連れて行っただけで、あとの友達は全然連絡が付かなくて、先日友達になった彼女がいるかなと思って覗いたら彼女がいた。
「目標の車が買えたんだ、少しドライブしない?」
彼女は会社の人たちに確認をとって、一緒に行くと言ってくれた。
今思うと、勝手に従業員を連れ出してごめんなさい。
でも、この時間は俺にとって心に残るものになった。
話を聞くと、彼女はワーカホリック気味でどこへ行きたいと聞いても、「分からない」と返ってくる。
だから適当に車を走らせた。
赤信号の時に彼女へ視線を送るとキラキラと目を輝かせているから、本当に何も知らないんだろうな。
「わあ、素敵なホテルだ!」
彼女の言葉に、どれと聞く。指し示したホテルに車を走らせる。
観光にもなっている海辺のホテルだから、泊まり客じゃなくてもレストランに入れた。
「折角だからご飯食べる?」
「食べる!」
ホテルのレストランでもドレスコードが無さそうで、気軽に入って食事をする。仕事から抜け出させたお詫びもかねて俺が奢るけれと思ったよりリーズナブルで助かった。
帰る前にホテルの庭を軽く見学しようと歩いていると、宿泊者専用のプールがあった。
海の近くなのにプールがあるのは不思議だねと笑っていると日差しを浴びた笑顔に惹き付けられる。
「夏になったら来たいですね」
「うん、そうだね」
〝みんなで〟
と、言おうと思ったけれど、何故かその言葉を出すことが出来なかった。
人気のありそうだし、宿泊者以外でも入れるホテルだから、知り合いも来られる場所だとは思うけれど……それでも俺は彼女に言った。
「またふたりで来ようね」
「はい。折角だから秘密の場所ってことで!」
何気ない返事だったけれど、どこか見透かされたような気持ちになる。でも、それも嬉しかった。
今思うと、この頃から彼女に惹かれていたんだな。
おわり
二九六、秘密の場所
なんかいい匂いがする。
俺は重い身体を起こして、ゆっくりと目を開けた。
「ふあぁ……」
身体を伸ばして深呼吸をする。呼吸とともにバターの良い香りが口に入ってきた。
ぐうぅぅぅぅ……。
身体が空腹を訴える。
カーテンの隙間から光が差し込んでいた。時計に視線を送ると目覚ましより少し早く目を覚ましてしまったみたいだ。
ベッドの隣りをさすると冷たい。
と言うことは、隣で寝ているはずの恋人は結構早く起きたんだなと理解する。
俺は匂いのする方へ誘われるように足を向けた。
鈴鳴のような可愛い歌声が聞こえる。歌詞が分からないのか「ラララ」と奏でていた。
彼女の後ろ姿は楽しそうで、嬉しそう。顔の緩みが止められないようなほどニコニコ笑いながらパンケーキを重ねていた。
「おはよう」
「あ、おはようございます!」
俺を見つめると、頬を赤らめて幸せそうに笑ってくれる。
もう、可愛いんだ。
今日も一日、いい日になるな。
おわり
二九五、ラララ
「ただいまー!!」
彼女の元気な声が玄関から響き渡る。俺はその声に誘われて彼女を迎えに玄関に足を向けた。
「おかえりー!」
彼女と視線が合うと、ぱぁっと花のような笑顔が咲きみだれる。そして彼女は迷わずに俺の胸の中に飛び込んできた。
「スゥーーー」
「こらこら、吸わない吸わない」
「だって落ち着くんだもん」
帰ってきて早々の奇行に驚きつつ、俺も彼女を強く抱き締めながら彼女の肩に顔を埋めた。
自然と深呼吸してしまう。
ふわりと風が運んでくれる彼女の香りに心地良さが勝ってしまった。
「……吸ってるでしょ」
「…………ごめん」
「私のこと、ダメって言ったのにっ!」
「ごめん、こんなに心地いいとは思わなくて」
ついつい、彼女の温もりと香りを堪能してしまった。
「家に帰ったらあなたを充電させてください!」
「でも匂い嗅がれるのは恥ずかしいよ?」
「自分は私を吸うのにー」
ぷくっと頬をふくらませて抗議するけれど、困ったことにこの顔も可愛いんです。いや、本当に困ったな。
「でも……一緒に住んでいるのに別のにおいなんですね」
素朴な疑問をこぼす彼女。
言われると確かにと思った。
「うーん、もしかしたら個々のフェロモンかもね」
「フェロモン?」
「同じボディーソープ使っているのに俺は君のにおいに癒されるのは、生理的に俺個人への影響なのかなって」
彼女が難しい顔してきたぞ。
「えっと……そうだな、俺は君が好きってこと」
それを告げると、満面の笑みを浮かべてから、全力で俺に抱きついてくれた。
おわり
二九四、風が運ぶもの
自分の感情ってままならない。
この都市に来てから、どんな出会いが待っているか楽しみにしていた。
出会いは嬉しくて、楽しくて。
そんな中で色々な感情が混ざってぐちゃぐちゃになってしまう人がいる。
どんな感情か、最初は分からなかった。
でも、重ねていく時間にそれがどんな気持ちだか分かってきた。
ねえ、どうして?
どうして、私はあなたを好きになってしまったの?
どうしたら、私を見てくれるの?
ねえ。
どうして?
おわり
二九三、question