とある恋人たちの日常。

Open App
3/4/2025, 2:10:02 PM

 
 これはほんのささいな決め事。
 我が家にとっては当たり前の「お約束」。
 
「ただいまぁ!!」
 
 俺が自宅に帰ると家に響くように大きめな声を出す。
 
 すると、ひょこっと恋人が顔を出して、蕾が一気に花開くような満面の笑みを向けてくれた。
 
「おかえりなさいー!!」
 
 そして俺の胸に飛びついて、強く抱きついてくれた。もちろん俺も彼女を強く抱きしめた。
 
 この温もりと、彼女の特有の香りが精神的に落ち着いていくのが分かる。
 
 一分ほどたっただろうか。
 互いに力を抜いて、視線を合わせると笑顔になる。
 
 ここまでが一緒に暮らすようになってからの「お約束」。
 
 ケンカをすることはないのだけれど、ちょっとだけ険悪になることは時々ある。
 
 でもそういう時でも、帰った後に抱きしめ合うと心が落ち着くんだ。
 
 俺が帰った時だけじゃなくて、彼女が帰った時でも俺が出迎えて彼女の体温を身体で受け止める。
 
 こういうとこを繰り返していると、不安になった時に彼女の体温があれば安心するのだと理解した。
 だから、彼女との「お約束」をやめる気はない。
 
 俺が俺としているためにも。
 
 
 
おわり
 
 
 
二九二、約束

3/3/2025, 1:31:38 PM

 
 雪がやんで、少しだけ気温が暖かくなった。
 
 だからだろうか。
 勘違いした木々が甘い花を芽吹かせている。
 
「えー、この前まで寒かったのに蕾があるー」
 
 恋人と散歩したい。
 そう提案して、彼女とのんびり歩いていた。
 
 昨日も気温が高かったから、枝の端々に淡い色の蕾が顔を出している。
 
「春が近づいているんですねー」
「そうだね」
 
 
 そんなことを言った翌日の朝。
 仕事に行く前、窓を開けて気温差に震え上がる。
 
 夜のうちに雨が降り、気温が下がり、また雪がひらりひらりとちらついてきた。
 
「気温差ー!!」
 
 昨日見た蕾は大丈夫だろうか。
 こんな寒暖差は身体が丈夫な人だって身体を壊すレベルだ。
 
 俺は恋人に振り返り、お湯を沸かし始める。
 
「どうしました?」
「いや、外の気温が寒くて仕方がないから、温かい飲み物をいれる」
「ありがとうございます」
 
 ふわりと笑顔を向けてくれる彼女の表情。
 外の寒さを忘れさせてくれるくらい。
 
 とはいえ、まだしばらく寒暖差には気をつけていかないとね。
 
 
 
おわり
 
 
 
二九一、ひらり

3/2/2025, 2:02:38 PM

 
 トントントン。
 
 私の心をノックする。
 真っ暗なところにドアを叩く音が響いていた。
 
 その音は優しくて心地いいから不思議に思ってしまう。
 
 
――
 
 
 この都市に来てから、色々な人と出会った。
 仕事が決まって、この仕事に楽しみを覚えて、人と交流が増えた。
 笑顔が増えた……気がする。
 
 うちの会社は、お客さん含めて何故か怪我人が多い。私自身も不幸体質なのか、巻き込まれ事故をもらうことが多くて病院に通っていた。
 
 その度に私の怪我を治してくれていた先生。
 困った時に優しくしてくれたのが、忘れられない。
 
 他にも優しくしてくれる人はいるのに、その人だけ少し違うの。
 
 車の修理に持ってきてくれて、少しづつ会話が増えてきた。
 
 好きなものを聞いてみると、同じことが多くて、また差し入れしてくれるって言ってくれた。
 
『困ったことがあったら言って、力になるよ』
『力になるよ』
 
 病院の先生だから、当たり前のように言う言葉。
 
 ……勘違いしちゃいそうだよ。
 
 
 自分の部屋に帰って、瞳を閉じる。
 深呼吸をして、静寂に身を任せると自分の心臓の音を感じた。
 
 その中に暖かいものがふわりと灯る。
 
 トントントン。
 
 私の心をノックする。
 心のドアを叩く音が響いていた。
 
 その音は優しくて心地いいの。
 
 ノックするのは誰?
 
 
 
 うそ。
 本当はあなただって分かってる。
 
 あなたは誰にも優しくて、みんなに笑顔だから、私を見てくれるなんて思っちゃだめだと分かっているの。
 
 でも、あなたが私の心の扉を叩くのを止めてくれない。
 
 
 
おわり
 
 
 
二九〇、誰かしら?

3/1/2025, 2:35:12 PM

 
 初めて出会った時は、困った患者さんだなって思った。
 
 彼女自身は不幸体質なのか、しょっちゅう怪我をして俺の患者さんになっていた。
 
 バイクが壊れた時、彼女の職場に行った。
 
「修理してくださーい!」
「はーい、あ!! いらっしゃいませー!」
 
 俺だと気がついた時、声のトーンが一段上がり笑顔が本当に嬉しそうな顔になった。
 
 今思うと、それが種だったのかもしれない。
 
「俺、水色が好きでさー」
「私もですー!!」
 
 こんな些細なことが水やりになる。
 
「クリームソーダ、大好きなの〜。新しいのあげるね」
「わ! 嬉しい、私も大好きなんです!」
 
 日を浴びて、芽吹いてくる。
 
 彼女との交流はどんよりした気持ちが、涼やかな風が吹いてくるみたいだったんだ。
 
 請求書に毎回書いてくれる、ささやかな一言。
 
 どんどん彼女への気持ちが芽吹いていくんだ。
 気がついちゃダメな気持ちの種が沢山撒かれて、沢山水やりしてもらって、沢山の太陽を浴びて、芽吹いていく。
 
 恋という種が。
 
 
 
おわり
 
 
 
二八九、芽吹きのとき

2/28/2025, 1:07:18 PM

 
 だいすき。
 だいすき。
 だいすき。
 
 彼のことが大好きなの。
 
 暖かい温もりが私に触れてくれる。
 それが嬉しくて、たまらないの。
 
 私も彼に手を伸ばすと、その手を取って手のひらにキスしてくれた。
 
 初めて彼と肌を重ねた日。
 
 私は一生忘れることはできない。
 それほど幸せな時だった。
 
 
 
おわり
 
 
 
二八八、あの日の温もり

Next