疲れた。
肉体的にじゃなくて、精神的に。
仕事もプライベートも楽しいんだ。
人からもらう好意も嬉しい。
楽しいけれど。
嬉しいけれど。
疲れる。
そんな過去だった。
「大丈夫ですか?」
ソファで目を覚ますと、恋人が俺を心配そうな顔で覗き込んでいた。俺の頬に手を伸ばして優しく添える。その体温の温かさに安心を覚えた。
誰より愛しい彼女。
俺は両手を伸ばして彼女を抱きしめる。
「どうしました?」
彼女は俺を包み込むように抱き締め返してくれた。
そう。
あの時も、心が破裂しそうなくらい疲れていたんだ。
そんな時、俺の心にその心で寄り添ってくれたのが彼女だ。
心と心を合わせて、俺のストレスを解放してくれた人。
「もう少し、このままでいて」
君がいれば大丈夫だから。
おわり
二六五、heart to heart
「なにこれ?」
家に帰って居間に行くと、見慣れない白い箱があって、俺は思わず恋人に疑問をぶつけた。
「えっと……もらったんです」
「中身なに?」
彼女は少しだけ戸惑いながら、俺を見上げてから箱を開ける。すると中には白と水色と青い薔薇が敷き詰められていた。
「え。これって、プリザーブドフラワー?」
「は、はい」
ん?
なんか様子おかしいぞ。
不自然なまでに視線を逸らす彼女。どことなく頬と耳まで赤くなってる。
「なんかあった?」
「あ、あぁ……いや、えっと……その……」
ついにもじもじし始めた。
「えっと……聞かない方がいい話?」
「あ、いや……」
パッと顔を上げて慌てて否定する。少し考えたあとに照れた顔で見上げた。
ダメでしょ、その顔は。
俺は君に惚れているんですよ?
今度は俺の方が視線を逸らして手で顔を隠した。
「え?」
「あ、いや。なんでもないです、教えてください」
すると、彼女が左手を差し出す。そこには俺がプレゼントした指輪が光っていた。もちろん、薬指にはまっている。
「こ、これを見た社長たちが、勘違いしてお祝いって……」
「ふぇ!!?」
それはつまり……結婚祝い……。
それに気がついたあと、一気に顔が沸騰したように熱くなる。
彼女の反応はこれか……。
照れた顔した彼女はとても可愛くて。
俺も照れはあったけれど、気持ちは固まっている。だから彼女に指輪を渡したんだ。
俺は彼女の手を取ると、照れながらも不安な表情で俺を見つめる。
「安心していいよ。俺はそのつもりだから」
いつか。
プリザーブドフラワーと共に、君に永遠を違う花束を贈るね。
おわり
二六四、永遠の花束
同棲する恋人とはケンカとか、言い争いとかほとんどしない。そもそもケンカにならないんだよね。
俺はちゃんと説明するし、彼女も話をしてくれる。
もちろん全部話すなんてことは無理だから、そういう時は〝言えない〟事を伝える。
俺は救急隊だから、個人情報を取り扱うし、彼女も客商売だから、お互いの仕事で言えないことだってある。そこはふたりとも弁えている。と、思う。
生活する上で、合わないこと……も、あまりないんだよなー。
でも、これはお互いなんだけれど、ミスしてしまった時に自分を責めること。これが一番良くない。
「今の私にやさしくしないでください」
ぷくぷくになった頬、シワがよる眉間。ほんの少し涙目に見える恋人を見ていると、何か大きなミスをしたのは分かった。
俺もこういう時はある。
これは何度言っても心に寄り添う言葉を伝えたいんだ。
「なにかミスしたの?」
こくりと首を大きく縦に振る。
「人に迷惑かけちゃった?」
しばらく止まったけれど、今度は小さく頷いた。
「あやまった?」
それは強く頷く。
「いっぱい反省した?」
これまた止まってから、その瞳に大きなしずくを溜めて、ゆっくり頷いた。
俺は彼女の正面に回って胸におさめ、彼女の頭を撫でる。
「なら、俺は優しくします」
「だめ……」
「ダメじゃないの。謝って、いっぱい反省したんでしょ? これ以上、自分をいじめる方がダメ」
その言葉を聞いた彼女は、声を殺しながら方を震わせた。
「反省したあと、分からないこととかあるなら、一緒に考えよ。俺じゃ力不足かもしれないけれど……」
「そんなことありません!」
涙声が響き渡る。彼女は俺の言葉をさえぎって、しっかり俺を見つめた。
「力不足なんてないです。こうしてくれるだけで、私の心を助けてくれてます」
彼女の腕が、俺の腰に回されてその体重が俺にかかる。彼女の温もりがゆっくりと伝わってきた。
「うん。じゃ、そばにいさせて」
「はい、ありがとうございます」
こういう日は、極力そばにいて体温を分け合う。これが一番いい。
おわり
二六三、やさしくしないで
「ん、なんだろ?」
部屋の掃除をした時、タンスの裏に何か落ちていることに気がついた。
私はスマホを持ってきて隙間に光を当てると、折れ曲がった紙のようなものが落ちている。ホコリも被っていた。
手を入れるのは難しいから台所に行って何かないか探してみる。
「どうしたの?」
居間の方を掃除していた彼が私の行動に疑問を持ったみたいで、首をかしげて声をかけてくれた。
「タンスの裏に折れ曲がった紙が落ちているみたいで、拾った方がいいかなと思って……」
「……タンス?」
「はい」
何か神妙な顔をして考え込む彼を私はじっと見つめていた。しばらくするとハッと何か思い当たることがあったみたい。
「俺、心当たりある!! 俺が取る!!」
若干声が裏返りながら、物凄い勢いで垂直に手が上がる。その手の上げ具合が真っ直ぐに綺麗で思わず笑ってしまった。
「ふふ。分かりました。お願いします」
そう伝えると、彼は慌てて部屋に向かっていった。
……あやしいな。
なんだろ。
なんか動きが不自然。
隠したいことってあるのかな?
どうしよう……気になっちゃう。
しばらく今で休憩していると、一気に騒がしい声がする。その後で安心した顔の彼がホコリを被って戻ってきた。
「取れました?」
「取れたー! 見つかって良かったよー!」
髪の毛にホコリが付いていて、彼の髪の毛からはらい落とす。
「なにか聞いても……いいですか?」
「えっ!?」
明らかに焦った顔をしているし、私から逃げるように視線を逸らした。
「うわき?」
「しないよ!!」
「じゃあなに?」
彼は私の視線から逃げるように泳ぎまくる。そのまま顔も赤くなっていく。
「……むかし書いた、君への……らぶれたー……」
おわり
隠された手紙
二ヶ月ほど前、仕事に行く前にバイクの隅ににゃんこたちが迷い込んでいた。
これから寒くなる時期に放置していたら死んでしまいそうなか弱い生き物を放置できずに恋人と動物病院へ連れていった。
ふたりとも仕事で家に居ない時間が長いため、うちでは飼えない。住宅事情もある。
とは言え、放置もできないから動物病院を通して保護猫施設に預けることになった。
休みになると時間を作って保護猫として預けたにゃんこたちに会いにいっていた。
保護猫になっていたにゃんこたちは、拾った時に比べて良い環境、良い食事をしてきたのか愛嬌が溢れていき、少しずつ里親が見つかって家族ができていく。
明日、最後のにゃんこたちが里親に引き取られる日。
〝たち〟というのは、最後に残った二匹は常に寄り添ってずーっとイチャイチャしており、「二匹を離すなんて可哀想なこと出来ません!」と言う熱いお言葉を里親さんから聞いたとのことだ。
里親さんが迎えに来る前に、最後の挨拶をさせてもらえることになって、にゃんこ達を撫でさせてもらうことになった。
恋人とふたりでお邪魔して、それぞれでにゃんこを撫でていく。
「この子たちがしあわせなってくれるといいですね」
「そうだね」
うちでも引き取りたい。
そういう話しもしたんだけれど、やっぱり子猫を引き取るのは難しいとなった。
あまり長居するのも迷惑になるので、早めに退散することにした。
ケージに戻してから、にゃんこ達に手を振る。
よく分かっていないにゃんこ達は、またイチャイチャし始めていた。
「ばいば〜い」
「しあわせになるんだよ〜」
保護猫施設のご家族にお礼を伝えて家を後にすると、どうしようもなく寂しくなる。
今の時点では飼えない。仕事もそうだけれど、住宅事情もある。
だから、飼わない。
そう決めたのは俺たちふたりだ。
寂しくても飲み込まなければならない気持ちだった。
俺は彼女の手を取った。
「そのうち……ちゃんと考えて引っ越そうか」
〝ちゃんと考えて〟
その言葉には、〝家族になったら〟という気持ちを込めた。
家族になって、家族が増えて、家族を迎えて。
そんな気持ちに気がついた彼女は、花のような笑顔を向けて大きく頷いてくれた。
おわり
二六一、バイバイ