とある恋人たちの日常。

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 同棲する恋人とはケンカとか、言い争いとかほとんどしない。そもそもケンカにならないんだよね。
 
 俺はちゃんと説明するし、彼女も話をしてくれる。
 もちろん全部話すなんてことは無理だから、そういう時は〝言えない〟事を伝える。
 
 俺は救急隊だから、個人情報を取り扱うし、彼女も客商売だから、お互いの仕事で言えないことだってある。そこはふたりとも弁えている。と、思う。
 
 生活する上で、合わないこと……も、あまりないんだよなー。
 
 でも、これはお互いなんだけれど、ミスしてしまった時に自分を責めること。これが一番良くない。
 
 
「今の私にやさしくしないでください」
 
 ぷくぷくになった頬、シワがよる眉間。ほんの少し涙目に見える恋人を見ていると、何か大きなミスをしたのは分かった。
 
 俺もこういう時はある。
 これは何度言っても心に寄り添う言葉を伝えたいんだ。
 
「なにかミスしたの?」
 
 こくりと首を大きく縦に振る。
 
「人に迷惑かけちゃった?」
 
 しばらく止まったけれど、今度は小さく頷いた。
 
「あやまった?」
 
 それは強く頷く。
 
「いっぱい反省した?」
 
 これまた止まってから、その瞳に大きなしずくを溜めて、ゆっくり頷いた。
 
 俺は彼女の正面に回って胸におさめ、彼女の頭を撫でる。
 
「なら、俺は優しくします」
「だめ……」
「ダメじゃないの。謝って、いっぱい反省したんでしょ? これ以上、自分をいじめる方がダメ」
 
 その言葉を聞いた彼女は、声を殺しながら方を震わせた。
 
「反省したあと、分からないこととかあるなら、一緒に考えよ。俺じゃ力不足かもしれないけれど……」
「そんなことありません!」
 
 涙声が響き渡る。彼女は俺の言葉をさえぎって、しっかり俺を見つめた。
 
「力不足なんてないです。こうしてくれるだけで、私の心を助けてくれてます」
 
 彼女の腕が、俺の腰に回されてその体重が俺にかかる。彼女の温もりがゆっくりと伝わってきた。
 
「うん。じゃ、そばにいさせて」
「はい、ありがとうございます」
 
 こういう日は、極力そばにいて体温を分け合う。これが一番いい。
 
 
 
おわり
 
 
 
二六三、やさしくしないで

2/3/2025, 1:13:03 PM