今日は彼女が仕事が遅くなっていて孤独の時間を過ごすことになった。
彼女が恋しくて、胸を締め付けられる。心の空洞の寒さに耐えられず、ソファの上だと言うのに膝を抱えて小さくなっていた。普段あった視界の色が褪せて灰色に見えていく。
普段、彼女がこういう時間を過ごしているんだなと改めて痛感する。
元々寂しさには弱い方だけれど、彼女を好きになって、一緒に暮らすようになってからはずっとそばに居てくれた。ずっと笑顔や彼女の温もりが近くにあった。
だからこそ、寂しさが心へのダメージを受ける。
ああ、彼女が本当に大好きなんだ……。
ピンポーン。
「へ?」
今は夜で、こんな時間に配達なんて来るわけがない。
俺の心になにか予感を覚えて立ち上がって玄関に向かい走り出した。
迷いもなく玄関の鍵を開けて扉を開く。
「わっ!!!?」
両手に荷物を抱えた彼女が、目を丸くしていた。
その瞬間、心が暖かくなって、無くなっていた色が華やかに色付いていく。
「どうしましたか?」
俺の表情を見て、様子がおかしいと察した彼女が不安の顔を向けてくる。俺は両手に抱える荷物を取ってサッと廊下に入れて置く。そして彼女を玄関の中に引き入れて、バタンと言う音が聞こえる時には彼女を抱き締めていた。
「おかえり」
心の底から安堵の声がこぼれ落ちる。
「……ただいまです。遅くなりました」
「うん、寂しかった」
俺は抱きしめる力を強くする。彼女の温もりが腕から、身体から広がっていった。
「普段は私がそんな寂しい思いしているんですよ?」
「うん、この時間つらいね」
ほんの少し力を抜いて彼女の顔を見つめて、苦笑いしてしまう。
彼女は思い知ったかと言わんばかりの、悪い笑みを俺に向けてくれる。
「耐えられるようになっちゃダメですよ」
「え!?」
「ずっと私に夢中でいてくださいね」
その言葉に力が抜けるけれど、心の底から笑いが込み上げて口元が緩んだ。
「安心していいよ。ずっと夢中だから」
そう笑顔で返して、彼女にキスをした。
おわり
二一八、ベルの音
今日は珍しく彼女の方が遅番。俺が残業だったり夜勤だったりすることはあるけれど、彼女が遅番で遅くなるのは珍しかった。
いや、遅番もあるのだけれど、割と俺の夜勤と合わせてくれることが多かったんだよね。そういう意味だと、上手く合わないのが珍しい。
見たいテレビもないし、動画も思いつかないから部屋は静まり返っていた。
静寂の音が耳に残って、少痛みを覚える。胸に穴が空いたような感じも相まって孤独を強く感じた。
「早く帰ってこないかな……」
座っているソファの隣をさする。当たり前だけれど温もりは感じない。それはより俺の胸を締め付けた。
自然を足をそばに寄せて、体育座りをして身体を小さくする。
彼女がいないと消えちゃいそう。
おわり
二一七、寂しさ
そう言えばと思い出す。
出会いは夏。
気になったのは秋。
意識して、距離が一気に近づいたのは冬。
一緒にいることか多くなった冬。
「どうかしましたか?」
吐く息が白い中、彼女とのことを思い出していた。
急に言葉を止めてぼんやりした俺に彼女が顔を覗き込んで声をかけてくれる。同時に繋いだ手がキュッと強く握られた。ここにいるよと伝えるように。
俺は安心させるように笑う。
「ごめん、ぼんやりしてた」
「危ないですよ?」
「うん、ごめん」
何か悩みがある訳じゃないと伝わったのか、彼女も柔らかいほほ笑みを俺に返してくれた。
今はずっとそばにいる。
おわり
二一六、冬は一緒に
夕飯が終わり、ソファに座ってのんびり本を読んでいると、彼が横座りで隣に座った。私の腰に腕を回して肩に顔を埋める。
「横向きましょうか?」
「うん、俺のこと背もたれにして」
身体を横に向けて寄りかかると、彼は体勢を変えずに私の肩にすがる。
「あ、来週のシフト、スマホに送っておきますね」
「分かった〜、休みは?」
「ちゃんと合わせましたよ〜」
「でかした〜」
そう言うと、肩に埋まっていた頭がグリグリされてくすぐったい。
「あははは、やめてください。くすぐったいー」
少しグリグリ続けた後、頬に温かいものがちゅっという音と共に触れる。
「明日、終わり早いよね?」
「はい」
「じゃあ、夕飯は外で食べる? 新しいお店できたみたいだから行こうよ」
「行くー!!」
大きく返事をしながら、背中を伸ばして手を大きくあげる。それは身体を思いっきり彼に押し付ける状態だ。
そんな感じで、とりとめもない会話を続ける。こんななんでもない時間が幸せで仕方がない。
おわり
二一五、とりとめもない話
朝起きていつも通りに挨拶をしようと口を開く。彼女に声をかけようとした瞬間、声に引っかかるものがなくて違和感を覚えた。
〝おはよう〟
そう言ったつもりだったのに、なんの音も出なくて、恋人は振り返らない。
あ、あれ……?
喉を鳴らして、初めて彼女が振り返り笑顔を向けてくれた。
「おはようございます!」
〝おはよう〟
もう一度声を出そうとするが、完全に掠れて声が出ない。その様子をバッチリ見た彼女は口をぽかんと開けて、目を丸くしていた。
喉を押えて咳をすると、明らかに悪い咳をしてしまうから、口元を押えていても慌てて彼女から離れた。
後ろから物音が聞こえたけれど、俺はそれどころじゃない。止まらない咳に胸が焼けるようだった。こういう時にはしっかり声が出るのが辛い。
しばらくすると、暖かい手が背中をさすってくれる。
「落ち着いたら、これ飲んでくださいね」
首を縦に振りながら少しずつ咳を落ち着かせると深呼吸をした。
「ふぅ〜……」
背筋を伸ばすと、水の入ったマグカップが差し出される。
「飲んでくださいね」
口だけ〝ありがとう〟と動かすと、彼女からマグカップを受け取って水を口に含む。喉に冷たい水が通ると、乾いた喉に少しずつ潤いが染み渡っていく。
飲みきった後にもう一度声を出してみるけれど、やっぱり声は出ない。
「今日はお仕事を休んで診察に行ってくださいね」
俺は苦虫を噛み潰したような顔で頷く。なんと言っても行く場所は俺の職場だ。
「一気に乾燥しましたからね。今日中に加湿器を出しておきますね」
俺は両手を合わせて彼女に会釈する。
声が出ないってこんなに不便なんだなー。
風邪に気をつけていたけれど、完全に油断した。
彼女へ移さないように、これ以上に悪化しないように気をつけなきゃな。
おわり
二一四、風邪