朝起きていつも通りに挨拶をしようと口を開く。彼女に声をかけようとした瞬間、声に引っかかるものがなくて違和感を覚えた。
〝おはよう〟
そう言ったつもりだったのに、なんの音も出なくて、恋人は振り返らない。
あ、あれ……?
喉を鳴らして、初めて彼女が振り返り笑顔を向けてくれた。
「おはようございます!」
〝おはよう〟
もう一度声を出そうとするが、完全に掠れて声が出ない。その様子をバッチリ見た彼女は口をぽかんと開けて、目を丸くしていた。
喉を押えて咳をすると、明らかに悪い咳をしてしまうから、口元を押えていても慌てて彼女から離れた。
後ろから物音が聞こえたけれど、俺はそれどころじゃない。止まらない咳に胸が焼けるようだった。こういう時にはしっかり声が出るのが辛い。
しばらくすると、暖かい手が背中をさすってくれる。
「落ち着いたら、これ飲んでくださいね」
首を縦に振りながら少しずつ咳を落ち着かせると深呼吸をした。
「ふぅ〜……」
背筋を伸ばすと、水の入ったマグカップが差し出される。
「飲んでくださいね」
口だけ〝ありがとう〟と動かすと、彼女からマグカップを受け取って水を口に含む。喉に冷たい水が通ると、乾いた喉に少しずつ潤いが染み渡っていく。
飲みきった後にもう一度声を出してみるけれど、やっぱり声は出ない。
「今日はお仕事を休んで診察に行ってくださいね」
俺は苦虫を噛み潰したような顔で頷く。なんと言っても行く場所は俺の職場だ。
「一気に乾燥しましたからね。今日中に加湿器を出しておきますね」
俺は両手を合わせて彼女に会釈する。
声が出ないってこんなに不便なんだなー。
風邪に気をつけていたけれど、完全に油断した。
彼女へ移さないように、これ以上に悪化しないように気をつけなきゃな。
おわり
二一四、風邪
12/16/2024, 1:13:30 PM