朝、恋人が発熱していた。彼女は無理をするタイプだから仕事を休んでもらった。
ベッドに寝かせたあと、早い時間からやっている薬局に向かった。ペットボトル、飴、ゼリー、飲み物の総合栄養食品を買って彼女のそばに置いておく。
もう、その頃には発熱特有の赤い顔をしていた。
目が覚めても力は出せないかも……。
そんなことを思いながら、一度明けて締め直す。
まあ、彼女が飲まなかったら俺が飲むなり食べるなりすればいいかと思っていたから。
職場に到着して、隊長に事情を話すと余っている代休消化で午後半休を貰うことが出来た。
いつも元気な彼女。
普段ひかない風邪をひくと不安になると思っていて、どうしても早く帰りたかったから助かった。
スーパーに立ち寄って、消化に良さそうなものを作れるように材料を買って帰る。
荷物を持っていたとはいえ、大きな音を立てないように家の鍵を開けてそっと入った。寝室も同じように入ると、起きていた彼女が起きていて驚いてしまった。
「起きていたんだ、大丈夫?」
「さっき起きました」
まだふわふわとした表情をしているから、彼女の熱を測るために頬に触れると、嬉しそうに俺の手に頬ずりしてくれる。
「まだ寝てて。ご飯食べられる?」
彼女はそのまま頷くけれど、言葉を発することなく俺に両手を広げる。
潤んだ瞳に、寂しそうな表情をしていて胸が痛くなった。
こういう時の彼女は絶対に寂しいと思ったんだ。
そう思ったから早く帰りたかった。
そばにいたかったんだ。
俺は安心して欲しくて笑って、彼女を抱きしめる。
するとしっかりと抱きついてきた。しばらくすると胸元が熱を感じる。
「うぅ〜〜〜……」
ああ、やっぱり寂しくて不安になってたか。
俺は安心して欲しくて、彼女の背中をゆっくりとたたく。
泣かないで。
一瞬、そう思った。
でも、彼女が隠すことなく泣けるのは俺の前だけならば、そのまま泣いて欲しい。
ずっと、ずっと。
そばにいるからね。
おわり
一九八、泣かないで
「さむっ!!」
「寒いー!!」
車を降りると、一際強い風が俺たちの身体を撫でる。
今日はふたりともお休みを合わせたので、食料品やら生活必需品を買いに行こうと、デートがてら買い物に出た。
前回、買い物に来た時はこんなに寒くなかったぞー!!
上着を着ようか悩ましいけれど、駐車場からお店までの短い距離だ。俺は彼女の手を取る。
「せめて手ぐらい暖かくしよ」
目を見開いた彼女は、直ぐに満面の笑みを浮かべて頷いてくれた。
「うん!!」
彼女の指先が少し冷たくなっていたけれど、繋いでいくうちに暖かくなる。横にいる彼女を見つめると、目が合って嬉しそうに微笑んでくれた。
「あなたの手、あったかい!」
秋だとまだ暑かったけれど、堂々と彼女に触れても問題ない。そんな季節が始まったばかりだ。
おわり
一九七、冬のはじまり
ゆっくりと意識を呼び起こすと、心地よい温もりが伝わって安心を覚えた。
俺の腕の中には、愛しい彼女が俺に寄り添って眠っていて、規則的な寝息が聞こえてくる。
彼女の頬に触れると、柔らかくて愛しさが増した。
ゆっくりと彼女の瞳が開けられると、微睡んだ瞳が俺をしっかりと捉える。そして彼女の手が重ねられ、目を細めて頬擦りをしてくれた。
「だいすき……」
力の抜けた甘い声が囁かれて胸が高鳴る。
「起きたくない……」
俺は彼女の身体を抱き寄せると、彼女も俺の身体を抱き締めた。
「そうだね」
この甘くて愛おしい時間を、終わらせないで欲しい。
おわり
一九六、終わらせないで
目を開けると、いつもの天井が目に入る。
身体を起こそうと思ったけれど、とても重くて起こせそうになかった。
息を吸うと冷たい空気が心地良い。
自然と肩で息をしてしまう。
なんでだっけ?
と、ぼんやりと考える。
今朝、マグカップを落とした時、彼が怪訝な顔をして私を見ると優しく抱きしめてくれて……。
そうだ、思い出した。
熱があるから、お仕事をお休みにしたんだっけ。
彼は救急隊員でお医者さん。その彼が抱きしめてくれて、私の発熱に気がついてくれた。その後すぐに仕事を休むよう言ってくれたんだっけ……。
横を見るとペットボトルが見える。
近くに置いといたスマホを取り出して時間を見るとお昼を過ぎていた。
結構、寝ちゃったな、何か食べないと……。
無理やり身体を起こして、置いてあったペットボトルに手を伸ばす。
よく見ると、ペットボトルだけじゃなくて、飴やゼリーや飲み物の総合栄養食品の飲みものが置いてあった。
……家にこんなのあったっけ?
冷蔵庫の中を思い出そうとしたけれど、頭がふわふわで思い出せない。
ペットボトルを開けて水を飲もうとすると、事前に開いていた。
……あれ?
空いていた?
よく見ると、ゼリーも空いている。これって力が出ないことを想定してた?
こんな小さいことに喜びと、彼からの想いやりを感じてしまう。
せめて薬を飲むために、なにか食べようかと考えた。でも、朝より熱が出ているのか身体が熱くて動くのがしんどい。
どうしようかな……。
考えていると、しんと静まり返った部屋に寂しさを覚える。
その時、玄関から鍵を開ける音がした。するとそぉっと扉が開いて、彼が顔を覗かせる。私が起きていることに驚いて傍に来てくれた。
「起きてたんだ、大丈夫?」
「さっき起きました」
彼は私の頬に手を触れる。
「まだ寝てて。ご飯食べられる?」
私は何も言えずに頷く。けれど、それよりも欲しいものがあって彼に向かって手を伸ばした。
彼は驚いた顔をしたけれど、ふわりと微笑んでくれて、私を抱きしめてくれる。
強く抱き締めていると、自然と涙が溢れた。彼の気遣いも、早く帰ってきてくれたことも、行動のひとつひとつに愛情を感じて涙が止められない。
「うぅ〜〜〜……」
彼は黙って抱きしめ、背中を叩いてくれる。
「大丈夫、そばにいるよ」
おわり
一九五、愛情
ことん。
「あっ……」
小さい声に反応して振り返ると、テーブルからマグカップが落ちていた。
今の床はカーペットを敷いていたから、特に割れることもなく重い音が響く。
転がったマグカップは空だったから、特に汚れなかったが反応できない彼女に少し驚いた。
俺はマグカップを拾って彼女を見つめると、どこかふわふわしているように見えた。
俺は迷わずに彼女を抱きしめると、彼女は俺に身体を預けてくる。
うーん、温かいなー。
と言うか、ちょっと熱いかな。
「今日の予定はー?」
「お仕事ですけれど……?」
彼女は責任感が強い方だから、何かあると無理してしまう。それが分かっているのに、微熱のある彼女を仕事に出すのも気が引けた。
だから、俺のせいにしてもらおう。
「今日はお仕事お休み。軽くだけれど熱があるよ」
「え。でも迷惑かけちゃう」
「悪化して身体を壊したらもっと長引くよ」
俺を見上げながら、おろおろとしているのが分かって、また可愛い。
「医者の俺が言うんだからダメです。今日はお休み! 仕事行ったら無理しちゃうでしょ」
キッパリと言い切ると、彼女視線は泳ぎまくる。
「そ、そそそ、そんなことナイデスヨ」
裏返った声は、予測を確信に変えた。絶対、そうでしょ。
「だーめ。俺が無理したら心配するし、怒るでしょ? 俺も同じだからね」
それを言うと、彼女は言葉に詰まった。
そして唇を尖らせて、涙目で見上げる。熱のせいでほんのりと頬が紅くしているから尚更可愛い。
「じゃあ……」
彼女はぎゅうっと俺を抱きしめてくる。多分、寂しいのだろうな。
「今日はお休みします」
安心を伝えるように、彼女を抱き締め返した。
「うん。俺も今日は早く帰るからね」
そう伝えて、額に唇を乗せる。
やっぱり熱いから休ませて正解!
おわり
一九四、微熱