今日も仕事疲れた。
雨の日に新月は運ばれる患者が増えるから、終わったあとの疲労感は半端じゃなかった。
夕飯も、お風呂も終わらせていると一気に疲労感が溢れて眠気に襲われる。
「眠いなら早めに寝た方がいいですよ?」
「え?」
気がついたら、見ていたテレビ番組が終わっていた。
「寝てた……よね?」
「はい、寝てましたね」
同棲している恋人は、柔らかく微笑んで俺の手を取る。
「寝ましょ」
「……うん」
彼女に手を引かれながら寝室にたどり着くと、広いベッドに倒れ込む。彼女が掛け布団をかけながら、俺の頭を抱きしめてくれた。
「ありがとう、癒されるー。今日は本当にちかれたー」
彼女の体温に、ふわふわとしたベッドの布団が心地よくて、身体中の疲労が溢れて眠気を誘ってくる。
でももう少し彼女の温もりを感じていたいー……。
それなのに、彼女が俺の頭を優しく撫でてくれるから、意識が飛びそうになる。彼女だって仕事してきたのに甘えきってるなー。
「甘えてごめんね」
「ふふ。私がへろへろになった時は、いい子いい子してくださいね」
ちゅ。
これのつむじに柔らかい温もりを感じる。
眠る前のちゅー。これが安心に繋がるんだよね。
明日は俺からするんだ。
そんなことを思いながら、熟睡してしまった。
おわり
一七〇、眠りにつく前に
今日は結婚式に呼ばれ、恋人と一緒に参加した。
旦那さんも花嫁さんも幸せそうで、見ていると俺も嬉くなる。
ちらりと隣にいる恋人を見つめると、〝表情筋が無くなったのか?〟と心配になるほどゆるゆるに笑っていた。
そして、その瞳には羨望が混じっていることに気がついてしまう。
みんなで大盛り上がりを見せている中、俺はテーブルの下から彼女に手を差し伸べる。それに気がついた彼女は、なんの疑問を持つことも無く俺の手を取った。
そういう迷いのないところ、本当に好きだよ。
熱を込めて見つめていると、お化粧していつもより綺麗になった彼女の頬が少し赤くなる。それが嬉しくて、目を細めて口角を上げて声に出さない言葉を送った。
『こんどは、おれたちのばん』
俺の言葉の意味を理解して驚くけれど、目の端にきらりと光るものを溜めながら、満面の笑みで大きく頷いてくれた。
おわり
一六九、永遠に
恋人と暮らして、それなりに経つ。
最初は戸惑いもあったけれど、ちょっとずつ俺と彼女の過ごしやすい家になっていた。
視線を巡らせると、彼女と決めた部屋で、家具も、食器も。気がつけば彼女と選んだものばかりだ。
「どんどん楽になっていくなー……」
便利になったわけじゃない。
一人で暮らしていた頃に比べて不便になったところもあるけれど、それでもふたりで過ごすには精神的に楽な〝家〟になっていた。
ちらりと恋人に視線を送る。
いつか、家族になったら、もしかしたらこの家でも場所が足りなくなったり……するのかな?
それがどういうことか、改めて考えると顔から耳から熱くなる。
まだまた理想郷には遠い……かな?
おわり
一六八、理想郷
明日はハロウィンだ。
と、言うことで恋人との思い出が脳裏に浮かぶ。
恋人の職場は割とコスプレを容認していて、今みたいな季節だとノリノリになる。去年、そのコスプレ期間内に彼女の職場で要救助者が出て、俺が助けに行ったことがあり、そこでのやり取りを思い出していた。
今思うと、彼女を守りたいと思ったのはあの頃かもしれないなー。
「なんだか懐かしいねぇ……」
「なんの話しですか?」
ソファでのんびりお茶を飲んでいた恋人に、俺はぼんやりと声をかける。首を傾げた彼女が俺を見つめた。
思い出してよかったのかな……と思わなくもないけれど、あれから関係が進んで、今は一緒に暮らしている仲だからいいよね?
「あのすんごい格好した君の姿。俺びっくりし……」
「忘れてくださいっ!!!」
言葉が最後まで出る前に、持っていたクッションが押し付けられ、顔が埋まる。いや、息、息!!
あの頃の彼女の会社の社員は、一人以外が全員女性。人数がいたからか、統一してかなり過激な格好をしており、救助に行った時にびっくりして「そんな格好するの!?」と裏側から声が出た記憶がある。
「思い出さないで!」
「いや、無理でしょ」
俺は恋人を腰から抱きしめた。
「今更何を隠す必要がある。てか、今の時期ならあの格好してるんでしょ?」
「ま、まあ、制服だから着てますけど……」
「他人が良くて、恋人の俺だけ忘れろなのお?」
少しだけ不満気な声を出すと、返す言葉が見つけられないのか、耳まで赤くしながら俺の視線から逃れようとする。
「てか、あの頃からでしよ、セクハラ受けるようになったの」
「うう……。あ、でもちゃんと成敗したから!」
むん! とガッツポーズをするもんだから、またため息をついてしまう。俺が言いたいのはそこじゃないんだけれどな。
「それで俺が救助に呼ばれてどうするのさ」
俺は彼女を横抱きにして自分の膝に乗せ、抱き寄せた。
「俺は君のナイトで呼ばれたいの」
おわり
一六七、懐かしく思うこと
眠っていたところ、突然後ろに引っ張られる感触に驚いてぼんやりとだけれど目を覚ました。
何事かと思って虚ろな瞳で振り返る。仄暗い中で見えたのは、愛しい彼が切なそうな表情で私を強く抱きしめていた。
ああ、大好き。
この落ち着く温もりは私を安心させるものだから、彼に体重をあずけた。すると彼の顔が肩に埋められる。
少し寂しいのかな。
そんなことを思いながら、抱きしめられた腕に手を添えていると、涼しくなった気温が彼の温かさをより感じさせて心地好くなる。
大好きな温もりに包まれて、このまま意識を手放しちゃおうと思った。
おわり
一六六、もう一つの物語
(一六五、暗がりの中で のもう一つの物語)