ゆっくりと目を開け、身体を起こした。周りを見渡すとぼんやりとした光で現在の時刻を知らせる。俺が眠ってから二時間くらいしか経っていない。
暗がりの中で視界が慣れ、横を見ると背中を向けた恋人が安心した表情ですやすやと眠っていた。
彼女の気の抜けた顔に自然と口角が上がってしまう。
俺は彼女を背中から抱きしめると、むにゃむにゃと俺の体温に反応した。
軽く振り返って俺を確認すると、ふにゃりと微笑んでから安心したように身体をあずけてくれる。
そのまま俺も彼女の肩に顔を埋め、もう一度瞳を閉じると、彼女の優しい香りが鼻をくすぐった。
ああ、やっぱり安心する。
俺は彼女の温もりに包まれながら意識を手放した。
おわり
一六五、暗がりの中で
今日のデートは恋人の青年のリクエストでレトロな喫茶店に来た。
開店より少し前に到着していたけれど、既に行列が出来ていて、開店してから少し時間を置いてようやく入りテーブルに案内される。
「季節的に気候がちょうどいいから、待つのがそんなに苦じゃなくて良かったね」
「はい! 思ったより人が並んでいたのは驚きましたが……」
周りを見てみると女性客の方が多く、みんな手元に来た食事や飲み物にカメラを向けた後、それぞれを楽しんでいるようだ。
自分たちも今日の目的はハッキリしている!
店員さんと目が合うと、静かにテーブルの傍に来てくれた。
「ご注文をおうかがいします」
店に来る前からメニューを決めていたから、青年はピースを店員に向ける。
「季節限定のクリームソーダ、ふたつ!」
「季節限定のクリームソーダ、ふたつですね。以上でよろしいでしょうか?」
「はい!」
そう、ふたりの目的はクリームソーダ。
このお店のは季節限定でクリームソーダの味や見た目を変えていると知り、今の季節のクリームソーダを飲みに来たというわけだ。
「シックで素敵なお店ですね」
「そうだね、クラシカルな感じもあって、落ち着くかも」
「家とは違うくつろぎですね」
「そう、それ」
ふたりで談笑していると、華やかな香りが彼女の鼻をくすぐった。柑橘系の香りだろうかと、辺りを見回す。
「とうしたの?」
「なんか、いい香りがして……」
それは近くのテーブルに置かれた紅茶の香りだった。
甘やかであり、華やかさもある。珈琲とは違った香りに気持ちが奪われた。
くすり。
青年が彼女を見て笑う。その声に慌てて振り返った。
「気になるなら頼もうよ。俺もこの香り気になるよ」
楽しそうに笑ってくれる青年は、手を挙げて店員を呼ぶ。すると香りの話しと合わせて聞いてみると、アールグレイの紅茶のようだった。
そこから聞いてみると、この店はクリームソーダもそうだが紅茶も力を入れている喫茶店で、アールグレイだけでも数種類があると説明を受けた。
そうしてふたりは紅茶のメニューを見て悩み出してしまった。
「俺、違いがよく分からないから一般的……あ、もしくはオススメの紅茶を……あー……」
視線の先にはふたりが先に注文していたクリームソーダを持った店員がいた。
「……飲み終わったらゆっくり選んで頼もうか」
「そうですね」
テーブルに置かれるクリームソーダを見てメニューを閉じる。
「まずは今日の目的、だね」
「はい!」
ふたりは冷たいクリームソーダに舌鼓をうちながら、幾度となく通り過ぎる紅茶の香りに誘われながら、優雅なひとときを過ごした。
おわり
一六四、紅茶の香り
家に帰ると、お互いに「ただいま!」という言葉とハグし合う。お互いの体温と心臓の音が感じられてすごく安心するんだ。
「大好き」
「俺も」
どちらからともなく言う言葉。
好きという気持ちをストレートに伝えられたら嬉しい。
そして、言葉通りに伝わる彼女だから、毎日もっと好きになる。
「毎日言ってますけど、飽きませんか?」
「飽きない。なんならもっと言って欲しい」
「ふふ、私もです」
頬を紅く染めながら嬉しそうに微笑んでくれる恋人に、愛らしさを感じて自然と彼女を抱き寄せてしまう。
「大好き」
「私もです」
おわり
一六三、愛言葉
一度実家に戻っている間に、大好きな友達が知り合いの救急隊員の彼といい感じになったみたいで……。
可愛くて可愛くて仕方がない職場の同僚。仕事は彼女の方が先輩なんだけど、人懐っこさもあって、妹みたいに守りたくなる子なの。
私のギャグにも鋭いツッコミを入れてくれて、ぽやぽやしているように見えるけれど、恐らく頭の回転は結構早いと思う。
人が一人になりそうになると、自然とみんなの輪の中に入れてあげられるタイプ。
色素が薄い彼女は、私から見たイメージカラーは白。本人が水色を好きだから本当に薄い水色が似合う。
声も愛らしさがあるから、少しだけずるいと思うほど。
仕事も前向きで頑張っていて、その全てが大好きなんだ。
で、そんな彼女を狙っていると!? 既に付き合っていると!?
許せるわけないじゃないか!!
私は件の彼が会社に来た時に、とっ捕まえて仁王立ちになってこう言った。
「彼女と付き合いたいなら、私を倒していってもらおうか!!」
簡単に〝おつきあいを〟許してなるものか!
おわり
一六二、友達
恋人が風邪をひいてしまった。
少し前に俺が風邪を引いた。その時は彼女が看病してくれたが、風邪はうつらなかった。
時間が経ち、また寒暖の差にやられてしまい気がついたら発熱していた。
「体温計で熱を計るまでもないよ。今日は家でゆっくりしててね」
俺はスマホを取り出し、彼女の職場に電話をかけながら扉から部屋を出ていった。
『はいはーい、どうしたん?』
「あ、すみません。彼女が熱を出しちゃったので、今日は休ませて欲しいんです」
『ああ、了解、了解。知らせてくれて、ありがとね』
「いえ、こっちこそ、ありがとうございます」
『ほななー』
通話が終わって部屋に戻ると、ベッドで俺に向かって手を伸ばし、その瞳から涙を溢れさせた彼女がいた。
「社長に連絡したからね……ってなに!? どうしたの!?」
彼女が片手を伸ばしている姿に気がつくと、血の気が引いた。俺は顔色を変えて床を蹴る。
そして、強く、強く抱き締めた。何かを言うわけではなく、彼女の熱を受け取るように抱き締めた。
「やだ、行かないで……そばにいて……」
普段は元気で笑顔が耐えない彼女。それが、こうやって俺にわがままを言うのは本当に珍しい。自分の意見が無いわけじゃなくて、相手を尊重する子だから。
だからこそ、彼女の言葉に胸を締め付けられた。
彼女の頭を優しく撫でながら、彼女の体重を俺に寄せる。
「そばにいるよ」
「うん……」
彼女の身体をゆっくり倒し、隣に寄り添った。
「ずっとそばにいるからね」
「うん」
熱があるからか、少し息遣いが荒い。それでもどこか安心したように、瞳を閉じた。
彼女が眠ったら、俺も職場に連絡しよう。
今日……なんて言ったけれど、俺はずっとそばにいるよ。
ずっとね。
おわり
一六一、行かないで