あーあ、やっちゃったな。
イベントがあると聞いて急いでいたら、バイクが曲がりきれずに横転してしまった。しかもここは人通りも少ない裏道。
連絡するにも、他の車もバイクも通らないし、身体中痛くてスマホを取り出すのも難しい。
どうしよう。
ぼんやりと視界が揺らぎ、熱いものが目の端からこぼれ落ちた。
――
そう言えば。
彼と付き合う前にも同じようなことがあったな。
大きなイベントがある直前に、ド派手に怪我して救助に来てくれたのは彼だった。
「こんな日に事故りやがってって怒ってやろうと思ったけれど、君だから許す。本当に気をつけなよ」
意識が戻ってから、そう笑ってくれた。
あの時にはもう彼のことが好きだったの。
彼が来てくれたら嬉しい。そう思ったけれど、実際に来てくれるなんて思わなかった。
もちろん、わざと怪我したわけじゃない。
でも、彼に会う理由は怪我をするしか方法がないのも事実。救急隊員で忙しい彼を誘うなんて、私には出来なかったから。
あの時来てくれたのも、恋人同士になれたことも、私には奇跡でしかないんだよ。
――
「救急隊の人、こっちです!!」
「ありがとうございます! !!」
大きな音、これはヘリコプターの音?
近くに誰かが通ってくれたのかな。私の状況を見て救急隊に連絡をしてくれたみたいだった。
「もう大丈夫だよ!!」
聞き慣れた声だ。会いたい声だ。
ぼんやりする意識の中、視界に入るのは誰よりも愛おしい彼。
「あとはこっちで引き受けます。連絡してくれて、ありがとうございました」
ハキハキと通る声で、連絡してくれた人にお礼を言う。そうして私は彼に救出された。
「治ったらお説教だからね」
そう言ってくれた彼の声は、いつも愛してくれる時と同じくらい優しい声をしていた。
おわり
一三九、奇跡をもう一度
私の彼は赤毛で、珍しい金色の瞳をしている。しかも金色の中に髪の毛と同じような赤が反射する。
私は彼の瞳を夕陽のような色だと思っていた。
だから、私は夕焼けの空を見ると彼を思い出すし、安心する瞬間がある。
「どうしたの?」
後ろから彼が声をかけてくれたから、私は振り返った。
夕陽を浴びてにっこりと笑う彼を見て、つられて口角が上がる。
「夕陽ってあなたの色だよね」
彼は目を見開いて、きょとんと首を傾げた。
「夕陽?」
「はい、今みたいなたそがれ色、です!!」
私は彼の胸に飛びついた。
おわり
一三八、たそがれ
ソファに座ってくつろいでいると、恋人が目の前に仁王立ちした。
「え、なに、どうしたの?」
唇を尖らすと言うか、への字口で俺の目の前に立つ彼女に正直ビックリした。
「もっと奥に座ってください」
「へ!?」
奥って……いや、俺は結構深く座っているけれど……どうしろと?
そんなことを思いながら、ソファの奥ににじりにじりとさらに深く座れるように頑張ってみた。
それを見ていた彼女は頬を膨らませ、俺の腕を掴んではぎゅっとしがみく。少しだけ空いた俺の前に無理矢理座った。まるで俺の胸に収まるように。
甘えたいのかな。
俺は彼女の背中と両足に腕を通し、持ち上げて横抱きする。そして、彼女の頭は俺の肩に乗せるので、彼女の腰を抱き寄せた。
「どうしたの?」
「んー……」
俺は彼女の頭を優しく撫でる。
「いいことも、悪いことも、嫌なこともあります。それは、きっと明日も」
「うん」
「私はあなたがいれば頑張れます」
俺に縋りながら小さく肩を震わせる彼女。まるで子供が怯えているみたいだった。
俺の心の奥から込み上げる何かが溢れ、ただ強く彼女を抱きしめた。
「俺もだよ」
おわり
一三七、きっと明日も
肩にある重みに痺れが出て、青年はゆっくりと目を開ける。重い方に視線を送ると恋人が寄りかかり、定期的な上下の動きをしていた。
青年は思考をめぐらせる。彼女が帰る前に疲れに負けてベッドにダイブしたところまでは思い出せた。
時計を見ると自分が意識を手放してから、数時間が経っていた。恐らくその後に彼女も帰ってきて、同じようにベッドに飛び込んだのだろう。
青年は体勢をずらして、起こさないよう最新の注意を払いながら彼女の頭を枕に乗せる。定期的な吐息を見るに、起きる気配はなくて青年は安心した。
すいよすいよと眠る恋人の表情はあどけなさも残っていて、でもその唇は大人っぽさも感じられて青年の心臓は高鳴った。
ほんの少し前まで、ここは静寂に包まれた部屋だった。
彼女の寝息。
青年の心臓の音。
本当は音のないはずなのに、内側から音が鳴り響く。
青年は腕を伸ばして彼女を抱きしめる。
余程疲れているのか、起きる気配はない恋人。
抱きしめているうちに、青年の心臓は落ち着きを取り戻していく。すると愛しい温もりと共に睡魔が襲ってきた。
青年は抵抗することなく意識を手放す。
そうして再び、恋人たちの寝室は静寂に包まれた。
おわり
一三六、静寂に包まれた部屋
上司にあたる人が、病院で使う車やヘリ全部の修理を俺の恋人が務めている会社に依頼した。
上司は上司同士と言うか、彼女の会社の社長と仲が良く、腕も買っているため割とよく頼む。
今回は台数も多いので、人数を連れて出張で修理に来てくれた。その中には俺の恋人もいる。
「よっしゃ、みんな直すでぇ!!!」
「「「おー!!!」」」
社長さんの掛け声で、修理が開始された。
――
もうすぐで全部の修理が終わる。
彼女の担当している車も修理が終わり、他の社員自分の担当していた修理が終わると、自然と集まって談笑していた。
最後の修理が終わって、上司が支払いをして帰る準備をしている時、彼女が俺の元に来てくれた。
何かを言うわけではなく、ただ隣に立って寄り添ってくれる。
どちらからともなく、身体で手を隠しながらお互いの指が絡み合う。大好きな彼女の仕草に心が暖かくなりながら、身体も少し軽くなった気がした。
どこかくすぐったい気持ちのまま、彼女に視線を送る。すると当たり前のように彼女と目が合うものだから二人して笑ってしまった。
「私も充電」
そう微笑むと、指が離れて彼女は会社の人たちの元へ戻っていった。
そして楽しそうに社長さんの車に乗り込んで帰っていく。
柔らかく温かい感触が抜けていくのはほんの少しだけ寂しさを覚えた。
けれど、そう。
別れ際に指が絡み合った瞬間、確かに俺の心も充電された。
おわり
一三五、別れ際に