とある恋人たちの日常。

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 あーあ、やっちゃったな。
 
 イベントがあると聞いて急いでいたら、バイクが曲がりきれずに横転してしまった。しかもここは人通りも少ない裏道。
 連絡するにも、他の車もバイクも通らないし、身体中痛くてスマホを取り出すのも難しい。
 
 どうしよう。
 
 ぼんやりと視界が揺らぎ、熱いものが目の端からこぼれ落ちた。
 
 ――
 
 そう言えば。
 彼と付き合う前にも同じようなことがあったな。
 
 大きなイベントがある直前に、ド派手に怪我して救助に来てくれたのは彼だった。
 
「こんな日に事故りやがってって怒ってやろうと思ったけれど、君だから許す。本当に気をつけなよ」
 
 意識が戻ってから、そう笑ってくれた。
 
 あの時にはもう彼のことが好きだったの。
 
 彼が来てくれたら嬉しい。そう思ったけれど、実際に来てくれるなんて思わなかった。
 もちろん、わざと怪我したわけじゃない。
 でも、彼に会う理由は怪我をするしか方法がないのも事実。救急隊員で忙しい彼を誘うなんて、私には出来なかったから。
 
 あの時来てくれたのも、恋人同士になれたことも、私には奇跡でしかないんだよ。
 
 ――
 
「救急隊の人、こっちです!!」
「ありがとうございます! !!」
 
 大きな音、これはヘリコプターの音?
 
 近くに誰かが通ってくれたのかな。私の状況を見て救急隊に連絡をしてくれたみたいだった。
 
「もう大丈夫だよ!!」
 
 聞き慣れた声だ。会いたい声だ。
 ぼんやりする意識の中、視界に入るのは誰よりも愛おしい彼。
 
「あとはこっちで引き受けます。連絡してくれて、ありがとうございました」
 
 ハキハキと通る声で、連絡してくれた人にお礼を言う。そうして私は彼に救出された。
 
「治ったらお説教だからね」
 
 そう言ってくれた彼の声は、いつも愛してくれる時と同じくらい優しい声をしていた。
 
 
 
おわり
 
 

一三九、奇跡をもう一度

10/2/2024, 12:02:59 PM