とある恋人たちの日常。

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8/29/2024, 1:48:03 PM

 
 二週間の出張が終わって、見慣れた都市に戻った。俺は一度職場に戻り、医療器具を自分のロッカーに戻す。
 二週間なんて大した日時じゃないように見えても、心に空いた穴に風がすり抜けるようだった。
 
「すみません。俺、帰りますね」
「おー、お疲れさん」
 
 口々に慰労の声をかけてくれた。
 俺は一通りの片付けを終わらせた後、私服に着替えて自分のバイクに股がった。
 
 今日は仕事、行っているかな……?
 
 俺は恋人のスケジュールを確認すると、今日は仕事になっている。
 
 一緒に住んでいる恋人は仕事を優先するようにしてくれているが、泣きそうなほど寂しいのは、帰った後に思い知らされることが多い。
 
 だから、真っ先に彼女に会いたかった。
 
 出かける前に色々と用意した。寂しくならないようにとノートに言葉を残した。メールも電話もしたけれど、我慢しているのは声のトーンで分かるんだよ。
 それくらい、キミのことを見ているんだからね。
 
 スマホを取り出して、彼女に電話をかけた。
 少し呼出音がしてから、彼女が出る。
 
『はい』
「あ、ただいま」
『……おかえりなさいっ!』
 
 出た時の不安な声が一気に明るくなった。
 
「今、どこ?」
『あっ……えーっと……家に……』
「家!?」
『だって……』
 
 会いたかったんだもん。
 
 彼女はその言葉を言ってはいないけれど、俺には確かにそう聞こえた。
 
「すぐ帰る!!」
 
 俺はスマホを切って、ヘルメットを被りエンジンを回してバイクを飛ばした。
 
 隣接している駐車場にバイクを停め、家に向かって走り出した。
 
「ワッと……」
 
 ずるりと足を滑らすが、俺は片手で身体を支えて転ばないようにバランスを取って走り出す。汗を拭うのさえ、時間が惜しいと思った。
 
 鍵を開けて、扉を開けて家に入る。
 
「ただい……」
 
 言葉を言う前に、彼女が俺に飛びついた。さすがに驚きはするけれど、強く抱き締めてくる彼女の温もりに喜びが込み上げて……俺も強く、強く抱きしめ返した。
 
 
 
おわり
 
 
 
百五、言葉はいらない、ただ……

8/28/2024, 12:58:08 PM

 
 今日は何かあったのだろうか、車の修理の依頼が沢山入っていた。
 社長や、同僚、社員と今日出社しているメンバーで会社の外にまで使用して修理をしていく。
 
 休憩をするタイミングもないし、修理をするために必要な素材の減りも早くて、その点は社長が走り回っている。
 
 このタイミングで体験者がいなくて良かったとは思う。お客さんが少ないよりはいいかもしれないが、これだけひっきりなしに依頼が来ることも珍しい。教えながら対応すると、急いでいるお客さんの迷惑になりかねない。それもクレームの一つだ。
 
 数時間が過ぎ、流石にお客さんの波が落ち着いた頃だった。
 
「今日はなんなんやー!!」
 
 社長が疲れた声で叫ぶ。他の作業も手が回らないレベルの忙しさだったので、副業持ちのメンバーは各々別の業務に向かい始めた。
 
 色々ある中、彼女と同僚のふたりがお店番をすることになる。
 先程と打って変わって、お客さんの足が落ち着きぼんやりしてしまう。
 
 するとシャッターの音が鳴り響き、聞き慣れた声が耳に届く。
 
「こんばんはー!!」
 
 声の方を見ると、恋人が仕事で使う車で入ってきていた。
 
「あ、いらっしゃいませ!」
 
 嬉しくて笑顔で迎える。疲労しきっていた身体だったが、大好きな青年が来てくれたのが嬉しくて、疲れが吹き飛んだ気がした。
 
「任せるね。私、向こうで足りないもの作っているから何かあったら呼んで」
「うん、ありがと」
 
 同僚が気を利かせて、離れた作業台に行った。
 振り返って青年と目が合うと、お互いに笑っいあった。
 
「お疲れ様です。修理は久しぶりですね」
「そうだね、最近は病院でまとめてやることが多かったからさ。専属メカニックさんに見てもらいたくて!」
「任せてください!」
 
 そう伝えると、工具を使って手際よく修理を開始した。
 
「もう少しで仕事を終わりにしようと思うんだけれど、いつ終わりそう?」
 
 青年は、彼女の近くに歩み寄って、体育座りをしながら声をかける。
 彼女は手を動かしながら返事をする。
 
「あー……今、みんな出ちゃっているから……。ワンオペにさせちゃうので、誰かが戻ったら……」
「あ、そっか。じゃあ、俺。先に帰るね」
「すみません」
「ううん、いいよー」
 
 家でも出来そうな何気ない会話を交わしながら修理を終わらせると、彼女は請求書を用意する。いつものように「お仕事お疲れ様。先に帰ってゆっくりしてください」というメモを添えて渡した。
 
 青年がそれを受け取ると、しっかりとメモまで確認しつつ彼女へ支払いを済ませる。
 
「ありがとね」
「はい、またウチで」
 
 すれ違いざまに青年から彼女の指に、指を絡めたかと思うと、離れ難いと伝えるようにゆっくり離す。
 
「残りの時間も頑張ってね」
「はーい、気をつけて帰ってくださいねー!」
 
 青年を見送ったあと、同僚の元に向かう。
 突然来てくれた恋人の訪問に元気を貰いながら、残りの時間も頑張ろうと思った。
 
 
 
おわり
 
 
 
百四、突然の君の訪問。

8/27/2024, 2:24:52 PM

 
 出張に出て数日経った。
 俺が住んでいる土地から離れた場所で、気候も違う。そして本日最後の救助の最中から雨が降り始めていた。
 
 救助後、他の隊員に患者を託して、雨の中に他に救助を待つ人が居ないかを確認する。救助を求める人数を確認して、撤収しても問題ないと連絡が入った。ヘリに乗って宿舎に戻ろうとするが、足を止める。
 
 雨が服に染み込んで身体が重い。
 けれど、心も重かった。
 
 今回の出張は、何回目かの出張で同棲している恋人が心配になる。
 元気な笑顔で、背中を押してくれる彼女。出張から帰った後は隣に座る時にいつも以上に傍によってきたり、眠る時は背中から抱きついて離れない。
 だから、今回の出張を伝えた時に固まる表情が忘れられないし、心配になった。
 
 出張に出る前、彼女が好きそうな装丁のノートを買った。寂しくないように彼女への気持ちを沢山綴ってきた。
 電話やメールで連絡すれば良いとは思うが、アナログな文字にこだわった。
 そこに温もりがあると思ったから。
 
 空を見上げると、顔に雨が容赦なく叩きつける。
 
 早く。
 会いたい。
 
 
 
おわり
 
 
 
百三、雨に佇む

8/26/2024, 2:33:33 PM

 
 同棲している恋人が、今日から仕事で出張に行くことになった。
 仕事だから仕方がないとはいえ、出張に行かれてしまうのは、寂しさで胸が締め付けられてしまう。
 でも、それを青年に見せないように、彼女は務めて明るく振舞った。
 
 青年を見送った後。家に帰ると見慣れないノートがテーブルの彼女の席に置いてあった。
 
 そのノートは爽やかな青い空の写真。外装はハードカバーで、金色の箔押しで綺麗なフォントでダイアリーと書いてある。
 
 青年の日記だろうか。
 そもそも、日記なんて付けていただろうかと考えを巡らせる。
 
 そっとノートに触れた。
 
 見ていいのかな。
 でも、日記だったらプライベートだし……。でもでも、私の席に置いてあるんだから……。
 
 そんなふうに考えた後、彼女は思い切ってノートを開いた。
 
 そこには、青年の文字がびっしりと書き綴られていた。
 彼女を想う語り言葉が。
 その文字ひとつに愛情を感じる優しい言葉が。
 
 胸が熱くなり、気がつくと頬に涙がつたっていた。ひとつ、ふたつ……と、とめどなく溢れてくる。
 
 青年の文字を撫でて、読んで行くうちに、自然と笑みが零れていた。
 
 寂しい気持ちは沢山ある。
 けれど、青年が置いてくれたノートの中にある彼女を想う言葉で寂しさは減っていった。
 
 涙を拭うと、彼女は立ち上がってペンを持ってきて、ノートのページをめくる。そして何も書いていないページに青年への想いを書き綴り始める。
 彼が戻ったら、読んでくれるように。
 
 これが、私たちの日記帳。
 
 
 
おわり
 
 
 
百二、私の日記帳

8/25/2024, 1:25:44 PM

 今日の夕飯当番は青年の番で、器用にフライパンを振る。そこにはベジタブルが混ざった赤いご飯が軽く宙を舞った。そして、甘いバターの香りが鼻をくすぐる。
 
「お皿はこっちでいいですか?」
 
 そう恋人が楽しそうな声で青年に確認をする。彼女が見せてくれたお皿は青年が思っていた通りの、大きめな二枚のお皿。
 
「ありがとう。そこに置いといて」
 
 続いて別のフライパンを取り出して、溶き卵を流す。それにチキンライスを中に入れて、卵で包み込む。
 
「ほいよっと!」
 
 フライパンをお皿に向けて、中にあったオムライスをぽんと乗せた。
 
「わー! 美味しそうです!」
 
 彼女は目の前のお皿に感嘆の声をあげながら拍手をする。
 
「すぐもうひとつ作るからねー」
 
 青年はそう告げると軽い足取りで、溶き卵をフライパンに流し込む。
 
 ほかほかと美味しそうな香りで鼻をくすぐるオムライスを見る彼女。
 
「ケチャップでなにか書いてもいいですか?」
 
 もし他にかけるものがあったらと心配した彼女が青年に問うと、彼女に振り向かずに青年は答えた。
 
「いいよー」
「やった!」
 
 彼女はケチャップを使ってなにかを描き始める。途中で、「わっ!」とか、「ズレた!」とか言っていたが、青年は聞かないフリをした。
 
 そして二つ目をお皿に乗せると、最初に作ったオムライスは青年のテーブルに鎮座していた。
 
「なに描いたの?」
 
 そう覗くと不器用ながらに描いたであろうイラストがあった。ゆがんだ絵に青年は頭を捻った。
 
「あ、分かった、クマだ!!」
「違う、パンダだもん!!」
 
 青年が考えている間に、もうひとつのオムライスにもケチャップアートが出来ていた。
 
「こっちは犬?」
「うさぎ!!」
 
 頑張って見れば見られないこともない、歪なうさぎのイラストに笑いが込み上げた。
 
「画伯……」
「頑張ったのにー!?」
「ごめん、ごめん。ありがとう」
「笑ってます!」
「いや、本当にごめん。で、俺がパンダなの?」
 
 彼女は普段、パンダの部屋着を着ている。だからパンダモチーフは彼女のイメージだった。そして、青年のモチーフはうさぎなのだ。
 
「はい、あってます!」
 
 そう彼女は満面の笑みで頷く。
 青年は付け合せのサラダを出しながら、自分の席に座った。
 
 向かい合わせに彼女が座る。
 
「食べましょ!」
「うん」
 
 美味しそうな香りで食欲を刺激する彼女のモチーフのパンダのオムライス。青年はジッとそれを見て変なことを考える。
 
 
 これって……、俺は彼女を食べちゃっていいってこと?
 
 
 と。
 違う意味で……大変、邪な思いが脳裏に浮かんでしまった。
 
「どうしました?」
 
 彼女は、不思議そうな顔をして首を傾げる。
 
「あ、ううん。食べよ、食べよ。いただきます!」
「いただきまぁす!」
 
 彼女は青年の考えなど知らずに、満面の笑みでオムライスを口に入れた。
 
「ん〜〜〜おいしい!!」
 
 
 
おわり
 
 
 
百一、向かい合わせ

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