今日の夕飯当番は青年の番で、器用にフライパンを振る。そこにはベジタブルが混ざった赤いご飯が軽く宙を舞った。そして、甘いバターの香りが鼻をくすぐる。
「お皿はこっちでいいですか?」
そう恋人が楽しそうな声で青年に確認をする。彼女が見せてくれたお皿は青年が思っていた通りの、大きめな二枚のお皿。
「ありがとう。そこに置いといて」
続いて別のフライパンを取り出して、溶き卵を流す。それにチキンライスを中に入れて、卵で包み込む。
「ほいよっと!」
フライパンをお皿に向けて、中にあったオムライスをぽんと乗せた。
「わー! 美味しそうです!」
彼女は目の前のお皿に感嘆の声をあげながら拍手をする。
「すぐもうひとつ作るからねー」
青年はそう告げると軽い足取りで、溶き卵をフライパンに流し込む。
ほかほかと美味しそうな香りで鼻をくすぐるオムライスを見る彼女。
「ケチャップでなにか書いてもいいですか?」
もし他にかけるものがあったらと心配した彼女が青年に問うと、彼女に振り向かずに青年は答えた。
「いいよー」
「やった!」
彼女はケチャップを使ってなにかを描き始める。途中で、「わっ!」とか、「ズレた!」とか言っていたが、青年は聞かないフリをした。
そして二つ目をお皿に乗せると、最初に作ったオムライスは青年のテーブルに鎮座していた。
「なに描いたの?」
そう覗くと不器用ながらに描いたであろうイラストがあった。ゆがんだ絵に青年は頭を捻った。
「あ、分かった、クマだ!!」
「違う、パンダだもん!!」
青年が考えている間に、もうひとつのオムライスにもケチャップアートが出来ていた。
「こっちは犬?」
「うさぎ!!」
頑張って見れば見られないこともない、歪なうさぎのイラストに笑いが込み上げた。
「画伯……」
「頑張ったのにー!?」
「ごめん、ごめん。ありがとう」
「笑ってます!」
「いや、本当にごめん。で、俺がパンダなの?」
彼女は普段、パンダの部屋着を着ている。だからパンダモチーフは彼女のイメージだった。そして、青年のモチーフはうさぎなのだ。
「はい、あってます!」
そう彼女は満面の笑みで頷く。
青年は付け合せのサラダを出しながら、自分の席に座った。
向かい合わせに彼女が座る。
「食べましょ!」
「うん」
美味しそうな香りで食欲を刺激する彼女のモチーフのパンダのオムライス。青年はジッとそれを見て変なことを考える。
これって……、俺は彼女を食べちゃっていいってこと?
と。
違う意味で……大変、邪な思いが脳裏に浮かんでしまった。
「どうしました?」
彼女は、不思議そうな顔をして首を傾げる。
「あ、ううん。食べよ、食べよ。いただきます!」
「いただきまぁす!」
彼女は青年の考えなど知らずに、満面の笑みでオムライスを口に入れた。
「ん〜〜〜おいしい!!」
おわり
百一、向かい合わせ
百、やるせない気持ち
彼女はベッドの上でうさぎのぬいぐるみを抱きしめて横になっていた。
同棲している恋人とは、もう一週間も会えていない。
「あと一週間か……」
愛しい青年は仕事の関係で二週間、出張に行っている。そして、今日で折り返しだ。
一日目は、これから頑張ろうと思えた。
二日目も、まだ大丈夫だと思えた。でも心が乾いているような気がしたけれど、それを見ないようにした。
三日目は、気がついたらため息をしていると、社長から指摘された。
四日目は、ご飯を食べても美味しいと思えなくなっていると気がついてしまった。
五日目は、寂しくて向けが締め付けられ、風呂場で頭からシャワーを浴びながら涙を零した。
昨日は……どうだったか彼女は覚えていない。ひとりでいる事実が嫌で、早く寝てしまったのだ。
彼女はベッドにうつ伏せになって、うさぎのぬいぐるみに顔を埋める。すると目が熱くなった。
「寂しいよ……」
おわり
百、やるせない気持ち
恋人たちが終着駅に辿り着いて電車を降りると、青空が広がっていた。そして潮の香りが鼻をくすぐる。
目映い日差しに目を細めた。
「暑いですね」
「そうだね。じゃあ、まずは宿に向かおうか」
青年は自分の荷物と持ち、立ち上がるついでに彼女の荷物を持って歩みを進める。
「あ、カバン……」
「これくらい持つよ。じゃあ、俺についてきて」
恋人たちが向かう場所は、以前、青年が職場の人たちと訪れたことのあるところだった。
道なりに歩いていくと、少しずつ聞こえる波の音。道をぬけると、そこには海岸が広がっていた。
「わ、きれい……」
彼女の瞳に映るのは透明度の高い青い水。その海の光が反射して、彼女の瞳はいつもよりキラキラ輝いているように見えた。
そして、その光景は彼女の視線を釘付けにする。
青年はそんな彼女を見つめて、嬉しそうに微笑む。この後に待っていることも楽しんでもらえるといい。そんなふうに思った。
「宿に着いたら荷物を置いて、ここにまた来よう」
「はい!!」
旅行は始まったばかりだ。
おわり
九十九、海へ
俺は救助を終えて、病院に戻る。俺はこの後の時間は病院待機の予定だったのでロッカーて着替えていた。
するとロッカーに入ってきた先輩が俺を見て驚いた顔をする。
「あれ、ここに居たんだ?」
「はい?」
いつものタートルネックに頭を通しながら、首を傾げると、先輩はとんでもないことを言った。
「いや……彼女が運ばれていたから。戻ってきたし、居なかったからてっきり……」
その言葉を聞いて、俺は背筋が凍った気がしてロッカーから白衣を掴んでそれを羽織りながら、駆け出していた。
途中で走っていたのに気がついて、早歩きで診察室を探す。
すると、明るく聞きなれた声が耳に入った。
「ありがとうございましたー!」
「あ、待って……ん、なにしてんの?」
腕を吊って出てくる恋人と、後ろから追いかける俺の師匠の先生が出てきた。
「あ、いや……」
すると師匠は悪い笑みを浮かべた。
「ははーん、心配して来たな?」
医者としてあるまじき行動だと思い出して、冷や汗が止まらない。
すると、俺に近づいて頬を膨らました彼女が顔を覗き込む。
「ダメですよ、先生」
「うん、そうだね。ごめん。心配したら飛び出しちゃった……」
だけど、俺の手を取って優しく、そして俺だけにしか聞こえないくらいの小さい声で微笑んで言ってくれた。
「でも、凄く嬉しいです」
すると彼女の後ろから、冷ややかな声がかかった。
「まったく、白衣も裏返しだし格好つかないね」
「え!? 先輩から聞いて慌てて飛び出して来ちゃったから……」
俺は慌てて白衣を着直した。
「ん? ロッカーから駆け出した?」
「え!? あ!!」
俺の師匠である先生の後ろに、暗雲が立ち込めているのを感じた。
「恋人が心配なのは分かるけど、お前が廊下を走るな!」
ハイ、コモットモデス。
俺は許可を貰い、恋人を家に送った後、師匠から懇切丁寧なお説教を頂戴しました。
おわり
九十八、裏返し
恋人たちの好きな色は鮮やかな水色で、その中でも空色が特に好きなのだ。
青年は仕事柄ヘリに乗ることもある。その空を見ていると鳥になったような錯覚を覚える瞬間があった。
その話を恋人にすると、彼女は目をきらきら輝かせる
「羨ましいです! 鳥になってその空を見てみたいです!」
そう告げる彼女に青年は苦笑いをした。
「鳥になったら、俺が一人になっちゃうからダメ」
青年は彼女の手を取り、その細い指を絡め取る。それは彼女に〝離さない〟と言うようだった。
おわり
お題:鳥になって