とある恋人たちの日常。

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8/20/2024, 1:41:48 PM

 恋人になる前は普通に〝さよなら〟と挨拶をして別れていた……と思う。
 でも恋人になってからは、その言葉を紡げないでいた。
 
 初めて好きになった人。
 俺を大切にしてくれる人。
 
 そんな恋人に向かって、どうにも〝分かれの言葉〟は言いにくかった。
 
―――――
 
 相変わらず怪我の多い職場と怪我のしやすい恋人は、青年ではない別の先生の診察を受けていた。
 ちょうど休憩をしていた青年と玄関ですれ違い、とても驚いた。
 
 話しながら彼女を駐車場まで送る。そして彼女はヘルメットを被ってからバイクにまたがった。
 
「そろそろ行きますね」
「あ、うん。また……ね」
 
 家に帰ればまた会えると言うのに、どうしても名残惜しくなってしまう。
 彼女はそれを飲み込んだようで、ぎこちない笑顔を青年に向けた。
 
「はい、また」
 
 出発しようとバイクのグリップを回そうとしたが、少し考えてから青年に振り返る。
 
「……〝さよなら〟を言う前に、〝またね〟って言いたいんです」
「ん?」
 
 どことなく不安を覚えたのか、青年からは視線を逸らしつつ、彼女は小さく自分の言葉を紡ぐ。
 ただ、彼女が言いたいことは、青年にも理解できた。
 
 青年は微笑んで、彼女の視界に無理矢理入る。
 
「俺もだよ! やっぱり考えることは同じだね!」
「え?」
「俺も、〝またね〟って言いたい。ただの挨拶って分かっていても、別れの挨拶は寂しいよね!」
 
 青年の言葉に、彼女はゆっくりと微笑んでくれた。
 
「はい、だから……また、帰ったら……」
「うん。また、ね!」
 
 先程の不安の影が全く見えない程に、晴れやかな笑顔をふたりは見せあった。

 
 
おわり
 
 
 
お題:さよならを言う前に

8/19/2024, 1:24:48 PM

 
 彼女は終業後、カフェで恋人の青年と待ち合わせをしていた。
 彼が車かバイクのどちらかで迎えに来ることになっている。
 
 窓際で座っていて、彼女は窓から彼を探しつつ、ちらりちらりと空を覗いた。
 
 数刻前までは爽やかな青空だった。それが少しずつ空の色合いが暗くなる。もちろん陽が落ちてきているのもあるが、明らかにそれとは違う嫌な暗さ。
 
 落ち着こうとクリームソーダを口に含む。
 
 だが彼女は、再びそわそわしながら空模様と道路状況を繰り返して見ていた。
 
 ふう、とため息をついた。
 
「彼が来るまで雨が降りませんように……」
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:空模様

8/18/2024, 1:06:33 PM

 今日の集合は、ドレスコードがあるもの。TPOに合わせて青年も彼女も支度を進めていた。
 
 青年は洗面所の鏡の前で、滅多に使わないワックスを使用して前髪を後ろに流していた。柔らかい髪の毛が、ふんわりとしつつもワックスによって形作られる。
 
「コレでよし!」
 
 あと、ジャケットを羽織れば青年はいつでも出掛けられる。
 恋人の彼女は部屋から出てこない。
 
「あ、洗面所、空けたよー」
「はーい、ありがとうございます!」
 
 彼女はお化粧道具とアクセサリーを持って洗面所に入る。
 髪の毛を軽く直しながら、鏡に向かって色々しているようだった。
 
 大人しく待つつもりの青年だが……ソファに座りつつも身体がジッとできない。彼女の様子が気になってしまうのだ。
 
 こんなふうにドレスコードのあるお出掛けをするのは始めてで、彼女の着ていた服も初めて見るものだったから。
 
「すみません、ネックレスが上手く付けられないので助けてくださいー」
 
 洗面所から助けを呼ぶ彼女の声を聞き、青年は洗面所にいる彼女の後ろに立つ。
 そして、彼女から見覚えのあるフェルト生地の縦長のケースを渡された。
 
「今日のドレスに似合うと思って……」
 
 ほんのりと頬を赤らめながら彼女は微笑む。
 これは以前、彼女に似合うと贈ったアイスブルーダイアモンドのペンダント。
 
 確かに今日の彼女の薄水色のドレスにはピッタリだった。
 
 彼女の首にペンダントを付けてあげた後、鏡に映った彼女に目を奪われた。
 
 ほんのりとお化粧をして、いつもの愛らしさよりは大人っぽくて、誰よりもきれいだと思ってしまった。
 
 そして、首元を飾るのは自分が贈ったペンダント。
 
「どうしましたか? 変……です?」
 
 彼女が眉間に皺を寄せ、不安な顔で青年を見上げてくる。ほんの少しだけ開いてしまった口をきゅっと閉じて、彼女を後ろから抱き締めた。
 
「変じゃないよ。すっごく、すっごくきれい」
 
 彼女の肩に顔を埋め、抱き締める腕に力を入れた。
 
「誰にも見せたくないくらい、きれい」
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:鏡

8/17/2024, 12:58:15 PM

 部屋の中にひとつ、特別な箱がある。この箱には彼からもらったものが全部入っていた。
 最初に貰ったものは、この箱に入らない少し大きなもので、クローゼットに立て掛けてある。それはスケートボード。
 
 あれから何度も使ってボロボロになっていて、新しいものを買っている。それでもこのスケートボードは宝物で、いつまでも捨てられないものだ。
 
 時々、恋人がこのスケートボードを見て苦笑いする。
 
「こんなボロボロになったの、取っておかなくて良いよ。また買ってあげる」
 
 そう言ってくれるが、彼女は断っている。
 
「これが良いんです」
 
 そう返して、スケートボードを優しく撫でた。
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:いつまでも捨てられないもの

8/16/2024, 1:22:03 PM

 俺の仕事は救急隊員で、人を救助することだ。
 今日は病院待機で、外来も対応する。
 
 順番で来たのは二人の女性。ひとりは俺の大事な人と、彼女の同僚だった。
 
「あれ!? 二人ともどうしたの?」
「修理している彼女の横を通っちゃって……」
「間違って殴っちゃいました」
「うわ、ご愁傷さま」
 
 彼女たちは車の修理をする中で、近くを通った同僚を殴ってしまったらしい。
 修理をする会社は人気で、ひっきりなしにお客さんが来る。その割には会社は狭いので、なにかの際に怪我人を……よく出す。
 それこそ、救急で呼ばれて地図を確認した時、住所の一部を聞いてすぐ彼女の職場だとパターン化するほど。
 
 今日は彼女がうっかりと怪我をさせてしまい、責任を感じて、同僚の付き添いできたということか。
 
「じゃあ、診るね」
 
 俺は彼女の同僚を診察した。彼女の怪我の具合を確認しながら治療する。
 
「はーい、これでオッケーだよ」
「ありがとう、先生」
「ありがとうございます! あ、治療代は私にください」
「え、良いよ」
「ダメだよ、私がやっちゃったんだし」
 
 俺の恋人は同僚への言葉を聞いて、小さく笑ってしまった。そして、請求書は恋人へ渡す。
 
「はい、お願いね」
「ありがとうございます、受け取りますね」
 
 治療が終わり、丁度休憩の時間になるので、二人を見送ろうと一緒に診察室を出ようとする。俺は診察室の扉を開け、二人を外に促した。
 恋人の同僚が先に診察室を出て、恋人が俺の前を横切ろうとした時、そっと俺の指に彼女の指が絡まる。
 
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
 
 見上げる視線が魅力的で、抱き締めたい気持ちになる。けれど流石に我慢した。
 
 するりと指が抜けていくと、少しだけ寂しさを覚えた。
 
「また、夜にね」
「はい、いつも助けてくれて、ありがとうございます!」
 
 彼女の言葉に心が温かくなった。
 
 危険なこともあるけれど、こうやって身近な大事な人を助けることもできる。
 俺の誇らしき仕事だ。
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:誇らしき

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