俺は救助を終えて、病院に戻る。俺はこの後の時間は病院待機の予定だったのでロッカーて着替えていた。
するとロッカーに入ってきた先輩が俺を見て驚いた顔をする。
「あれ、ここに居たんだ?」
「はい?」
いつものタートルネックに頭を通しながら、首を傾げると、先輩はとんでもないことを言った。
「いや……彼女が運ばれていたから。戻ってきたし、居なかったからてっきり……」
その言葉を聞いて、俺は背筋が凍った気がしてロッカーから白衣を掴んでそれを羽織りながら、駆け出していた。
途中で走っていたのに気がついて、早歩きで診察室を探す。
すると、明るく聞きなれた声が耳に入った。
「ありがとうございましたー!」
「あ、待って……ん、なにしてんの?」
腕を吊って出てくる恋人と、後ろから追いかける俺の師匠の先生が出てきた。
「あ、いや……」
すると師匠は悪い笑みを浮かべた。
「ははーん、心配して来たな?」
医者としてあるまじき行動だと思い出して、冷や汗が止まらない。
すると、俺に近づいて頬を膨らました彼女が顔を覗き込む。
「ダメですよ、先生」
「うん、そうだね。ごめん。心配したら飛び出しちゃった……」
だけど、俺の手を取って優しく、そして俺だけにしか聞こえないくらいの小さい声で微笑んで言ってくれた。
「でも、凄く嬉しいです」
すると彼女の後ろから、冷ややかな声がかかった。
「まったく、白衣も裏返しだし格好つかないね」
「え!? 先輩から聞いて慌てて飛び出して来ちゃったから……」
俺は慌てて白衣を着直した。
「ん? ロッカーから駆け出した?」
「え!? あ!!」
俺の師匠である先生の後ろに、暗雲が立ち込めているのを感じた。
「恋人が心配なのは分かるけど、お前が廊下を走るな!」
ハイ、コモットモデス。
俺は許可を貰い、恋人を家に送った後、師匠から懇切丁寧なお説教を頂戴しました。
おわり
九十八、裏返し
恋人たちの好きな色は鮮やかな水色で、その中でも空色が特に好きなのだ。
青年は仕事柄ヘリに乗ることもある。その空を見ていると鳥になったような錯覚を覚える瞬間があった。
その話を恋人にすると、彼女は目をきらきら輝かせる
「羨ましいです! 鳥になってその空を見てみたいです!」
そう告げる彼女に青年は苦笑いをした。
「鳥になったら、俺が一人になっちゃうからダメ」
青年は彼女の手を取り、その細い指を絡め取る。それは彼女に〝離さない〟と言うようだった。
おわり
お題:鳥になって
恋人になる前は普通に〝さよなら〟と挨拶をして別れていた……と思う。
でも恋人になってからは、その言葉を紡げないでいた。
初めて好きになった人。
俺を大切にしてくれる人。
そんな恋人に向かって、どうにも〝分かれの言葉〟は言いにくかった。
―――――
相変わらず怪我の多い職場と怪我のしやすい恋人は、青年ではない別の先生の診察を受けていた。
ちょうど休憩をしていた青年と玄関ですれ違い、とても驚いた。
話しながら彼女を駐車場まで送る。そして彼女はヘルメットを被ってからバイクにまたがった。
「そろそろ行きますね」
「あ、うん。また……ね」
家に帰ればまた会えると言うのに、どうしても名残惜しくなってしまう。
彼女はそれを飲み込んだようで、ぎこちない笑顔を青年に向けた。
「はい、また」
出発しようとバイクのグリップを回そうとしたが、少し考えてから青年に振り返る。
「……〝さよなら〟を言う前に、〝またね〟って言いたいんです」
「ん?」
どことなく不安を覚えたのか、青年からは視線を逸らしつつ、彼女は小さく自分の言葉を紡ぐ。
ただ、彼女が言いたいことは、青年にも理解できた。
青年は微笑んで、彼女の視界に無理矢理入る。
「俺もだよ! やっぱり考えることは同じだね!」
「え?」
「俺も、〝またね〟って言いたい。ただの挨拶って分かっていても、別れの挨拶は寂しいよね!」
青年の言葉に、彼女はゆっくりと微笑んでくれた。
「はい、だから……また、帰ったら……」
「うん。また、ね!」
先程の不安の影が全く見えない程に、晴れやかな笑顔をふたりは見せあった。
おわり
お題:さよならを言う前に
彼女は終業後、カフェで恋人の青年と待ち合わせをしていた。
彼が車かバイクのどちらかで迎えに来ることになっている。
窓際で座っていて、彼女は窓から彼を探しつつ、ちらりちらりと空を覗いた。
数刻前までは爽やかな青空だった。それが少しずつ空の色合いが暗くなる。もちろん陽が落ちてきているのもあるが、明らかにそれとは違う嫌な暗さ。
落ち着こうとクリームソーダを口に含む。
だが彼女は、再びそわそわしながら空模様と道路状況を繰り返して見ていた。
ふう、とため息をついた。
「彼が来るまで雨が降りませんように……」
おわり
お題:空模様
今日の集合は、ドレスコードがあるもの。TPOに合わせて青年も彼女も支度を進めていた。
青年は洗面所の鏡の前で、滅多に使わないワックスを使用して前髪を後ろに流していた。柔らかい髪の毛が、ふんわりとしつつもワックスによって形作られる。
「コレでよし!」
あと、ジャケットを羽織れば青年はいつでも出掛けられる。
恋人の彼女は部屋から出てこない。
「あ、洗面所、空けたよー」
「はーい、ありがとうございます!」
彼女はお化粧道具とアクセサリーを持って洗面所に入る。
髪の毛を軽く直しながら、鏡に向かって色々しているようだった。
大人しく待つつもりの青年だが……ソファに座りつつも身体がジッとできない。彼女の様子が気になってしまうのだ。
こんなふうにドレスコードのあるお出掛けをするのは始めてで、彼女の着ていた服も初めて見るものだったから。
「すみません、ネックレスが上手く付けられないので助けてくださいー」
洗面所から助けを呼ぶ彼女の声を聞き、青年は洗面所にいる彼女の後ろに立つ。
そして、彼女から見覚えのあるフェルト生地の縦長のケースを渡された。
「今日のドレスに似合うと思って……」
ほんのりと頬を赤らめながら彼女は微笑む。
これは以前、彼女に似合うと贈ったアイスブルーダイアモンドのペンダント。
確かに今日の彼女の薄水色のドレスにはピッタリだった。
彼女の首にペンダントを付けてあげた後、鏡に映った彼女に目を奪われた。
ほんのりとお化粧をして、いつもの愛らしさよりは大人っぽくて、誰よりもきれいだと思ってしまった。
そして、首元を飾るのは自分が贈ったペンダント。
「どうしましたか? 変……です?」
彼女が眉間に皺を寄せ、不安な顔で青年を見上げてくる。ほんの少しだけ開いてしまった口をきゅっと閉じて、彼女を後ろから抱き締めた。
「変じゃないよ。すっごく、すっごくきれい」
彼女の肩に顔を埋め、抱き締める腕に力を入れた。
「誰にも見せたくないくらい、きれい」
おわり
お題:鏡