部屋の中にひとつ、特別な箱がある。この箱には彼からもらったものが全部入っていた。
最初に貰ったものは、この箱に入らない少し大きなもので、クローゼットに立て掛けてある。それはスケートボード。
あれから何度も使ってボロボロになっていて、新しいものを買っている。それでもこのスケートボードは宝物で、いつまでも捨てられないものだ。
時々、恋人がこのスケートボードを見て苦笑いする。
「こんなボロボロになったの、取っておかなくて良いよ。また買ってあげる」
そう言ってくれるが、彼女は断っている。
「これが良いんです」
そう返して、スケートボードを優しく撫でた。
おわり
お題:いつまでも捨てられないもの
俺の仕事は救急隊員で、人を救助することだ。
今日は病院待機で、外来も対応する。
順番で来たのは二人の女性。ひとりは俺の大事な人と、彼女の同僚だった。
「あれ!? 二人ともどうしたの?」
「修理している彼女の横を通っちゃって……」
「間違って殴っちゃいました」
「うわ、ご愁傷さま」
彼女たちは車の修理をする中で、近くを通った同僚を殴ってしまったらしい。
修理をする会社は人気で、ひっきりなしにお客さんが来る。その割には会社は狭いので、なにかの際に怪我人を……よく出す。
それこそ、救急で呼ばれて地図を確認した時、住所の一部を聞いてすぐ彼女の職場だとパターン化するほど。
今日は彼女がうっかりと怪我をさせてしまい、責任を感じて、同僚の付き添いできたということか。
「じゃあ、診るね」
俺は彼女の同僚を診察した。彼女の怪我の具合を確認しながら治療する。
「はーい、これでオッケーだよ」
「ありがとう、先生」
「ありがとうございます! あ、治療代は私にください」
「え、良いよ」
「ダメだよ、私がやっちゃったんだし」
俺の恋人は同僚への言葉を聞いて、小さく笑ってしまった。そして、請求書は恋人へ渡す。
「はい、お願いね」
「ありがとうございます、受け取りますね」
治療が終わり、丁度休憩の時間になるので、二人を見送ろうと一緒に診察室を出ようとする。俺は診察室の扉を開け、二人を外に促した。
恋人の同僚が先に診察室を出て、恋人が俺の前を横切ろうとした時、そっと俺の指に彼女の指が絡まる。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
見上げる視線が魅力的で、抱き締めたい気持ちになる。けれど流石に我慢した。
するりと指が抜けていくと、少しだけ寂しさを覚えた。
「また、夜にね」
「はい、いつも助けてくれて、ありがとうございます!」
彼女の言葉に心が温かくなった。
危険なこともあるけれど、こうやって身近な大事な人を助けることもできる。
俺の誇らしき仕事だ。
おわり
お題:誇らしき
恋人たちが明るい夜の砂浜に歩みを進めると、ぬるい風が肌に当たる。うっすらと汗ばむくらいの気温。それでもふたりは、繋いだ手を離すことはなかった。
空を見上げると、大きな満月と星が広がる。
きらきらと輝く星々と、風に煽られて奏でる海の音楽は、この世界にふたりだけしか存在しないような錯覚に陥るほどだった。
彼女は恋人の青年を見つめる。
月の光に照らされた青年の顔は、普段見られないほど凛々しくて、いつも以上に心がときめいた。
青年が彼女の視線に気がついたのか、太陽のような目映い笑顔で彼女を見つめる。
「どうしたの?」
「……大好きだなって」
青年は頬を赤らめる。
月が満ちると、隠せるものが無くなるほど夜は明るい。彼女は照れた青年の姿を見られたことが嬉しくて、月に感謝した。
「えっと。へへ、俺も大好きだよ」
繋いでいた手が少し緩くなる。すると青年が指を一本一本絡めて恋人繋ぎをしてくれた。
それは、彼女に〝愛しさ〟を伝えてくれるよう。
だから彼女も、同じ気持ちが届くように祈りながら、指に力を込めた。
おわり
お題:夜の海
車両関係の仕事をしている彼女が、店先に並んでいる自転車を見て止まった。
「どうしたの?」
「いえ……」
なんでもなさそうな回答をしているが、視線は目の前の自転車に釘付けだった。
青年もその自転車に視線を送る。
折りたたみ自転車で、車輪は普通の自転車より小さい。ボディは白で、色素の薄い恋人にはとても似合いそうな自転車だった。
「気になるの?」
「はい……なんか、可愛いなって……」
視線を反らせない彼女の方が可愛いと思えて、青年はくすりと笑う。
「なんででしょう、凄く惹かれます」
「色やフォルムが好みなんじゃない?」
青年は店員を見つけて、声をかけると試乗を勧めてくれた。
彼女は首を縦に頷き、店員さんはその準備を始める。
「楽しみだね」
「はい!!」
店員さんが準備を完了させて、彼女の目の前には白い折りたたみ自転車があらわれた。
「どうぞ」
彼女は自転車にまたがって、ペダルを漕ぐ。
「ふあっ!!」
その瞬間、彼女の瞳が輝く。
「どうしたの?」
「思った以上に軽いんです、びっくりです」
「へー!」
ある程度の距離を走って来た彼女は、満面の笑みで青年に視線を送った。
「凄いんですよ!!」
青年の隣にいた店員が、この折りたたみ自転車は他の自転車より軽く、走力も高いのでお奨めだと説明してくれた。
そして、店員は普通のシティサイクル。一般的にはママチャリを持ち上げるように言われる。
恋人たちは順番に持ち上げた。
「おもっ!!」
「え!? これ重いの!?」
青年は先程のママチャリの重さは普通だと感じていたのだ。すると彼女は首を横に振った。
「とても重いですよ! さっき乗った自転車を持ち上げてみてください!」
彼女も店員も、全力で薦めるので持ち上げると、ママチャリとは比較にならないくらい軽かった。
「え!? こんなに違うの!?」
「そうなんです!」
今度は青年が感心する番で、青年が店員に許可を貰い試乗させてもらう。
車輪が小さいから小回りがきく分、少しの震えで曲がってしまう。それは車体が軽いから尚更だ。だが乗り心地の良さと軽さは、青年が記憶していた自転車のそれとは明確に違った。
それを早く伝えたくて、彼女と店員がいる場所に戻る。
「びっくりした! こんなに違うんだね!!」
「そうなんですよ!」
自転車は重さで変わること、この折りたたみ自転車は折りたたみ自転車では考えられないくらい軽く、また走力もあるのだと説明してくれる。
「ねえ……この自転車、それぞれで買わない?」
「え?」
青年の提案に彼女の方が驚いた。
「いや、うちにはバイクと車、両方あるけれどさ、天気のいい日に近場をこれでサイクリングするのも良さそうって思わない?」
「いいです!!」
彼女が満面の笑みで喜ぶと、ふたりで店員に購入の相談を始めた。
それぞれで色違いの自転車……だけではなく、ヘルメットなど最低限のものも買うことになった。
「思ったより高い買い物になったけれど、サイクリング、楽しみだね」
「はい!!」
おわり
お題:自転車に乗って
青年は全力で疲弊していた。
彼の仕事は救急隊員。今日は人が少ないのに事件も事故も多くて、文字通りに休む暇も無い。
本当なら、代わりに休憩を入れてから帰ることも可能なのだが、青年は休むより早く帰りたかった。
青年は憔悴した身体を引きずるように、バイクに跨り自宅に向かって走らせた。
「ただいまぁ〜……」
家に着くと、ほのかにいい匂いが鼻をくすぐる。そして、奥から恋人が出迎えに来てくれた。
「おかえりなさい。声がめちゃくちゃ疲れていましたけれど、大丈夫……じゃないですね」
「大丈夫じゃない〜」
彼女は青年を見ると、その疲弊した姿に苦笑いして別れの荷物を代わりに持って行った。
「ちかれたぁ〜!!」
食卓へ向かう前に、青年は居間のソファにダイブする。
「もうヤダ、動きたくないー」
ソファに飛び込んだ青年は顔を埋めたまま叫んだ。
「お疲れ様です。隣に座っていいですか?」
そう優しく言われてしまった青年は、重い身体を起こして彼女の座るスペースを空ける。
彼女は青年の隣に腰を下ろした。
「少し休んでから夕飯食べますか?」
「うん……と言うか、ごめん。ぎゅーしてもいい?」
青年自身、このような言い方をるのに抵抗はあるが、精神的にも肉体的にも疲労しており、そんな気持ちはどこかへ飛ばしていた。
彼女からの返答に不安を覚え、視線を送る。ふわりと微笑んで両手を広げて青年を優しく包んでくれたかと思うと、背中をぽんぽんとたたく。
「本当に、お疲れ様でした」
「ありがとう〜。心も身体も癒される〜……」
実際に、肉体的疲労が消化される訳では無い。だが、心が軽くなっていくのを感じ、彼女の首元に顔を埋めて強く抱き締めた。
おわり
お題:心の健康