今日、かねてから付き合っていた彼女と一緒に暮らし始める。
休みの関係上、俺の方が先に家に荷物を入れられた。
彼女の荷物はこれから一緒に片付ける。
片付けると言っても、洋服関連は流石にいじりません。
そんな時、彼女の盛大な悲鳴と共に景気よくガラスが砕ける音がした。
「え!? 大丈夫!!?」
「お気に入りのお皿が粉々になりましたー!!」
薄水色で彼女も俺も好みの色の皿が……皿とは思えないほど無惨なものになっていた。
「ひとまず動かないで。怪我はない?」
「うぅ……。怪我はないと思います」
「分かった。変に動くと怪我するかもだからまずは動かないで。掃除したら怪我してないか確認するね」
はいと返事をするが、明らかにしゅんとする彼女。そんな恋人を横目に、俺は掃除道具を持って割れた皿を片付けた。
「うぅ……初日からやっちゃいました……気に入っていたのに……」
皿を片付けた後、彼女を立たせて軽く彼女を診る。医療道具はさすがにないけれど、救急隊として日々仕事をしている俺としては、このくらい普通にできた。
本当にお気に入りの皿だったのだろう。彼女のへこみようが見ていて痛々しい。
特段怪我もないことを確認した俺は、優しめに抱きしめる。
「上手くいかなくてもいいんだよ。失敗も思い出にしていこう」
「……はい。お皿は悲しいですが、思い出にします」
俺は彼女の背中を落ち着くようにぽんぽんと叩く。そしてふたりの予定を頭で確認した。
「お皿、明日買いに行こう。ふたりでお気に入りになるような皿を探しに行こう!」
彼女は驚いた顔を向けたかと思ったら、少しずつ嬉しそうに微笑み、俺を強く抱き締め返してくれた。
「はい、お気に入りのお皿、探しに行きましょう!!」
おわり
お題:上手くいかなくたっていい
うちの会社は、ファミリーみたいな温かさがある会社。社長をお母さん、従業員はその子供という〝てい〟で、家族ごっこが始まる。
社長の〝お母さん〟は板についていて。
本当にいつから、この茶番劇が始まったのだろうと笑ってしまった。
そして思い出す。
末っ子気質の同期の彼女は、その気質の通りに会社の末っ子だ。
その彼女と社長のやり取りが発端だった気がしてきた。
あの時は、わたしも〝お姉ちゃん〟って言われたなあ。
懐かしい思い出に浸っていると、その子がお客さんと話しているのが聞こえた。
天真爛漫に笑って、お客さんの対応をしているから、お客さんから蝶よ花よと愛されている、同期の彼女。
そして、話している相手は彼女が気になると言っていた救急隊の先生。
さてさて。
〝お姉ちゃん〟は可愛い〝妹〟の恋を応援しましょうかね。
おわり
お題:蝶よ花よ
女難の相が出ていると、よく言われていた。
怪我をさせてしまったお詫びにご飯でもと伝えると〝デートの誘い!〟と言われてしまったり、初めて会った女性に〝結婚しよ!〟と言われたり。
否定しても、周りから埋められて行く。
それぞれ遊んだり、話していくと面白い人たちだと分かるけれど、毎度恋愛絡みでからかわれるのは少し疲れてしまった。
だって俺は、そんなつもりはないんだから。
時間が経てば経つほど、面倒くさいことになっていく。みんな、どっちを選ぶんだとニヤニヤしながら言ってくる。
そんな状況でも、会いたい人がいた。
おっちょこちょいなのか、すぐ怪我をするから、目が離せない彼女。
周りに人が集まっていて、みんなに大切にされているのが分かる。
それは、よく笑うだけではなく、気を使ってくれるところ、そして仕事に前向きで……。
頼りないと思っていたのに、いつの間に後輩ができていて、誰よりも頼りにされるメカニックになっていた。
自然と俺も、バイクも車も彼女に整備をお願いするようになっていた。
請求書に、俺を思いやる優しい言葉を見つけた時、凄く嬉しかったんだ。
色々と巻き込まれて疲れると、どうしても会いたくなる彼女。
その彼女は今、俺の恋人になっていた。
疲れて逃げた先で、会いたいなんて思う彼女。そんなの初めから恋に落ちている証拠だ。
仕事で疲れた中、彼女に会いたいなと考える。
こうやって思い返すと、最初から彼女に決まっていたんだよな。
ああもう!!
仕事が終わったら、早く帰って彼女を抱きしめたいー!!
おわり
お題:最初から決まっていた
日差しが強くなる時間が続く中、不意に空気が、いや、気温が下がった気がした。
彼女が空を見上げると、少し前まで広がっていた青い空、強い光を放っていた太陽が見えなくなっている。
彼女は、この天気に心当たりがあったので、バイクのスピードを上げた。
そう思っていると、どんどん空の色が暗くなっていき、ぽつりと雨がヘルメットに当たる。
車で出かければ良かったな。
今から会社に取りに行っても、会社に着く前に下手すればこの雨がやんでしまう可能性もあった。
そう思っていると、雨はどんどん酷くなっていく。
このまま走るのは、転んでしまうかもしれないと思った彼女は、屋根があるところにバイクを停めて雨宿りした。
「暑過ぎるから助かるけれど、こんなに降るのはつらいなー」
雨に当たった時間は長くはない。だがしっかり濡れてしまった。バイクで走っていたのも酷く濡れた原因のひとつだ。
「雨、凄いなー……」
止むのを待とうと思っているが、少し身体が冷えて行くのを感じた。
スマホを取り出して、雨が止むだろう予想時間を確認する。彼女が考えていた時間より長い。
この場所で雨宿りを続けると、風邪をひいてしまいそうだった。
彼女はどうしようかなと、思考をめぐらせつつ、少し離れた高いビルが視界に入った。
そこは恋人の務めている病院。小さく病院の裏口が見える。それくらいの距離だ。
だが彼は救急隊と言う群を抜いて忙しい仕事をしているので、連絡する相手からは除外する。
社長に連絡しようと連絡帳を動かしている時に呼出音が鳴った。
「わっ、びっくりした!」
表示されたのは彼の名前で、驚きの反射で通話ボタンをタップしてしまった。
「は、はい!」
『うわ、びっくりした!』
「あ、すみません」
『いや、こっちこそごめん。滅茶苦茶早く出るから、びっくりしたしちゃった』
「たまたまスマホを出していたところだったんです」
額から流れる雨を拭いながら、彼の言葉に答えていく。思いもよらず聞けた恋人の声に心が温かくなっていった。
『そうなんだ……ねぇ、もしかして外にいる?』
「えー……っと、はい、外にいます」
雨宿りしていると分かったら、きっと迎えに来ると言う。優しいから絶対に言う。
なんとか平気だと伝えようと、彼女は頭をフル回転させた。
『どこにいるの?』
「え、あ、大丈夫ですよ」
『俺、どこにいるって聞いただけだよ』
先回りした回答は、大丈夫じゃないと伝えているのと同じだった。
そして、病院から出たであろう救急のサイレンが通り過ぎた。
彼女に嫌な予感が走る。
「えーっと……」
『そこから動かないでね』
「え!?」
通話がぷつんと切れる。
どういうことだと彼女は混乱した。
しばらくすると、見覚えがある車が目の前に停まった。
「みーつけた」
青年は満面の笑みで迎えてくれた。
「どうして……?」
「知りたいー?」
彼は隣に乗るように促しながら、いたずらっ子のような笑みを向ける。
もうここまで青年は来てしまったのだから、彼女は降参だなと思い、急いで車に乗った。
「実は電話する前に、先輩から君が雨宿りしているの聞いてたんだ」
「は!?」
「救急隊の車、帰る時はサイレン鳴らさないからね。気が付かなかったでしょ」
驚きと戸惑いで言葉に詰まっていると、更に青年は楽しそうに言葉を続けた。
「俺、裏口から探しながら電話してたんだよねー。肉眼で見つけられる距離だったから迎えに来ちゃった」
「き、来ちゃった、じゃないですよ」
彼女は嬉しい反面、彼の時間を使わせてしまった事に、申し訳なさが心に広がった。
「お仕事、大丈夫ですか……?」
ほんの少し驚いた青年は手を伸ばし、彼女の頬に触れてくる。
「休憩時間だから大丈夫。それに俺が来たくて来たの」
休んで欲しい。
私のことは後回しでいい。
そう伝えたい気持ちで溢れる。でも、きっと彼はそれを望まないだろう。それは分かった。
だから彼女は、ごめんなさいの気持ちを、ありがとうの気持ちに変換した。
「ありがとうございます」
一瞬、戸惑った表情を見せる彼。だがすぐに、全力で笑みを返してくれた。
それは、この雨に負けないくらいの太陽のような笑顔。
彼女が、どうしようもないくらい大好きな笑顔を。
おわり
お題:太陽
バイクをふたり乗りで走っていると、鐘の音が耳に入る。青年はその音が気になってバイクを停めた。
「どうしましたか?」
「いや……音……聞こえた?」
「音?」
恋人はクエスチョンマークを頭に飛ばしつつ、首を傾げる。
「寄り道していい?」
青年はこの道に心当たりがあった。あの時は一人で来たから、彼女と行きたくなったのだ。
彼女はふわりと微笑んで頷く。
「ありがとう」
青年は目的地を変更して、バイクを走らせた。
風が走り、林を抜けていく。
そこは、小さな教会。
駐車場にバイクを止めると、ふたりともヘルメットを外した。
「ふわ、かわいい教会です……」
「多分、さっきここの教会の鐘の音が聞こえた気がしたんだ」
「気がつきませんでした……」
ふたりで、ゆっくりと教会へ足を向ける。
青年が初めて来た時と同じように扉は閉じたままなのは残念だった。
そして、彼女の手を取る。
彼女は優しい視線を向けてくれた。
「いつか……ね」
ほんの少し、青年は耳が熱くなりなりながら、照れつつ彼女に笑うと、その言葉の意味を理解した彼女の頬が赤くなった。
そして彼女の手が、しっかり青年の手を握り返してくれる。
紅潮した頬と、愛らしい微笑みと共に。
「……はい、いつか」
おわり
お題:鐘の音