恋人と一緒に暮らすようになってから、彼女と一緒にいることが、当たり前になっていた。
本当に些細なことも楽しくて、癒される存在だ。
「どうしましたか?」
ぼんやりと彼女を見入っていると、不思議そうな顔で振り返る。
「んーん、別にぃ……」
俺は彼女に向かって片手を向ける。彼女は首を傾げながら、隣に座ってくれた。
彼女の首に手を絡めて、抱き締めた。
彼女は驚きつつも、しっかりと抱き締め返してくれる。
「ふふ。甘えてます?」
「んー……甘えてるぅ……」
くすくすと笑いながら、俺の背中を優しく叩いてくれた。
ああ……。
やっぱり、つまらないことでも、どんな時間でも、君と居れば安心する。
おわり
お題:つまらないことでも
彼女は上機嫌で、朝ご飯の支度をしていた。
彼は先日、救急隊員の仕事で救助中、事故に巻き込まれた。
奇跡的な回復をして、昨日やっと退院したのだ。
昨日は職場の人たちと退院祝いをしたからこそ、彼女からの退院祝いはこれから。
どちらかと言えば、不器用な彼女だが、退院祝いに考えたのは彼の好きなハンバーグと添えもののサラダ。そして一番大事なクリームソーダ。
朝には少し重いかな……。
そう考えた彼女は、「ソースは彼が起きてから聞こう」と、いくつかのソースを準備した。
ハンバーグのタネは、昨晩の退院祝いより前に、しっかりと下拵えはしておいたので、それをフライパンで焼き始めた。
彼が喜んでくれるか、重いと困らせるか不安になるけれど……彼の目が覚めるまでに、完成させよう!
鼻歌を歌いながら、ひとつひとつの準備をこなしていく。
そして。
ぱたぱたと台所を動き回る彼女の姿を、青年は緩む口元を抑えながら見守っていた。
おわり
目が覚めるまでに
ぐにゃりとした脳内の印象が、少しずつ正常に戻っていく。その中で見上げると、ゆらゆらと小さな光が揺れ動いた。
ここはどこだろう。
水の中に見えるけれど息ができるのは、なんで?
温かい何かが手に触れたような気がする。
俺はそれが何か確認しようとしたけれど、身体が動かなかった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……。
とても遠くに聞こえる無機質な電子音が、突然脳裏に響く。
視界に広がる光景と、無機質な音というアンバランスな世界に首を傾げつつ、底を蹴った。
光は少しずつ近づいて眩い光に包まれる。
それと同時に、無機質な電子音が明確に耳に入ってきた。
ゆっくりとまぶたを開く。
見慣れたようで、見慣れていない天井が、そこにあった。
ああ、俺、さっきまで意識がなかったんだ。
てか、どうしたんだっけ……?
「目が覚めたね!」
俺を覗き込むのは、職場の先輩だった。
「おれ……」
「無理に喋らなくていいぞ。こっちが説明するな」
ぼんやりとした中で、上手く首を動かすことができない俺は、瞬きをひとつする。
「連絡が入って、救助に向かった時に、事故に巻き込まれたんだよ」
そう言えば、そんなことがあったような気がする。
ぼんやりしつつも、記憶を巡らせるが、靄がかかったように上手く働かない。
「無理しない方がいい。まずはゆっくり休むんだ」
先輩の言葉を聞いて安心した俺は、もう一度意識を手放した。
それから数日かけて、状況の把握と記憶を掘り起こす。
先輩の言ったように、俺は救助に向かい、救助者をヘリに乗せた直後、事故に巻き込まれた。
幸い、救助した人は救助ヘリに乗せた後だったので、その事故に巻き込まれたのは俺だけだった。
中々派手に巻き込まれたため、意識不明の重体までいったらしい。
意識が戻ってから、少しずつ元気になった俺は、恋人が心配しているのではないかと焦りを覚える。
先輩に聞いてみると、それはそれは心配しているようだと言われてしまった。
それからしばらくして、面会謝絶が取れると、やっと面会出来るようになった。
その事を、先輩は俺より先に恋人に告げていてくれたらしい。
その日の面会可能時間になった瞬間、彼女が俺の病室に飛び込んでくる。
速攻抱き締められるかと思ったのに、彼女はそれを躊躇い、一歩後ろに引く。
そして、大きな瞳からぽろぽろと涙を零した。
「良かった……無事で……」
「心配させて、ごめん」
彼女は涙を拭いながら、首を横に振る。
彼女に手を伸ばす。
上手く動かせない俺の手をしっかり取って、俺の手に彼女が口を寄せた。
「無事で良かったです。本当に……」
溢れる涙を拭わないで俺の手に顔を寄せるから、彼女の涙も手に零れる。
とても温かい彼女の涙が、とめどなく溢れ落ちた。
「ごめん、こっち向いて」
俺がそう告げると、そのままじっと俺を見つめてくれる。
心配したんだよと、その瞳は確かに訴える。
それでも、その奥に見える俺が無事なことに安心する色。
早く治して、この病室から出なきゃ。
おわり
お題:病室
しとしとと降りしきる雨。天気予報は明日も雨の予報を示していた。
「今日は早めに眠りませんか?」
突然、窓を覗く恋人からの提案に、青年は驚く。とは言うものの、彼女が何故そう提案したのは理解できた。
明日はふたりの休みが重なった日で、以前から約束をしていた釣りに行く予定だった。
とは言え、雨の予報なので釣りが楽しめるかどうかは、怪しいところなのだ。
意外と身体を動かすことは好きだと言う彼女に楽しんでもらいたくて、今回は泊まりがけで行くが、可能なら雨はやんで欲しい気持ちだった。
明日が楽しみで仕方がない彼女を見て、くすりと笑ってしまう。
明日の天気が怪しいのに、それでも楽しみなのだろう。出来なくなった時にがっかりしないか不安になる。
「? どうかしました?」
「いや……すごく楽しみなんだなって思っちゃって……」
彼女は頬を赤らめながら、膨らませる。
「だって、楽しみなんですもん!」
青年は傍に来て欲しくて、彼女に両手を広げる。それに気がついた彼女は、青年の両腕に収まった。
「明日、もし晴れたら」
「晴れます。いえ、雨が降っても釣りは楽しみます!!」
「やるの!?」
「雨の日もいいんですよ!?」
天気予報を無視して言い切る彼女に、吹き出してしまった。
「明日、目いっぱい楽しむために早く寝ようか」
「はい!!」
おわり
お題:明日、もし晴れたら
職場で暇になると、変な盛り上がりを見せて、訳の分からない展開を見せることがある。
その中のひとつに、俺の恋愛の相手だと盛り上げるパターンがある。結果は俺が酷い目に合うのがオチなのだけれど、そういう巻き込まれは嫌いじゃない。
でも、余り話が通じないのはなー……。
今日も恋愛脳の先輩たちのおかげで、そんな話しで盛り上がり、嫌な予感が過ぎる俺は、車の修理にいくと言うことで逃げてきた。
からかって遊ばれるのも、そういう巻き込まれも嫌じゃないとはいえ、疲れる時は存在するわけで。
「あー、疲れたなー……」
修理屋に辿り着く前に、車を端に寄せて少しぼんやりした。たまには一人になりたい時がある。
行きつけの修理屋の近くで一人になると、高確率で優しい声がかかるんだ。
だから、一人になりたい。
すると、見覚えのあるバイクが俺の車の前に停車する。そのバイクから降りて、彼女は俺の車の窓を軽く叩いた。
「こんにちは。どうしたんですか? 車、動かないですか?」
車の修理屋の彼女は、迷わずに車の前でしゃがみ車を軽く見てくれる。
動かないのは車じゃなくて、俺の方なんだけれどね。
俺は車の窓を下ろして彼女に返事をする。
「動かない訳じゃないけれど、壊れてないか見て欲しくて、お店に行くところだったの」
「あ、じゃあ店まで来ますか?」
彼女の視線は車に向けたまま。俺の車に異常がないかを確認してくれる。
「店までは行くんだけれど……、仕事が疲れてちょっと休んでた」
そう、彼女に告げると、彼女は迷いもなく立ち上がり、自分のバイクに足を向けた。
するとバイクの荷物入れから、何かを持ってくる。
それは緑色の炭酸のペットボトルと、カップのアイスクリーム。
「うーん、クリームソーダは持ってないですけれど、メロンソーダはありました! それとアイスです、もらってください!」
メロンソーダとアイスクリーム。
それを合わせたらクリームソーダ。
そのクリームソーダは俺が好きな飲み物で、クリームソーダを広めたくて、よく持ち歩いては人にあげていた。
そうしたら彼女も好きだと知って、よくプレゼントしている。
それを知っているからこその、炭酸とアイスクリーム。
「お腹に入れば同じかなと思ったのですが……。だめ……ですかね?」
少し不安気に俺を見つめる彼女。
「ダメじゃない、ありがとう」
俺は胸が温かくなるのを感じながら、それを受け取った。
だから、一人でいたいんた。
君が声をかけてくれるから。
おわり
お題:だから、一人でいたい
おまけ
二人でそれぞれの乗り物に乗って、彼女のお店に辿り着く。
俺の修理は、先程の過程があるのて彼女にお願いしていた。
彼女は修理屋の社長さんに「みんなの分もあります」と何かを渡してから俺の車の修理を開始する。
他の人たちは手が空いているので社長さんが受け取った袋から、中身を取りだしていた。
それは色々なカップアイス。
社長さんは、社員のみんなにそれを配るとこう言った。
「あれ? アイス、足らんのとちゃう?」
社長さんが配っていないのは……彼女だけ。
「あ、私のは先に食べちゃいましたー!」
そう笑いながら、俺の車の修理を進める彼女。
俺はもしかしてと思って彼女に視線を送ると、その視線に気がついた。そして優しく微笑んで、口元に人差し指が添えられた。
心臓が……痛い。