今度のお祭りは、「折角ならと浴衣を着て行こう」と言うことになった。
デパートに浴衣を選びに行った時、彼女に付けて欲しい髪飾りを見つけてしまい、その髪飾りに合わせて浴衣を選んでもらった。
俺は甚平も良さそうだなーとは思ったのだけれど、そこは彼女が待ったをかけた。そして、彼女の希望で同じく浴衣にした。
俺の浴衣は紺色をメインにアンシンメトリーの柄が面白くて、割と気に入っている。
「準備できたー?」
簡単に前髪を弄りながら、彼女にそう声をかける。部屋の方から返事をしてくれた。
「お待たせしましたー」
部屋から出てきた彼女。
彼女と俺の好きな水色の浴衣は、色素の薄い彼女によく映える。
帯の締め方も華やかだけれど、何より選んだ髪飾りが俺の胸を撃つ。
「どうですか?」
ゆっくりと一回転して、俺に浴衣姿を見せてくれる彼女。
俺はその姿に見惚れてしまった。
浴衣とか着物って身体のライン。……特に……その、胸の辺りが出にくいから、艶っぽさが出にくいと思っていたのに!
幼さの残る表情なのに、彼女はうっすらとお化粧をしてくれている。
ショートカットの後ろ姿は、うなじに惹き寄せられて仕方がない。
それに普段なら気にならない、帯から……お尻のラインがキレイというか……言葉にしづらいけれど、大変色っぽいんです。
「変ですか?」
俺の葛藤に気が付かない彼女は、自分の姿がおかしいのかと不安になって俺を見上げる。
「変じゃない、似合ってる! むしろ、凄く可愛い」
その言葉に対して、嬉しそうに微笑んでくれる恋人が、また愛らしさに拍車をかける。
彼女に似合っていることや、可愛いと伝えるのに、そんなに抵抗がある訳じゃない。
思った以上に彼女を邪な目で見ている俺がいて、微妙に自己嫌悪してしまった。
しかも、澄んだ瞳で俺を見つめてくるから、いたたまれないんだけど。
「ねえ、上に羽織るものってないの?」
「え!? この暑いのに、ですか?」
「だって、可愛過ぎない?」
「この前の海に行く時と、同じケンカしたいんですか?」
そうだった。
少し前に水着でも似たようなことして、怒られたんだ。
彼女は俺の前に来たかと思うと、優しく抱きしめてくれた。
多分、俺の浴衣が気崩れないように気を使ってくれているのが分かる。彼女は気遣いの塊みたいな人だから。
「他に目を向けられないくらい大好きなんで、不安にならないでください」
俺も浴衣が気崩れないように優しめに抱きしめ返す。
「そこは不安に思ってないの。可愛いのが周りに知られるのが嫌なの」
ただ可愛いだけならまだしも……その、思ったより色っぽいんだもん。
ごめんね、澄んだ瞳で見られない邪な彼氏で。
おわり
お題:澄んだ瞳
彼の見た目は、男性なのに愛らしさがあって、楽しいことが大好き。誠実さと、優しさ、何よりも面倒見の良さもあって……色々な女性から好意を寄せられている。
声をかけてくれるのは、心配してくれるから。
それでも、こっちを見てくれるのが嬉しかった。
遠くから見ていると、女性に囲まれることも多い彼。みんなに愛されているのも、その視線に本物の好意があるのも分かってた。
胸が痛い。
でも、大好き。
この想いは、彼を困らせてしまうかもしれない。
だから、言葉にしちゃダメ。
でも、大好き。
ずっと気持ちを押し殺した。
彼に笑って欲しかったから。
困っているなら助けたい。
いつも助けてくれるんだもん。
ほんの少しでも、優しさを優しさで返したい。
私はそれでいいって言い聞かせた。
そんなふうに思っていたのに。
呼び出されて、話をするうちに好きな人の話になった。
好きな人がいると言われて、胸が痛かった。
でも、彼が告げたのは……。
耳まで赤くして、伝えてくれたのは……。
嬉しくて、涙が溢れた。
戸惑いながら、優しく抱きしめてくれる彼に、自分の気持ちを告げた。驚いた顔をされたけれど、お付き合いすることになった。
「付き合っているってみんなに知られたら嵐が起こりそう……」
項垂れる彼の言葉に、驚いてしまった。
「どっちがですか!?」
モテるの、知っているんですよ?
そう視線で伝えると、手を繋いで笑ってくれる。
「まあ、どんな嵐が来ようとも、俺は君を離す気ないからね」
その言葉に嬉しくて、私も挑戦的に微笑んだ。
「私もですよ!」
おわり
お題:嵐が来ようとも
今日はデパートに買い物へ来た。
それというのも、今度、この都市でお祭りがあり、その浴衣を探しに来たのだ。
どんなのがいいか悩みはするものの、彼女がどんな浴衣を選ぶのか楽しみだった。
「どうしようかなー」
彼女が色とりどりの浴衣を、ひとつひとつ見ていく。
「色は水色?」
「はい!」
彼女は肌色だけではなく、全体的に色素が薄い。だから白メインの浴衣よりかは、水色や藍色の浴衣の方が可愛い気がする。
青年がそんなことを考えている横で、彼女は楽しそうに浴衣を選んでいた。
彼女が見ているところとは少し別のところに、青年は足を向ける。そこは華やかな髪飾りが並んでいた。
その中に、大きな水色の花の髪飾りがあった。
一番大きな水色の花の周りに、薄い黄色やクリーム色の小さい花々。キラキラした石も付いており、照明が反射して眩い。そして結紐も使われており、かなり手の込んだものだと、アクセサリーに詳しくない青年にも分かる。
彼女の髪は短いから、垂れ下がった結紐はとても際立つ。だからこそ、この髪飾りを横に挿したら、華やかさが増しそうな気がした。
青年はその髪飾りを手に取り、彼女の元へ向かう。
「どうしましたか?」
首を傾げる彼女をよそに、青年は彼女の耳の上にその髪飾りを見立てる。
「かわいい」
自然とこぼれた青年の言葉に、ふたりで驚き頬を赤らめる。
「あ、いや、似合いそうだなって……」
慌てて言い訳をするが、今見立てた時の彼女は、自然と言葉が落ちるほど愛らしいと思った。
「ねえ。この髪飾り、俺がプレゼントするよ。だから、これに合う浴衣にしない?」
青年は甘えた声でおねだりしてみる。この髪飾りを付けた浴衣姿の彼女を見たいのだ。
彼女は、「仕方ないですね」とくすくす笑ってくれた。
「この髪飾りに合う浴衣を一緒に探してくださいね」
そう微笑んでくれる彼女に頷きながら、一緒に浴衣を探した。
お祭りの日の当日。
浴衣姿は可愛いだけではなく、とても艶やかだということを、青年は初めて知ることになる。
そして、選んだ髪飾りは、彼女の愛らしさに拍車をかけ、家から出したくないかも……という気持ちで溢れることとなった。
おわり
お題:お祭り
夏はキューピッド達が、日々仕事に追われる季節。一夜の恋から、本当の恋に発展することもある時期なのだが、日々育んでいる恋もある。
一人のキューピッドは、以前、神様が偶然に依頼をして、出会った男女を見ていた。
それは救急隊の青年と、不器用な女性。
二人とも異性に好意を持たれるタイプだけれど、本当に求めるものはお互いなのを知っていた。
偶然に背中を押してもらったけれど、さらに踏みだすものが欲しい。
そう思ったキューピッドは、自分の持つ弓に手をかける。
すると、キューピッドが居たところに影が落ち、神様がキューピッドの目の前に降り立った。
「あの二人に手出しは無用だよ」
神様は茶目っ気たっぷりにウィンクをしてキューピッドの手を止める。
「ほら、ごらん」
神様がその美しい手でキューピッドの視線を二人に導く。
彼女は不器用ながらに青年の車を直しつつ、当たり前に のように彼を尊重している。
彼はその様子に驚きつつ、心に明かりが灯っているのが見えた。
青年は彼女に、「遊びに行こう」と声をかけると、今度は彼女の心に明かりが灯って、薄かった糸が少しずつ濃くなっていく。
「ね、君が手を貸す必要は無いよ。他の恋の背中を押してあげておくれ」
キューピッドはひとつうなづくと、神様に一礼をしてから飛び立った。
「あの二人は大丈夫だから」
おわり
お題:神様が舞い降りてきて、こう言った
夕飯後、まったりとソファーに座っていると、彼女から抱き締められた。
なにごとかと思って慌てたけれど、落ち着いて優しく抱き締め返す。
「どうしたの?」
彼女はぎゅうっと強く抱き締めながら囁いた。
「わたしの……」
それだけ?
と言うか、この『わたしの』は俺のこと?
ああ、なるほど。
何があったかは分からないけれど、全力の甘えモードに入っていることは分かった。
普段、遠慮して甘えることがない恋人が、時々全力で甘えてくるこのモードが俺はたまらなく好きだった。
本当に相手を思って自分を押し殺すタイプの彼女が、全力の甘ったれを行使する。不安が解消されていく瞬間だ。
「俺は君のものだよ」
甘えモードには、甘さを込めた言葉が効く。だから、俺も彼女に甘く囁いた。
「付き合い始めた頃に、あなたを好きな人がいたら、私はその人のために退けた」
「うん」
「でも……もう無理。今は退けない」
彼女が顔を上げて俺をじっと見つめる。目の端に光る雫が頬に流れた。
「退かれたら、俺が困っちゃう」
「ん……」
「まあ、退かれても、俺が捕まえに行くからね」
彼女に安心して欲しくて、そう言ってから再び強く抱き締めた。
後で『甘えてごめんなさい』と言われてしまう、彼女の甘ったれモード。
実のところ、俺にはただのご褒美タイムなんだよな。
おわり
お題:誰かのためになるならば