とある恋人たちの日常。

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 日差しが強くなる時間が続く中、不意に空気が、いや、気温が下がった気がした。
 彼女が空を見上げると、少し前まで広がっていた青い空、強い光を放っていた太陽が見えなくなっている。
 
 彼女は、この天気に心当たりがあったので、バイクのスピードを上げた。
 そう思っていると、どんどん空の色が暗くなっていき、ぽつりと雨がヘルメットに当たる。
 
 車で出かければ良かったな。
 
 今から会社に取りに行っても、会社に着く前に下手すればこの雨がやんでしまう可能性もあった。
 
 そう思っていると、雨はどんどん酷くなっていく。
 
 このまま走るのは、転んでしまうかもしれないと思った彼女は、屋根があるところにバイクを停めて雨宿りした。
 
「暑過ぎるから助かるけれど、こんなに降るのはつらいなー」
 
 雨に当たった時間は長くはない。だがしっかり濡れてしまった。バイクで走っていたのも酷く濡れた原因のひとつだ。
 
「雨、凄いなー……」
 
 止むのを待とうと思っているが、少し身体が冷えて行くのを感じた。
 スマホを取り出して、雨が止むだろう予想時間を確認する。彼女が考えていた時間より長い。
 この場所で雨宿りを続けると、風邪をひいてしまいそうだった。
 
 彼女はどうしようかなと、思考をめぐらせつつ、少し離れた高いビルが視界に入った。
 そこは恋人の務めている病院。小さく病院の裏口が見える。それくらいの距離だ。
 
 だが彼は救急隊と言う群を抜いて忙しい仕事をしているので、連絡する相手からは除外する。
 
 社長に連絡しようと連絡帳を動かしている時に呼出音が鳴った。
 
「わっ、びっくりした!」
 
 表示されたのは彼の名前で、驚きの反射で通話ボタンをタップしてしまった。
 
「は、はい!」
『うわ、びっくりした!』
「あ、すみません」
『いや、こっちこそごめん。滅茶苦茶早く出るから、びっくりしたしちゃった』
「たまたまスマホを出していたところだったんです」
 
 額から流れる雨を拭いながら、彼の言葉に答えていく。思いもよらず聞けた恋人の声に心が温かくなっていった。
 
『そうなんだ……ねぇ、もしかして外にいる?』
「えー……っと、はい、外にいます」
 
 雨宿りしていると分かったら、きっと迎えに来ると言う。優しいから絶対に言う。
 なんとか平気だと伝えようと、彼女は頭をフル回転させた。
 
『どこにいるの?』
「え、あ、大丈夫ですよ」
『俺、どこにいるって聞いただけだよ』
 
 先回りした回答は、大丈夫じゃないと伝えているのと同じだった。
 
 そして、病院から出たであろう救急のサイレンが通り過ぎた。
 彼女に嫌な予感が走る。
 
「えーっと……」
『そこから動かないでね』
「え!?」
 
 通話がぷつんと切れる。
 
 どういうことだと彼女は混乱した。
 しばらくすると、見覚えがある車が目の前に停まった。
 
「みーつけた」
 
 青年は満面の笑みで迎えてくれた。
 
「どうして……?」
「知りたいー?」
 
 彼は隣に乗るように促しながら、いたずらっ子のような笑みを向ける。
 
 もうここまで青年は来てしまったのだから、彼女は降参だなと思い、急いで車に乗った。
 
「実は電話する前に、先輩から君が雨宿りしているの聞いてたんだ」
「は!?」
「救急隊の車、帰る時はサイレン鳴らさないからね。気が付かなかったでしょ」
 
 驚きと戸惑いで言葉に詰まっていると、更に青年は楽しそうに言葉を続けた。
 
「俺、裏口から探しながら電話してたんだよねー。肉眼で見つけられる距離だったから迎えに来ちゃった」
「き、来ちゃった、じゃないですよ」
 
 彼女は嬉しい反面、彼の時間を使わせてしまった事に、申し訳なさが心に広がった。
 
「お仕事、大丈夫ですか……?」
 
 ほんの少し驚いた青年は手を伸ばし、彼女の頬に触れてくる。
 
「休憩時間だから大丈夫。それに俺が来たくて来たの」
 
 休んで欲しい。
 私のことは後回しでいい。
 そう伝えたい気持ちで溢れる。でも、きっと彼はそれを望まないだろう。それは分かった。
 
 だから彼女は、ごめんなさいの気持ちを、ありがとうの気持ちに変換した。
 
「ありがとうございます」
 
 一瞬、戸惑った表情を見せる彼。だがすぐに、全力で笑みを返してくれた。
 
 それは、この雨に負けないくらいの太陽のような笑顔。
 彼女が、どうしようもないくらい大好きな笑顔を。
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:太陽

8/6/2024, 2:40:19 PM