バイクをふたり乗りで走っていると、鐘の音が耳に入る。青年はその音が気になってバイクを停めた。
「どうしましたか?」
「いや……音……聞こえた?」
「音?」
恋人はクエスチョンマークを頭に飛ばしつつ、首を傾げる。
「寄り道していい?」
青年はこの道に心当たりがあった。あの時は一人で来たから、彼女と行きたくなったのだ。
彼女はふわりと微笑んで頷く。
「ありがとう」
青年は目的地を変更して、バイクを走らせた。
風が走り、林を抜けていく。
そこは、小さな教会。
駐車場にバイクを止めると、ふたりともヘルメットを外した。
「ふわ、かわいい教会です……」
「多分、さっきここの教会の鐘の音が聞こえた気がしたんだ」
「気がつきませんでした……」
ふたりで、ゆっくりと教会へ足を向ける。
青年が初めて来た時と同じように扉は閉じたままなのは残念だった。
そして、彼女の手を取る。
彼女は優しい視線を向けてくれた。
「いつか……ね」
ほんの少し、青年は耳が熱くなりなりながら、照れつつ彼女に笑うと、その言葉の意味を理解した彼女の頬が赤くなった。
そして彼女の手が、しっかり青年の手を握り返してくれる。
紅潮した頬と、愛らしい微笑みと共に。
「……はい、いつか」
おわり
お題:鐘の音
恋人と一緒に暮らすようになってから、彼女と一緒にいることが、当たり前になっていた。
本当に些細なことも楽しくて、癒される存在だ。
「どうしましたか?」
ぼんやりと彼女を見入っていると、不思議そうな顔で振り返る。
「んーん、別にぃ……」
俺は彼女に向かって片手を向ける。彼女は首を傾げながら、隣に座ってくれた。
彼女の首に手を絡めて、抱き締めた。
彼女は驚きつつも、しっかりと抱き締め返してくれる。
「ふふ。甘えてます?」
「んー……甘えてるぅ……」
くすくすと笑いながら、俺の背中を優しく叩いてくれた。
ああ……。
やっぱり、つまらないことでも、どんな時間でも、君と居れば安心する。
おわり
お題:つまらないことでも
彼女は上機嫌で、朝ご飯の支度をしていた。
彼は先日、救急隊員の仕事で救助中、事故に巻き込まれた。
奇跡的な回復をして、昨日やっと退院したのだ。
昨日は職場の人たちと退院祝いをしたからこそ、彼女からの退院祝いはこれから。
どちらかと言えば、不器用な彼女だが、退院祝いに考えたのは彼の好きなハンバーグと添えもののサラダ。そして一番大事なクリームソーダ。
朝には少し重いかな……。
そう考えた彼女は、「ソースは彼が起きてから聞こう」と、いくつかのソースを準備した。
ハンバーグのタネは、昨晩の退院祝いより前に、しっかりと下拵えはしておいたので、それをフライパンで焼き始めた。
彼が喜んでくれるか、重いと困らせるか不安になるけれど……彼の目が覚めるまでに、完成させよう!
鼻歌を歌いながら、ひとつひとつの準備をこなしていく。
そして。
ぱたぱたと台所を動き回る彼女の姿を、青年は緩む口元を抑えながら見守っていた。
おわり
目が覚めるまでに
ぐにゃりとした脳内の印象が、少しずつ正常に戻っていく。その中で見上げると、ゆらゆらと小さな光が揺れ動いた。
ここはどこだろう。
水の中に見えるけれど息ができるのは、なんで?
温かい何かが手に触れたような気がする。
俺はそれが何か確認しようとしたけれど、身体が動かなかった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……。
とても遠くに聞こえる無機質な電子音が、突然脳裏に響く。
視界に広がる光景と、無機質な音というアンバランスな世界に首を傾げつつ、底を蹴った。
光は少しずつ近づいて眩い光に包まれる。
それと同時に、無機質な電子音が明確に耳に入ってきた。
ゆっくりとまぶたを開く。
見慣れたようで、見慣れていない天井が、そこにあった。
ああ、俺、さっきまで意識がなかったんだ。
てか、どうしたんだっけ……?
「目が覚めたね!」
俺を覗き込むのは、職場の先輩だった。
「おれ……」
「無理に喋らなくていいぞ。こっちが説明するな」
ぼんやりとした中で、上手く首を動かすことができない俺は、瞬きをひとつする。
「連絡が入って、救助に向かった時に、事故に巻き込まれたんだよ」
そう言えば、そんなことがあったような気がする。
ぼんやりしつつも、記憶を巡らせるが、靄がかかったように上手く働かない。
「無理しない方がいい。まずはゆっくり休むんだ」
先輩の言葉を聞いて安心した俺は、もう一度意識を手放した。
それから数日かけて、状況の把握と記憶を掘り起こす。
先輩の言ったように、俺は救助に向かい、救助者をヘリに乗せた直後、事故に巻き込まれた。
幸い、救助した人は救助ヘリに乗せた後だったので、その事故に巻き込まれたのは俺だけだった。
中々派手に巻き込まれたため、意識不明の重体までいったらしい。
意識が戻ってから、少しずつ元気になった俺は、恋人が心配しているのではないかと焦りを覚える。
先輩に聞いてみると、それはそれは心配しているようだと言われてしまった。
それからしばらくして、面会謝絶が取れると、やっと面会出来るようになった。
その事を、先輩は俺より先に恋人に告げていてくれたらしい。
その日の面会可能時間になった瞬間、彼女が俺の病室に飛び込んでくる。
速攻抱き締められるかと思ったのに、彼女はそれを躊躇い、一歩後ろに引く。
そして、大きな瞳からぽろぽろと涙を零した。
「良かった……無事で……」
「心配させて、ごめん」
彼女は涙を拭いながら、首を横に振る。
彼女に手を伸ばす。
上手く動かせない俺の手をしっかり取って、俺の手に彼女が口を寄せた。
「無事で良かったです。本当に……」
溢れる涙を拭わないで俺の手に顔を寄せるから、彼女の涙も手に零れる。
とても温かい彼女の涙が、とめどなく溢れ落ちた。
「ごめん、こっち向いて」
俺がそう告げると、そのままじっと俺を見つめてくれる。
心配したんだよと、その瞳は確かに訴える。
それでも、その奥に見える俺が無事なことに安心する色。
早く治して、この病室から出なきゃ。
おわり
お題:病室
しとしとと降りしきる雨。天気予報は明日も雨の予報を示していた。
「今日は早めに眠りませんか?」
突然、窓を覗く恋人からの提案に、青年は驚く。とは言うものの、彼女が何故そう提案したのは理解できた。
明日はふたりの休みが重なった日で、以前から約束をしていた釣りに行く予定だった。
とは言え、雨の予報なので釣りが楽しめるかどうかは、怪しいところなのだ。
意外と身体を動かすことは好きだと言う彼女に楽しんでもらいたくて、今回は泊まりがけで行くが、可能なら雨はやんで欲しい気持ちだった。
明日が楽しみで仕方がない彼女を見て、くすりと笑ってしまう。
明日の天気が怪しいのに、それでも楽しみなのだろう。出来なくなった時にがっかりしないか不安になる。
「? どうかしました?」
「いや……すごく楽しみなんだなって思っちゃって……」
彼女は頬を赤らめながら、膨らませる。
「だって、楽しみなんですもん!」
青年は傍に来て欲しくて、彼女に両手を広げる。それに気がついた彼女は、青年の両腕に収まった。
「明日、もし晴れたら」
「晴れます。いえ、雨が降っても釣りは楽しみます!!」
「やるの!?」
「雨の日もいいんですよ!?」
天気予報を無視して言い切る彼女に、吹き出してしまった。
「明日、目いっぱい楽しむために早く寝ようか」
「はい!!」
おわり
お題:明日、もし晴れたら