職場で暇になると、変な盛り上がりを見せて、訳の分からない展開を見せることがある。
その中のひとつに、俺の恋愛の相手だと盛り上げるパターンがある。結果は俺が酷い目に合うのがオチなのだけれど、そういう巻き込まれは嫌いじゃない。
でも、余り話が通じないのはなー……。
今日も恋愛脳の先輩たちのおかげで、そんな話しで盛り上がり、嫌な予感が過ぎる俺は、車の修理にいくと言うことで逃げてきた。
からかって遊ばれるのも、そういう巻き込まれも嫌じゃないとはいえ、疲れる時は存在するわけで。
「あー、疲れたなー……」
修理屋に辿り着く前に、車を端に寄せて少しぼんやりした。たまには一人になりたい時がある。
行きつけの修理屋の近くで一人になると、高確率で優しい声がかかるんだ。
だから、一人になりたい。
すると、見覚えのあるバイクが俺の車の前に停車する。そのバイクから降りて、彼女は俺の車の窓を軽く叩いた。
「こんにちは。どうしたんですか? 車、動かないですか?」
車の修理屋の彼女は、迷わずに車の前でしゃがみ車を軽く見てくれる。
動かないのは車じゃなくて、俺の方なんだけれどね。
俺は車の窓を下ろして彼女に返事をする。
「動かない訳じゃないけれど、壊れてないか見て欲しくて、お店に行くところだったの」
「あ、じゃあ店まで来ますか?」
彼女の視線は車に向けたまま。俺の車に異常がないかを確認してくれる。
「店までは行くんだけれど……、仕事が疲れてちょっと休んでた」
そう、彼女に告げると、彼女は迷いもなく立ち上がり、自分のバイクに足を向けた。
するとバイクの荷物入れから、何かを持ってくる。
それは緑色の炭酸のペットボトルと、カップのアイスクリーム。
「うーん、クリームソーダは持ってないですけれど、メロンソーダはありました! それとアイスです、もらってください!」
メロンソーダとアイスクリーム。
それを合わせたらクリームソーダ。
そのクリームソーダは俺が好きな飲み物で、クリームソーダを広めたくて、よく持ち歩いては人にあげていた。
そうしたら彼女も好きだと知って、よくプレゼントしている。
それを知っているからこその、炭酸とアイスクリーム。
「お腹に入れば同じかなと思ったのですが……。だめ……ですかね?」
少し不安気に俺を見つめる彼女。
「ダメじゃない、ありがとう」
俺は胸が温かくなるのを感じながら、それを受け取った。
だから、一人でいたいんた。
君が声をかけてくれるから。
おわり
お題:だから、一人でいたい
おまけ
二人でそれぞれの乗り物に乗って、彼女のお店に辿り着く。
俺の修理は、先程の過程があるのて彼女にお願いしていた。
彼女は修理屋の社長さんに「みんなの分もあります」と何かを渡してから俺の車の修理を開始する。
他の人たちは手が空いているので社長さんが受け取った袋から、中身を取りだしていた。
それは色々なカップアイス。
社長さんは、社員のみんなにそれを配るとこう言った。
「あれ? アイス、足らんのとちゃう?」
社長さんが配っていないのは……彼女だけ。
「あ、私のは先に食べちゃいましたー!」
そう笑いながら、俺の車の修理を進める彼女。
俺はもしかしてと思って彼女に視線を送ると、その視線に気がついた。そして優しく微笑んで、口元に人差し指が添えられた。
心臓が……痛い。
今度のお祭りは、「折角ならと浴衣を着て行こう」と言うことになった。
デパートに浴衣を選びに行った時、彼女に付けて欲しい髪飾りを見つけてしまい、その髪飾りに合わせて浴衣を選んでもらった。
俺は甚平も良さそうだなーとは思ったのだけれど、そこは彼女が待ったをかけた。そして、彼女の希望で同じく浴衣にした。
俺の浴衣は紺色をメインにアンシンメトリーの柄が面白くて、割と気に入っている。
「準備できたー?」
簡単に前髪を弄りながら、彼女にそう声をかける。部屋の方から返事をしてくれた。
「お待たせしましたー」
部屋から出てきた彼女。
彼女と俺の好きな水色の浴衣は、色素の薄い彼女によく映える。
帯の締め方も華やかだけれど、何より選んだ髪飾りが俺の胸を撃つ。
「どうですか?」
ゆっくりと一回転して、俺に浴衣姿を見せてくれる彼女。
俺はその姿に見惚れてしまった。
浴衣とか着物って身体のライン。……特に……その、胸の辺りが出にくいから、艶っぽさが出にくいと思っていたのに!
幼さの残る表情なのに、彼女はうっすらとお化粧をしてくれている。
ショートカットの後ろ姿は、うなじに惹き寄せられて仕方がない。
それに普段なら気にならない、帯から……お尻のラインがキレイというか……言葉にしづらいけれど、大変色っぽいんです。
「変ですか?」
俺の葛藤に気が付かない彼女は、自分の姿がおかしいのかと不安になって俺を見上げる。
「変じゃない、似合ってる! むしろ、凄く可愛い」
その言葉に対して、嬉しそうに微笑んでくれる恋人が、また愛らしさに拍車をかける。
彼女に似合っていることや、可愛いと伝えるのに、そんなに抵抗がある訳じゃない。
思った以上に彼女を邪な目で見ている俺がいて、微妙に自己嫌悪してしまった。
しかも、澄んだ瞳で俺を見つめてくるから、いたたまれないんだけど。
「ねえ、上に羽織るものってないの?」
「え!? この暑いのに、ですか?」
「だって、可愛過ぎない?」
「この前の海に行く時と、同じケンカしたいんですか?」
そうだった。
少し前に水着でも似たようなことして、怒られたんだ。
彼女は俺の前に来たかと思うと、優しく抱きしめてくれた。
多分、俺の浴衣が気崩れないように気を使ってくれているのが分かる。彼女は気遣いの塊みたいな人だから。
「他に目を向けられないくらい大好きなんで、不安にならないでください」
俺も浴衣が気崩れないように優しめに抱きしめ返す。
「そこは不安に思ってないの。可愛いのが周りに知られるのが嫌なの」
ただ可愛いだけならまだしも……その、思ったより色っぽいんだもん。
ごめんね、澄んだ瞳で見られない邪な彼氏で。
おわり
お題:澄んだ瞳
彼の見た目は、男性なのに愛らしさがあって、楽しいことが大好き。誠実さと、優しさ、何よりも面倒見の良さもあって……色々な女性から好意を寄せられている。
声をかけてくれるのは、心配してくれるから。
それでも、こっちを見てくれるのが嬉しかった。
遠くから見ていると、女性に囲まれることも多い彼。みんなに愛されているのも、その視線に本物の好意があるのも分かってた。
胸が痛い。
でも、大好き。
この想いは、彼を困らせてしまうかもしれない。
だから、言葉にしちゃダメ。
でも、大好き。
ずっと気持ちを押し殺した。
彼に笑って欲しかったから。
困っているなら助けたい。
いつも助けてくれるんだもん。
ほんの少しでも、優しさを優しさで返したい。
私はそれでいいって言い聞かせた。
そんなふうに思っていたのに。
呼び出されて、話をするうちに好きな人の話になった。
好きな人がいると言われて、胸が痛かった。
でも、彼が告げたのは……。
耳まで赤くして、伝えてくれたのは……。
嬉しくて、涙が溢れた。
戸惑いながら、優しく抱きしめてくれる彼に、自分の気持ちを告げた。驚いた顔をされたけれど、お付き合いすることになった。
「付き合っているってみんなに知られたら嵐が起こりそう……」
項垂れる彼の言葉に、驚いてしまった。
「どっちがですか!?」
モテるの、知っているんですよ?
そう視線で伝えると、手を繋いで笑ってくれる。
「まあ、どんな嵐が来ようとも、俺は君を離す気ないからね」
その言葉に嬉しくて、私も挑戦的に微笑んだ。
「私もですよ!」
おわり
お題:嵐が来ようとも
今日はデパートに買い物へ来た。
それというのも、今度、この都市でお祭りがあり、その浴衣を探しに来たのだ。
どんなのがいいか悩みはするものの、彼女がどんな浴衣を選ぶのか楽しみだった。
「どうしようかなー」
彼女が色とりどりの浴衣を、ひとつひとつ見ていく。
「色は水色?」
「はい!」
彼女は肌色だけではなく、全体的に色素が薄い。だから白メインの浴衣よりかは、水色や藍色の浴衣の方が可愛い気がする。
青年がそんなことを考えている横で、彼女は楽しそうに浴衣を選んでいた。
彼女が見ているところとは少し別のところに、青年は足を向ける。そこは華やかな髪飾りが並んでいた。
その中に、大きな水色の花の髪飾りがあった。
一番大きな水色の花の周りに、薄い黄色やクリーム色の小さい花々。キラキラした石も付いており、照明が反射して眩い。そして結紐も使われており、かなり手の込んだものだと、アクセサリーに詳しくない青年にも分かる。
彼女の髪は短いから、垂れ下がった結紐はとても際立つ。だからこそ、この髪飾りを横に挿したら、華やかさが増しそうな気がした。
青年はその髪飾りを手に取り、彼女の元へ向かう。
「どうしましたか?」
首を傾げる彼女をよそに、青年は彼女の耳の上にその髪飾りを見立てる。
「かわいい」
自然とこぼれた青年の言葉に、ふたりで驚き頬を赤らめる。
「あ、いや、似合いそうだなって……」
慌てて言い訳をするが、今見立てた時の彼女は、自然と言葉が落ちるほど愛らしいと思った。
「ねえ。この髪飾り、俺がプレゼントするよ。だから、これに合う浴衣にしない?」
青年は甘えた声でおねだりしてみる。この髪飾りを付けた浴衣姿の彼女を見たいのだ。
彼女は、「仕方ないですね」とくすくす笑ってくれた。
「この髪飾りに合う浴衣を一緒に探してくださいね」
そう微笑んでくれる彼女に頷きながら、一緒に浴衣を探した。
お祭りの日の当日。
浴衣姿は可愛いだけではなく、とても艶やかだということを、青年は初めて知ることになる。
そして、選んだ髪飾りは、彼女の愛らしさに拍車をかけ、家から出したくないかも……という気持ちで溢れることとなった。
おわり
お題:お祭り
夏はキューピッド達が、日々仕事に追われる季節。一夜の恋から、本当の恋に発展することもある時期なのだが、日々育んでいる恋もある。
一人のキューピッドは、以前、神様が偶然に依頼をして、出会った男女を見ていた。
それは救急隊の青年と、不器用な女性。
二人とも異性に好意を持たれるタイプだけれど、本当に求めるものはお互いなのを知っていた。
偶然に背中を押してもらったけれど、さらに踏みだすものが欲しい。
そう思ったキューピッドは、自分の持つ弓に手をかける。
すると、キューピッドが居たところに影が落ち、神様がキューピッドの目の前に降り立った。
「あの二人に手出しは無用だよ」
神様は茶目っ気たっぷりにウィンクをしてキューピッドの手を止める。
「ほら、ごらん」
神様がその美しい手でキューピッドの視線を二人に導く。
彼女は不器用ながらに青年の車を直しつつ、当たり前に のように彼を尊重している。
彼はその様子に驚きつつ、心に明かりが灯っているのが見えた。
青年は彼女に、「遊びに行こう」と声をかけると、今度は彼女の心に明かりが灯って、薄かった糸が少しずつ濃くなっていく。
「ね、君が手を貸す必要は無いよ。他の恋の背中を押してあげておくれ」
キューピッドはひとつうなづくと、神様に一礼をしてから飛び立った。
「あの二人は大丈夫だから」
おわり
お題:神様が舞い降りてきて、こう言った