とある恋人たちの日常。

Open App
7/21/2024, 12:24:38 PM

「あ〜つ〜い〜」
 
 青年は茹だるような暑さの中で、恋人を待っていた。
 周りを見渡して、陽射しから逃げるように日陰の中に入る。
 
 彼女は仕事が休みなので、ランチの時間だけ会おうと数十分前に呼び出してしまった。
 
 『暑いから病院まで迎えに行きますよ』と、言われたものの、待ち時間も少ないことが分かっているから、軽い気持ちで大丈夫と笑って返したことを後悔する。
 
「いくらなんでも暑すぎる……」
 
 ほんの少し前に土砂降りの雨が降ったのが、またよろしくない。湿度を上げるだけあげ、陽射しとの相乗効果で不快になるほどの暑さになっていた。
 
「いやー……ごめぇん……早く来てぇ……」
 
 ぐったりと壁に寄りかかっている青年の前に、見覚えのある車が止まった。
 
「お待たせしました、乗ってください!」
 
 青年の様子を見て、慌てた恋人が窓を開けて叫ぶ。青年は言われるがまま、車に乗ってシートベルトをした。
 
 車の中は陽射しがある中でも、とても涼しい。
 
「暑い中、待たせてごめんなさい」
「いや、どう考えても今回は俺が悪いでしょ。あんなに暑くなると思わなかった。はあぁっ、涼しいぃー!!」
 
 あまりの暑さに、青年は車の中で叫び出す。限界値に近いくらい暑かったのかと、彼女は運転しながら苦笑いしていた。
 
「そんなあなたに、座席の後ろにあるクーラーボックスを開けて欲しいです」
「へ?」
 
 運転しながら、嬉しそうな声の彼女に青年は首を傾げた。そのまま自分の座席の裏にあるクーラーボックスの紐を持ち上げて手前に持ってくる。
 クーラーボックスを開けると、そこには固定された飲み物があった。
 それは緑色の炭酸飲料に、アイスクリームと更にそのアイスの上には鮮やかなサクランボがちょんと乗っていた。
 
「え、クリームソーダ!!」
「はい! アイス、溶けてないですか?」
「ないない、やった! 嬉しい!!」
「ふふ、喜んでもらって良かったです。お店に着くまで飲んでてください」
「ありがとう! 今、一番欲しいものだよ!」
 
 青年は真っ先にアイスにかぶりついた後、炭酸飲料にも関わらず、一気に飲み干した。
 
「ありがとう、生き返るー!」
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:今一番欲しいもの

7/20/2024, 1:58:30 PM

 初めて彼女の名前を聞いた時、聞こえが良くて心地いい名前だなと思った。
 なんでだろうと考えると、とても簡単な話し。それは苗字と名前で韻を踏んでいて、それが可愛いと思ったからだ。
 
 今思うと、最初から惹かれていたんだと分かる。
 
 お互いに色々と時間を重ねて行くうちに、彼女が向けてくれる優しさに気がついて、恋に落ちていた。
 
 今では……。
 
「ぼんやりして、どうしたんですか?」
 
 考え事しながら、恋人を見つめていると、視線を感じたようで指摘されてしまった。
 
「んー……」
 
 俺は身体を伸ばしながら、改めて彼女を見つめる。
 
「好きになったきっかけのひとつって、名前なのかなーって」
「私の名前ですか?」
「あくまで、きっかけのひとつだと思うって話し」
 
 彼女は視線を上に向けながら考える。
 
「そうなんですか?」
「うん、可愛い名前だよね」
 
 素直にそう伝えると、彼女の頬が赤くなる。純粋な彼女の反応は名前以上に可愛いと思った。
 
「あ、ありがとうございます。へへ、大切な名前だから嬉しいです」
 
 また、素直な反応をする恋人を見て、名前だけじゃなくて全部可愛いなと笑ってしまった。
 
「それだと、私の苗字が変わったら、私の名前……可愛くないですか?」
 
 その言葉に、今度は俺の耳が熱くなる。だってその言葉の意味って……。
 俺は意を決して、彼女の手に自分の手を重ねた。
 
「可愛いよ。それ以上に、そうなったら嬉しい」
 
 彼女の目が大きく開いたかと思うと、目を潤ませながら、これ以上にないほど愛らしい笑顔を俺にくれた。
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:私の名前

7/19/2024, 12:53:26 PM

 都市の大きなイベントがあるという事で、職場のみんなと一緒に遊びに来た。
 
 極力全員とは言いつつも、救急隊の仕事としては全員抜けることは出来ない。
 今回はラッキーなことに、イベント参加の方に来られたから、残っている人達へのお土産を買って帰らないとな。
 
 あと、実際にイベント内で色々やらかす人もいるので、連絡はすぐ取れるようにしておくのを忘れなかった。
 
 それに、奥の売店にこのイベント限定のクリームソーダがあると聞いて、心無しか気分が高揚している俺がいた。
 
 そう言えば……。恋人の彼女も、職場の人達と来ているはず。
 
 実際に、イベント会場の対角線上に居るもんだから、遠いなと苦笑いしてしまった。
 
「どうしたんだい?」
 
 先輩がそう声をかけてくれる。
 俺は「なんでもない」と伝えたけれど、俺の視線の先を追う先輩。
 
「ははぁん、さては彼女を見ていたな」
 
 結構遠いところにいるし、他のところを見ていたと思わないのが、察しがいいんだ、この人は。
 
「まあ……視界に入ったもので……」
「視界に入ると言うより、探したんじゃない?」
 
 そうかな……と、俺はぼんやり考える。
 みんなと一緒にいる時は、みんなとの時間を過ごしたい気持ちは確かにあった。
 
「みんなに気を使うのはいいんだけど、少しだけ彼女と一緒の時間を取ったらどうだい?」
「彼女と……」
「こういうイベント、一緒にいたことあったかい?」
「ない……です」
 
 先輩に言われて、考えた。
 確かにこういう都市全体のイベントになると、俺たちは職場のコミュニティを優先にしている。
 それは付き合う前からもそうだった。
 考えると確かに、彼女とこういうイベントを過ごしたことはない。
 
 その時、脳裏に過ぎる、付き合う前の彼女の言葉。
 
『こういうイベントの時、参加出来ないことが多くて……』
 
 寂しそうに笑っていた彼女。
 あの言葉を聞いて、俺はもっと彼女を外に連れ出したくなったんだ。
 
 その時の気持ちを思い出すと、彼女とこういう大きなイベントの思い出が全くないことに寂しさを覚えた。
 
「おーい、聞いているかい?」
 
 先輩が、俺の目の前で手を振っていた。
 
「すみません、聞いてませんでした」
「だよな」
「あの、彼女のところに行ってきて良いですか? すぐ戻るんで!」
 
 俺は少しだけ切羽詰まった言葉と共に、先輩を見上げた。
 その言葉を聞いた先輩は、嬉しそうに笑ってくれる。
 
「もちろん、行っておいで。俺からみんなに伝えておくよ」
「ありがとうございます!!」
 
 俺はスマホを取り出して彼女にメッセージを打つ。
 
『少しだけ、抜けられない?』
 
 
 
おわり
 
 
 
視線の先には

7/18/2024, 11:37:13 AM

 イベントで沢山の人が集まる。
 恋人の彼は職場の人達と行き、私も職場の仲間と行った。
 
 同じ空間に居るけど、こういう時は傍にはいないことが多い。
 元々、イベント事は職場の人達と行くことが多かったから、お互い気にしていなかった。
 
 それでも、時々耳に入る彼の声に、心が反応した。
 そばに居たいなと思う時が、ほんの少し、ほんの少しだけある。
 こんなことを思うのは私だけなのかな。
 
 でも、わがままも言いたくないし、職場の時間を大切にして欲しいし、私も大切にしたい。
 だから、心に蓋をして、家に帰ったら全力で甘えよう。そう思っていた。
 
 ぽこん。
 
 スマホに彼からメッセージが入った。
 
『少しだけ、抜けられない?』
 
 パッと見回すと目が合う。すると口元に片手でごめんとジェスチャーをしてきた。
 
 慌てて社長に声をかけて、少しだけと許可をもらうと、スマホに『OK』の返事をする。
 
 走って彼の元に行くと、彼も気がついてこっちに走ってきてくれた。
 
「ごめんごめん。多分すぐ買えると思うんだ」
 
 そう言うと彼は手を取って歩き出す。向かうのは売店で、今日だけの特別メニューがあった。それは一際目立つカラフルなクリームソーダ。
 クリームソーダは私たちが好きだし、付き合うまでのきっかけになった特別な飲みもの。
 
「どれ飲みたい?」
 
 彼は挑戦的な視線を向けながら、微笑んでくれる。だから、私も応えるように笑った。
 
「もちろん、クリームソーダ!」
 
 
―――――
 
 
 買い終わったあと、お互いの職場に戻るため、今度は少しだけゆっくり歩く。私もゆっくりになってしまったけれど、彼の歩みも重かった。
 
「突然、呼び出してごめんね」
「ううん、呼んでくれて、嬉しかったです」
「良かった」
 
 彼は安心するように息をつくと、歩くのを止めて私を見つめてくれる。
 
「ちょっとの時間だけでも、思い出欲しかったんだ。少し寂しかったし」
 
 その言葉に驚いた。
 それ以上に嬉しくて、顔が見えないように彼の肩に額を乗せた。
 
「そう思ったの……私だけかと思ってました」
 
 お互いが、寂しさを覚えていたこと。
 お互いが、思い出を欲しかった気持ちがあったこと。
 それが知れて、とても嬉しい。
 
 彼は、その気持ちに同意してくれるように、顔を傾けて頬を寄せてくれた。
 
「もっと寂しいってわがまま言ってよ。俺だけ寂しいのかと思った」
 
 お互いに身体を離して視線を合わせると、同じことを考えていたことにふたりで笑いあった。
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:私だけ

7/17/2024, 2:31:39 PM

「……ん! ……ちゃん!!」
 
 ぼんやりと眠りの海から浮かび上がっていく。
 瞳を開くと、涙が横に落ちて耳元を通り、シーツを濡らした。
 視線を左右に揺らすと、愛しい彼が青ざめた顔で、私の顔を見下ろしていた。
 
 ぱちぱちと、瞬きをすると涙が更に零れ落ちる。
 
「大丈夫!?」
 
 手を彼に差し伸べながら、掠れた声で、彼の名前を呼んだ。
 それに気がついた彼は、慌ててこの手を掴む。
 
「夢を……見ていました」
「どんな夢?」
 
 彼は包み込むような程の優しい声で話してくれながら、手を伸ばして目の端に落ちていた涙を拭ってくれた。
 
「……忘れて……しまいました」
 
 瞳を閉じると、彼の指に暖かい雫がこぼれ落ちる。
 
 忘れたなんて、嘘。
 それは思い出したくない、遠い日の記憶。
 
 身体を起こすと、彼の温もりが欲しくて手を伸ばす。同時に、同じことを思ったのか、彼が強く抱き締めてくれた。
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:遠い日の記憶

Next