救急隊の仕事でヘリに乗ることがある。
昼夜問わず救助に行くことはもちろん、病院待機の時もある。
そんな今日は病院待機の日。
俺は病院の外に出ると、ビルの隙間から風が通った。白衣がたなびき、風の抵抗に負けじと足を踏ん張る。
風が抜けたあと、空を仰ぐと雲ひとつない綺麗な水色が、そこにあった。
俺は当たり前のように、ポケットからスマホを取り出して空に向けてパシャリと撮る。
スマホを操作して、いつものように彼女へ写真を送った。
「いい空だ……」
水色って言っても色々ある中で、俺が一番好きな色はスカイブルー。この空の水色。
それを見上げると、胸が温かくなって、嬉しくなるんだ。
同じスカイブルーが好きな恋人が心に浮かんで、心が軽くなる。
「ああ、いま会いたいなー」
俺は身体を伸ばしながら呟いた。
スマホで写真を撮れば、共有はできる。
そうじゃなくて、このきれいな空を一緒に彼女と共有したかった。
おわり
お題:空を見上げて心に浮かんだこと
「だめだ、平行線だ……」
そろそろいい時間になるぞ、この不毛な争い。
正面には唇を尖らせ、頬を膨らませた恋人が座っていた。
くっそ〜。
本人は納得いっていないのだと思うけれど、この表情がめちゃくちゃ可愛いの、ズルくない?
「終わりにしよう」
「なら、引いてください」
「それはちょっと……」
話は大したことない。
美味しいお菓子を貰ってきて、それに入っている数が奇数で、どっちが食べるかという話しなんだ。
「最後、食べてください」
「美味しいって言っていたでしょ、食べていいよ」
小さな押し問答が続けられてしまう。
食べたくない訳じゃなくて、君が喜ぶところが見たかったんだけれど、何してんだろ、俺たち。
頭を捻って出した答え。
「分かった、俺がもらうね」
そう答えると、パァッと花が開く満面の笑み。
もう、根本的に引かない理由が俺を喜ばせたい、俺に食べてもらいたいだからって分かるし、俺も同じなんだよ。
だから。
俺は最後のひとつを無理矢理ふたつに分けて、ひとつを自分の口に入れた。そして残りを迷わず彼女に向ける。
「あーん」
「ふぇ!?」
ほんの少しだけ俺に視線を向けて、くすりと笑ってぱくりと食べた。
「うふふ、一番美味しいです」
「俺も」
おわり
お題:終わりにしよう
「どこ行こっか」
「なにしましょうかねぇ……」
今日のデートはどうするか。車の中で相談しあっていた。すると、青年はパッと明るい顔をして、車を走らせる。
「どこへ行くか、決まったんですか?」
「うん、任せて!」
きっと彼女なら喜んでくれる。そう確信している青年の笑顔と、喜ばせてくれる気だと理解している恋人の彼女。
「今日はね、雨が降っているから、室内で楽しめるところ!」
「え!? どこですか!?」
「へへーん。楽しみにしてね!」
青年の弾む声に、彼女も同じように期待を膨らませている。
「……ありがとうございます」
「ん?」
「いつも、色々連れて行ってくれて」
わくわくした声から、少しだけトーンを落として彼女が言葉を紡ぎ始める。
「あ、いいの、いいの。一緒に色々行くのが、俺の楽しみなんだから!」
青年は職場に籠りっきりの彼女を連れ出すのが楽しみなのだ。
それでも、遠慮してしまう彼女だと、青年は大いに理解している。青年は車を端に寄せて駐車して、彼女に視線を向ける。
「だからね、俺と一緒に遊びに行こう」
彼女の手に青年は手を重ねると、彼女も握り返してくれた。
「はい、沢山連れて行ってください。私も何か知ったら連れていきます」
「うん、楽しみにしているね!」
青年はどうしようかなと、少しだけ迷った。
それに気がついた彼女は、何に迷っているのかと首を傾げる。もう、その姿が可愛らしいのに。
ほんの少しだけ視線を逸らしたかと思うと、青年は軽く彼女の唇に自分のそれを重ねた。
「!?」
「じゃ、じゃあ、行こうか!」
再び車を走らせる青年の顔は、とても熱かった。
おわり
手を取り合って
出張修理を終えて、一人でバイクを走らせていると、つい考えてしまった。
彼は人の命を助ける救急隊のお仕事をしている。
とても立派だし、出会いも怪我を治して貰ったところからだ。
色々な人からモテるのは知っているの。
そんな彼を支えたいって思っているけれど、彼を支えることは出来ているのかな。
彼の車や、バイクを直すことは出来るけれど、彼の心を癒せているか、時々不安になる。
彼の仕事のパートナーや、先輩はみんな女性だし、私は役に立てているのかな。
遠くから彼が呼んでる声がした。
気のせいかな。
病院の近くじゃないし、家の近くじゃない。
バイクを停めて、周りを見回した。
すると、音を鳴らさずに走ってくる、彼の仕事の車が見えた。
え?
本当に呼んでた?
彼の車が近くで停まると、周りを見回してから降りてきた。
「おつかれ! 出張修理?」
「はい、今帰りなんです」
「あ、そうなんだね。俺も救助終わった帰りなんだよ。良かった〜」
「良かった?」
思わず首を傾げると、少し慌てて照れたように笑う。
「行きだったら、互いに迷惑かけちゃうじゃない」
「行きは、救助優先してください」
「もちろん!」
苦笑いしつつ元気よく返事をする彼。
そして、私のお客さんにも気を使ってくれる。
本当に優しい人だ。
あれ、もしかして……。
「あ、本当に呼んでました?」
「呼んでた、呼んでた。見かけたら、声掛けたくなっちゃった」
「え? 結構遠くから聞こえていた気が……」
「そりゃ、遠くにいたって見間違えないもん」
何か用事があったのかな?
そう思って、そのまま聞いてみる。
すると、ほんのり頬を赤らめて、眩しいほど素敵な笑顔を向けてくれた。
「会えそうなら会いたかったの。疲れたから癒されに来た!」
迷いのない満面の笑みを見ていると、胸が熱くなる。
この笑みは、私のものなんだ。
おわり
お題:優越感、劣等感
ふと気がついた。
彼女といるのが心地いいことに。
なんだろう。
疲れないから?
いや、変な緊張すること多いし、疲れないってことは無いぞ。
考えることが多い?
ああ、確かに彼女といる時は考えることは多いかも。
ちゃんとエスコートしたいって思うし、させてくれる。
その割には無駄に力を入れなくて済む。
他の異性は、やりたいことを押し付けられることが多い。
それは考えなくて済むし、振り回されるのも嫌いじゃないけれど、それでいいのかなと思う時がある。
それで気がついたんだ。
彼女は、これまでずっと俺に対して、気を使って、俺を大切にしてくれているんだ。
幼さや、おっちょこちょいなところがあって、こっちが心配しちゃうくらいで。
そんなふうに見えないのに、とても優しい彼女。
凄く、凄く胸が熱くなった。
ヤバいな、耳が熱い。
絶対に顔も赤くなっている。
でも。
凄く会いたい。
これは、俺が彼女への気持ちを、明確に自覚した瞬間だった。
おわり
お題:これまでずっと