ぽこん。
服の中から小さな音と、震えが感じられた。ちょうど作業をしていなかった彼女はポケットからスマホを取り出した。案の定、送信先は愛しい青年だった。
今日はこの後、青年とお出かけをする予定なので、その連絡だろうかとスマホを覗く。
『見て見て、綺麗な空だよ!』
送られたメッセージをスクロールすると、真っ青な空の真ん中に、白く大きな三角形のような形をした雲が見えた。
「うわ、綺麗な空……」
彼女と恋人の青年は、こんな見事な水色の空の色が大好きなのだ。さらに真ん中にある積乱雲は、黒い色がないのもまた見事だった。
返信を打つ時、頬が緩んでしまう。
『すごいきれいですね!』
そう返事を送る。
青年は救急隊と言う仕事柄、ヘリコプターに乗ることが多いので、自分が見たものに感動を覚えるとこうやって写真を送ってくれるのだ。
しかも、こんな素敵な空。
ふたりが好きな色の空にうっとりとしてしまうが、ハッとする。
これは積乱雲。つまりはこの後雨が降るということだ。
『雨が降る前に、迎えに来てくださいね』
それを送った後、返事は来なかった。
これは……慌てさせてしまったかもしれない。
「社長! 私、そろそろ上がりますね!」
「わかったー、おつかれー!!」
奥のスタッフルームに入って、よく手を洗い、仕事着から私服に着替える。本当はシャワーを浴びたいけれど、ここでは難しい。
スタッフルームの扉を開けると、慌てて入ってくる彼の車が見えた。
「雨が降る前に迎えに来たよー!!!」
おわり
お題:一件のLINE
無機質な音が流れる。その音が眠りの海から彼女の意識を呼び覚ます。
彼女は、ゆっくりとまぶたを開けた。
薄暗い部屋。
カーテンの隙間からこぼれる光を頼りに、ベッドから立ち上がって手を伸ばす。
シャッ。
眩しい光が差し込むと、ゆっくりと、そして確かに身体が目を覚ましていった。
振り返ると広いベッドが見え、寂しさを覚えて胸が痛む。
そして、深いため息をついた。
ひとまず、朝ごはんを用意して仕事に向かった。
一日ずっとモヤモヤしてしまう。
職場で笑っているけれど、心の奥にある虚しさは埋めることが出来ない。
仕事が終わり、家に帰る。
今日は何もしたくなくて、さっさと眠ってしまった。
コーヒーと、パンを焼くいい香りがする。
チーンと言うトースターの音、パタパタと廊下の歩くスリッパの音。
そして、視界が白くなる。
「はーい、起きて!!」
その声でハッキリと目を覚まして、身体を起こした。
すると正面から強く抱きしめられる。
「え!?」
「おはよう」
当たり前の温もりが、その重さが身体にかかる。
愛しい青年の体温に驚きつつ、しっかり抱きしめ返した。
「おはよう……ございます。それと、おかえりなさい」
「うん、ただいま」
青年は救急隊の仕事でしばらく家に帰れなかった。
状況的に、いつ帰ってくるかは分からない。
仕事に集中して欲しいし、邪魔になるのは嫌だったので、こまめに連絡は入れなかった。
だから、今、青年の温もりに安堵して目頭が熱くなる。
彼女は、こんな表情を見られると、心配させちゃうと思って、抱きしめる腕に力が入った。
「連絡くれないんだもん、寂しいよ」
「邪魔になったら迷惑かなって……」
青年は身体を離そうとするが、彼女は離さない。その様子に気がついた青年は、改めて彼女を強く抱きしめる。
「いつも俺の事を想ってくれて、ありがとう」
ゆっくりと身体を離し、涙目になっている顔を見られてしまった。
ふふっと青年が笑うと、彼女の額に柔らかい温もりが当たる。
「今日はさすがに休みだから、家にいるよ」
「じゃ、休んでください」
「朝ごはん食べさせて、仕事行くのを見届けたら寝るね」
そう笑いながら、青年はベッドから立ち上がり、彼女へ手を差し伸べた。
「さ、ご飯作ったんだ。食べよう! 俺ももう腹減ったよー!」
「食べてないんですか?」
朝日と同じくらい、眩い笑顔を彼女に向ける。
「一緒に食べたかったんだ!」
おわり
お題:目が覚めると
「ただいまぁ!!」
扉が開いて、玄関より大好きな彼の声が響いた。
彼女は準備していた夕飯の支度を止めて、手を洗ってタオルで拭きながら廊下に向かう。
「おかえりなさい!!」
彼は荷物を玄関に置くと、彼女のお出迎えに嬉しいのか満面の笑みを向けてくれた。
しばらく視線を逸らし言葉に詰まった後、青年は彼女に向けて両手を広げる。ぱぁっと輝かしく笑うと青年の胸に飛び込んで力強く抱きしめた。青年も彼女を包み込むように抱き締め返した。
「帰ってきたーって感じがする」
「うふふ、日課ですから!」
付き合って、一緒に住むようになってそれなりに経つ。それでも互いが帰ってくると必ずハグをするようにしていた。
これが、ふたりの当たり前。
おわり
お題:私の当たり前
こういう都市に住んでいるけれど、素敵な場所を見つけた。折角なら一緒に見たいんだ。
そう思って、仕事帰りにと彼女を誘った。
仕事関係で仲良くなったビルのオーナーから許可をもらって、ビルのエレベーターに乗っていた。
「この建物に入ったのは初めてです」
「俺も初めて」
顔を合わせて笑い合う。
エレベーターが止まると、青年は教えてもらった階段に向かい昇って行く。
「こんなところ、登っても大丈夫なんですか?」
「大丈夫、許可はもらってあるんだ」
「そうなんですね」
青年はしっかりとした扉の前に立つと、彼女に手を差し伸べた。
「この先は危ないから、手を繋いでね」
「はい!」
しっかりと手を繋ぎ、青年は扉を開けた。
風が強く吹き抜ける。そこはヘリポートだった。
「わあ……」
瞳に写るのは、夜空と都市に住んでいる生活の光。
建物や、信号の動かない光。車や電車の動く光が混ざり合い、高いところから見る街の明かりはキラキラとして眩かった。
「凄いでしょ」
「はい、きれい……」
うっとりと街を見ている彼女を、青年が見つめる。
「この前、このヘリポートに夜来てさ。ヘリから見た空が凄く良くて、君に見せたくなっちゃった。ちょっとズルしちゃったけどね」
「でも、こうやって見せてくれるの、凄く嬉しいです」
先程の表情より、嬉しそうに微笑む彼女。
青年の人間関係を駆使しまくった甲斐があるというものだ。こんな可愛い笑顔が見られたのだから。
おわり
お題:街の明かり
「今日は晴れましたね」
恋人が窓際に立って、空を見上げる。
俺は彼女に寄り添って同じ方向を向いた。
「本当だね。あ、短冊書く?」
「あ、書きます」
自宅に小さな七夕飾りを用意してあり、短冊を彼女に渡した。
俺も短冊にペンを走らせる。
「そう言えば、晴れて欲しくなかったの?」
「え?」
彼女も短冊に書いていた手を止めて、俺を見つめる。
ほんの少し、寂しそうな顔をしてから短冊を書き進めた。視線を短冊に向けたまま返答してくれた。
「楽しくないというか……一年に一度しか会えないなら、二人っきりにしてあげたいなって……」
ああ、なるほど。
確かになと、考えてしまう。
恋人と一年に一度しか会えないんだから、誰にも邪魔されたくないよな。
そんなふうに考えていると、俺の手の上に彼女の手が添えられた。
「私は一年に一度なんて嫌ですよ?」
挑戦的に見えるけれど、その奥に寂しさの色が見える。
俺は立ち上がって彼女を抱き寄せた。
「俺だって嫌だよ。ずっとそばにいてね」
おわり
お題:七夕