無機質な音が流れる。その音が眠りの海から彼女の意識を呼び覚ます。
彼女は、ゆっくりとまぶたを開けた。
薄暗い部屋。
カーテンの隙間からこぼれる光を頼りに、ベッドから立ち上がって手を伸ばす。
シャッ。
眩しい光が差し込むと、ゆっくりと、そして確かに身体が目を覚ましていった。
振り返ると広いベッドが見え、寂しさを覚えて胸が痛む。
そして、深いため息をついた。
ひとまず、朝ごはんを用意して仕事に向かった。
一日ずっとモヤモヤしてしまう。
職場で笑っているけれど、心の奥にある虚しさは埋めることが出来ない。
仕事が終わり、家に帰る。
今日は何もしたくなくて、さっさと眠ってしまった。
コーヒーと、パンを焼くいい香りがする。
チーンと言うトースターの音、パタパタと廊下の歩くスリッパの音。
そして、視界が白くなる。
「はーい、起きて!!」
その声でハッキリと目を覚まして、身体を起こした。
すると正面から強く抱きしめられる。
「え!?」
「おはよう」
当たり前の温もりが、その重さが身体にかかる。
愛しい青年の体温に驚きつつ、しっかり抱きしめ返した。
「おはよう……ございます。それと、おかえりなさい」
「うん、ただいま」
青年は救急隊の仕事でしばらく家に帰れなかった。
状況的に、いつ帰ってくるかは分からない。
仕事に集中して欲しいし、邪魔になるのは嫌だったので、こまめに連絡は入れなかった。
だから、今、青年の温もりに安堵して目頭が熱くなる。
彼女は、こんな表情を見られると、心配させちゃうと思って、抱きしめる腕に力が入った。
「連絡くれないんだもん、寂しいよ」
「邪魔になったら迷惑かなって……」
青年は身体を離そうとするが、彼女は離さない。その様子に気がついた青年は、改めて彼女を強く抱きしめる。
「いつも俺の事を想ってくれて、ありがとう」
ゆっくりと身体を離し、涙目になっている顔を見られてしまった。
ふふっと青年が笑うと、彼女の額に柔らかい温もりが当たる。
「今日はさすがに休みだから、家にいるよ」
「じゃ、休んでください」
「朝ごはん食べさせて、仕事行くのを見届けたら寝るね」
そう笑いながら、青年はベッドから立ち上がり、彼女へ手を差し伸べた。
「さ、ご飯作ったんだ。食べよう! 俺ももう腹減ったよー!」
「食べてないんですか?」
朝日と同じくらい、眩い笑顔を彼女に向ける。
「一緒に食べたかったんだ!」
おわり
お題:目が覚めると
「ただいまぁ!!」
扉が開いて、玄関より大好きな彼の声が響いた。
彼女は準備していた夕飯の支度を止めて、手を洗ってタオルで拭きながら廊下に向かう。
「おかえりなさい!!」
彼は荷物を玄関に置くと、彼女のお出迎えに嬉しいのか満面の笑みを向けてくれた。
しばらく視線を逸らし言葉に詰まった後、青年は彼女に向けて両手を広げる。ぱぁっと輝かしく笑うと青年の胸に飛び込んで力強く抱きしめた。青年も彼女を包み込むように抱き締め返した。
「帰ってきたーって感じがする」
「うふふ、日課ですから!」
付き合って、一緒に住むようになってそれなりに経つ。それでも互いが帰ってくると必ずハグをするようにしていた。
これが、ふたりの当たり前。
おわり
お題:私の当たり前
こういう都市に住んでいるけれど、素敵な場所を見つけた。折角なら一緒に見たいんだ。
そう思って、仕事帰りにと彼女を誘った。
仕事関係で仲良くなったビルのオーナーから許可をもらって、ビルのエレベーターに乗っていた。
「この建物に入ったのは初めてです」
「俺も初めて」
顔を合わせて笑い合う。
エレベーターが止まると、青年は教えてもらった階段に向かい昇って行く。
「こんなところ、登っても大丈夫なんですか?」
「大丈夫、許可はもらってあるんだ」
「そうなんですね」
青年はしっかりとした扉の前に立つと、彼女に手を差し伸べた。
「この先は危ないから、手を繋いでね」
「はい!」
しっかりと手を繋ぎ、青年は扉を開けた。
風が強く吹き抜ける。そこはヘリポートだった。
「わあ……」
瞳に写るのは、夜空と都市に住んでいる生活の光。
建物や、信号の動かない光。車や電車の動く光が混ざり合い、高いところから見る街の明かりはキラキラとして眩かった。
「凄いでしょ」
「はい、きれい……」
うっとりと街を見ている彼女を、青年が見つめる。
「この前、このヘリポートに夜来てさ。ヘリから見た空が凄く良くて、君に見せたくなっちゃった。ちょっとズルしちゃったけどね」
「でも、こうやって見せてくれるの、凄く嬉しいです」
先程の表情より、嬉しそうに微笑む彼女。
青年の人間関係を駆使しまくった甲斐があるというものだ。こんな可愛い笑顔が見られたのだから。
おわり
お題:街の明かり
「今日は晴れましたね」
恋人が窓際に立って、空を見上げる。
俺は彼女に寄り添って同じ方向を向いた。
「本当だね。あ、短冊書く?」
「あ、書きます」
自宅に小さな七夕飾りを用意してあり、短冊を彼女に渡した。
俺も短冊にペンを走らせる。
「そう言えば、晴れて欲しくなかったの?」
「え?」
彼女も短冊に書いていた手を止めて、俺を見つめる。
ほんの少し、寂しそうな顔をしてから短冊を書き進めた。視線を短冊に向けたまま返答してくれた。
「楽しくないというか……一年に一度しか会えないなら、二人っきりにしてあげたいなって……」
ああ、なるほど。
確かになと、考えてしまう。
恋人と一年に一度しか会えないんだから、誰にも邪魔されたくないよな。
そんなふうに考えていると、俺の手の上に彼女の手が添えられた。
「私は一年に一度なんて嫌ですよ?」
挑戦的に見えるけれど、その奥に寂しさの色が見える。
俺は立ち上がって彼女を抱き寄せた。
「俺だって嫌だよ。ずっとそばにいてね」
おわり
お題:七夕
職場の同期であり、同僚であり、友達の彼女。
彼女には仲の良い人がいて、彼女はその人、救急隊の先生を〝気になる人〟だと言っていた。
二人の会話は柔らかくて、暖かくて、愛らしい。
どちらの見た目も可愛いタイプだから、見ているとほっこりする二人だ。
なんか、会社の裏に呼ばれたぞ。
前も遊びに行く約束をしていたから、変に詮索しない方がいいかな……。
しばらくして、二人が戻ってきた。どことなく、ぎこちなさと顔が赤い気がする。
お互いに手を振って、先生は帰った。
彼女の耳が真っ赤だ。いつもと違ってギクシャクしている。
「どうしたの?」
私が声をかけると、彼女は勢いを付けて振り返った。そして、何か言おうとしつつも、視線を逸らす。
どうしようか悩んでいるみたいだ。
「えっと……」
彼女は私の腕を取り、裏の事務所に連れていく。
「お、おつきあいすることに……なりました」
頬を赤らめつつ、今まで見た中で一番可愛らしい笑顔を見た。
おわり
お題:友だちの思い出