とある恋人たちの日常。

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6/20/2024, 12:35:28 PM

 まだしばらくは松葉、取れないよなぁ……。
 
 救助をしている途中に、足を滑らせて怪我をしてこの始末で、本当に情けなくなる。
 
 でも、情けないなんて見せたくないから、自虐で笑ってみせる。
 
 仕方がないなと、みんな笑ってくれたけれど、胸の奥にモヤモヤが広がっていた。
 
 先輩に送ってもらって家に帰る。玄関を開けると恋人がそこにいて驚いた。
 
 ソファに座って、みんなの時と同じように、自虐に笑ってみせる。
 すると彼女は俺を抱きしめてくれた。俺に痛みが出ないように、気を遣った抱きしめ方をしてくれるのが分かる。
 
「……大丈夫じゃないです」
「いや、大丈夫だよ」
 
 それでも笑って誤魔化した。
 それなのに、少しだけ間を置いてから、更に力を入れて俺を抱きしめてくれる。
 
「あなたは大丈夫ですよ」
 
 ああ、本当に。
 君はそういう子だよ。
 
 俺が凹んでいること、絶対に気がついてるよね。でも、それを言葉にしない。俺が俺でいることを肯定してくれるんだ。
 さすがに嬉しい気持ちで溢れちゃうよ。
 
「ありがとう」
 
 俺は彼女を抱き締め返した。
 
 足が治ったら、もっと頑張ろう!
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:あなたがいたから

6/19/2024, 11:55:13 AM

 紫陽花と雨の演奏会が続く中、合いの手のような足音を立てながら、ふたりはのんびり歩いていく。
 
「あ……」
 
 道が少し細くなっていた。
 
 青年は、少し考えたあと、笑顔になって自分の傘を彼女に傾ける。
 
「おいで」
 
 青年の声が、優しく響き渡った。
 
 その声が、言葉が嬉しくて彼女は傘を畳み、彼の傘に入る。すると彼の手が肩に回された。
 
「離れちゃダメだよ」
 
 そして、ゆっくりと歩みを進めた。
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:相合傘

6/18/2024, 11:53:01 AM

 今日は早く帰れた。
 二人分の夕飯の支度をすると、電話がかかってきた。
 それは、彼の先輩からだった。
 
 彼が救助中、落下事故に巻き込まれたと聞いた。
 
 全身が凍りついて、全ての色が喪われそうだった。
 
「心配しなくて大丈夫だよ、俺が送っていくから」
「ありがとうございます、待っています」
 
 暫くすると玄関のチャイムが鳴り響いた。
 
 夕食の支度を止めて、玄関に走る。
 玄関を開ける前に、鍵が開けられて、松葉杖を付いた彼がそこにいた。
 
「あ、びっくりした。ただいま」
 
 自分の状況を見て、気まずそうに苦笑いしながら〝ただいま〟の挨拶をしてくれる。
 
「おかえりなさい。あれ、先生は?」
「あ、そこまで送ってくれた……ってことは、聞いた……よね」
 
 何も言葉を紡げず、頷いた。
 私は彼の荷物を持ち、靴を脱がせる。
 
「ありがとう」
 
 彼は居間にあるソファに座った。
 
「さすがに座らせてね。恥ずかしいー、ドジって落っこちちゃった」
 
 困ったように笑う彼を見て、胸に火が点いた。
 確かに心配した。不安だった。でも強がる彼を見て、違うところに痛みを覚えた。
 
 一歩前に進み、彼に負担がかからず、彼の顔が隠れるように抱きしめる。
 
「無事で良かったです」
「うん。心配させて、ごめん」
「それもこわかったです」
「うん、でも大丈夫」
 
 軽い声で安心させるように言ってくれる彼。
 それが強がりだって分かる。
 
 だから。
 少しだけ、抱きしめる腕に力を入れた。
 
「……大丈夫じゃないです」
「いや、大丈夫だよ」
 
 大丈夫じゃないよ。
 絶対に大丈夫じゃない。
 
 〝ドジった〟って軽く言ったけれど、絶対に悔しいって思ってる。もっと上手くできたはずだって思ってる。
 
 でも、これを言葉にしたくない。
 だから
 
「あなたは大丈夫ですよ」
 
 それだけを伝えた。
 
 会話になっていないと言われたら、その通り。
 でも。
 
 彼のまとう空気が変わった気がした。
 
「ありがとう」
 
 そう言いながら、強く抱きしめ返してくれた。
 

 
おわり
 
 
 
お題:落下

6/17/2024, 11:29:42 AM

「待って!!」
 
 後ろから、青年の声がかかった。
 彼女が振り返ると、そこには心配した表情の恋人の姿があった。
 
「どうしたんですか?」
 
 かけられた声に混ざった緊迫感。それに驚きつつも、何にそう思ったのかを、彼女は聞く。
 
 よくよく見てみると、彼の表情が固く、汗が流れていた。
 
 一歩、また一歩と近づき、彼は彼女を抱きしめる。
 
「え、え!? 本当にどうしたんですか!?」
 
 抱きしめる腕に力が込められる。少しだけ苦しいと感じながらも、何が彼を不安にさせたのか知りたかった。
 
「溶けて、消えちゃいそう」
 
 ずきり。
 と、胸に痛みが走る。
 
 彼は本当にそう思ったのだろう。
 彼女に心当たりが、ないでもないのだ。
 
 彼女は安心して欲しくて、彼の身体を強く抱きしめ返した。
 
「消えません。そばにいます」
「ほんと?」
「はい。これからも、ずっと……」
 
 私にも、未来を信じさせて。
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:未来

6/16/2024, 11:37:59 AM

 想像ついただろうか。
 こんな出会いが待っていることを。
 
 
「ねえ。一年前、なにしてた?」
 
 なんの気も無しに、青年が恋人にそう聞く。
 彼女は驚いた表情で振り返ると、哀愁漂う顔をして、視線を戻した。
 
「余り……思い出したく、ないです」
 
 俯く彼女を見て、今度は青年の方が驚く。
 普段、明るい表情をしているから、こんな顔をするとは思わなかった。
 
 ひとつ、瞬きをすると、目の端に雫を貯めながら微笑む。
 
 青年は何も言葉に出せず、立ち上がって彼女を抱きしめた。彼女もそれに応える。
 
「ここに来て。あなたと出会えて、今がとてもしあわせなんです」
 
 
 
おわり
 
 
 
お題:一年前

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