ソファに座って、ページをめくる。
手には薄い絵本。
彼女は柔らかく微笑みながら、ゆっくりめくっていた。
「それ、お気に入り?」
恋人の青年が隣に座るって、彼女の肩に頭を乗せた。
「はい。社長からもらったのですが、なんか好きで……」
「読み聞かせてほしいな〜」
珍しいなと、彼女は思う。
肩に頭を乗せることも、読んで欲しいと言うことも。
でも、それが彼女には嬉しくて、胸が暖かくなる。
「仕方がないですねぇ」
そう言いながら、青年に向けて身体を傾ける。すると、青年は改めて肩に頭を乗せた。
ふふっと笑みがこぼれる。
そして、本を最初に戻すと、甘やかな声が部屋に響いた。
おわり
お題:好きな本
雨と紫陽花が聴かせる演奏会が終わりを告げようとしていた。
繋いだ手を離さず、空を仰ぐ。
「雨、やむかな……」
「今は、やまないでほしいかも……です」
雨がやむか、やまないか。
スマホを取り出せば調べられるだろう。
でも、なんか。そういうのじゃない気がした。
「そうだね」
雨がやむのか、やまないのか分からない。だけど、自然にまかせるのも良いのかもしれない。
「あ……」
ぽつりぽつりと、雨と紫陽花の演奏会が再開された。
おわり
お題:あいまいな空
しとしとしとしと。
降る雨が花や葉に当たり、優しい音を奏でる。
そこに二人の足音が加わった。
今日は花見に来た。雨とともに見ると良いと思う花見に。
両端には色とりどりの紫陽花が連なっている。
少し途切れてはまた見事な紫陽花たち。
「足元、気をつけてね」
ぬかるみを渡った後、青年が恋人に手を差し伸べた。
「はい、ありがとうございます」
彼女は嬉しそうに微笑んで、青年の手を取って、ゆっくりとぬかるみを超える。
彼女は、そのまま後ろを振り返ると、先程まで歩いていた紫陽花の道が連なっていた。
しとしとしとしと。
動かない彼女を怪訝に思い、離さなかった手に力を込める。それに気がついた恋人は振り返った。
「雨が降ると低気圧で、頭痛くなるんですけれど……」
「うん」
彼の声を聞いた後、彼女は再び言葉を止める。
しとしとしとしと。
「雨の音が音楽みたいで、安心感がありますね」
ここで言葉を返すのは無粋かな。そう思った青年は、恋人の手を握って、しばらく紫陽花と雨が奏でる音楽と、その景色を堪能した。
おわり
お題:あじさい
楽しいことが好き。シリアスは苦手。
それでも、逃げられないことは沢山ある。
仕事のことでも、生活のことでも。
たくさんの〝楽しい〟に囲まれていても、時折訪れる逃げることが出来ない〝シリアス〟。
―――――
彼女の職場は、時に事件、事故に巻き込まれやすい場所にある。
慣れて油断した時に、彼女の職場で事故からの事件が起こったと聞いた。
頭の中で混乱して、彼女のことが心配になるが、俺は俺の仕事……救急隊としての仕事をした。
救助で病院に戻った時、彼女がいた。
背筋が凍る。
ほんの一瞬だけの動揺だったが、俺は目の前の救助に集中した。
―――――
今回の事故対応が一段落した時、休憩と称して彼女の職場に向かった。
彼女の会社の近くに着くと、スマホを取り出して彼女を呼び出す。
彼女は、仕事を抜け出して、俺のところに走って来てくれた。
「どうしたんですか?」
「大丈夫!? さっき、病院にいなかった!?」
「あ! あれは友達のお迎えと、私もちょうどケガをしちゃったので、治してもらおうって行ったんです」
彼女は恥ずかしそうに照れ笑いをする。
そうか、あの事故に他の社員が巻き込まれたのか。
「そ、そっか。友達は無事?」
「はい、お陰様で!」
「君は無事?」
「私はもっと元気です!!」
俺は安心して、しゃがみこんでしまった。
「心配……してくれたんですか?」
彼女は俺に寄り添うようにしゃがみこんでくれた。
俺は小さく頷いた。
彼女が俺の両手を取って、立ち上がらせてくれる。
「私は無事です。心配してくれて、ありがとうございます」
彼女は優しい声で言いながら、俺に微笑む。
視界が涙で歪みそうになるのをグッと我慢して、彼女を強く抱きしめた。
「もう! 俺、こういうことは本当に、苦手なんだからね〜」
おわり
お題:好き嫌い
ここに来た時は、どんな未来が待っているのか、不安と期待が入り交じっていた。
救急隊の仕事に就いて、その仕事でヘリに乗る。
朝だったり、昼間だったり、夕方だったり、夜だったり。
色々な顔を持った街。
そして、色々な人達と、彼女と出会えた。
今、ここが俺の街。
おわり
お題:街