「ふぁあふっ……うーん……どうしようかな……」
青年はソファに転がって、大きな欠伸をしつつ、唸りをあげていた。
「んもう、どうしたんですか!? 邪魔ですよ、座れません」
「ふぁい」
青年は身体を起こして、いつもの定位置に座り直す。恋人は両手に持っていたグラスをローテーブルに置いて、彼の隣に座った。
「なにを考えていたんですか?」
「明日の休み、どうしようかな〜って」
前々から約束していた。今度、休みが一緒になったらどこかに行こうと。
ふたりでデートに行きたいと言われていた。
「行きたいところはないんですか?」
「ある! たくさん!!」
パッと、勢いつけて彼女に振り向いた。
「バスケ、テニス、ボーリング、釣り、それに他にも……」
挙げればいくらでも出てくる。
付き合う前から遊んでいたけれど、新しいことだけじゃなく、同じことをやっても楽しい。
「なにしたい?」
「うーん……」
彼女はじっと青年を見つめる。彼女は彼女で思うところはあるようだった。
唐突に彼女は青年の両目の下をなぞる。
「明日は家でごろごろしましょう」
「へっ!?」
「家で、いちゃいちゃしたいです!」
頬を赤らめつつ、満面の笑顔でそう言う彼女。てへへと、照れ笑いをしながらソファから立ち上がって席を外す。
青年も耳が熱くなる。彼女の笑顔が愛らしかったからなのはもちろんなのだが……。
あれは……バレてるな。
青年が一番欲しいもの。
彼女とゆっくりとした、休みの時間。
おわり
お題:やりたいこと
眩しさに負けて、眠りの海から這い上がる。ボンヤリと目を開けると朝日が目に入った。
肩には重みがあり、視線を送ると恋人が無防備な顔で眠っている。
えっと、状況を整理しよう……。
彼女を起こさないように、天を仰ぐ。
昨日は、彼女と色々話して盛り上がって、盛り上がって……その勢いで寝たのか。
どれだけヒートアップしたんだろう、俺たち。
さすがに彼女を起こそうと、身体を揺らす。
「起〜き〜て」
「うう……ん……」
彼女が伸びをしながら、ゆっくりと身体を起こす。
「今、何時ですかぁ……」
「八時過ぎだね」
まあ、そこまで寝坊したわけではないが、寝方がまずかったな。
俺も彼女に習って身体を伸ばす。
「うわ、身体がバッキバキだ」
「頭痛いです……」
彼女はまだ微睡んだ中にいるのは分かった。ぽやぽや状態の彼女を無理に起こしてもな……。
まだ、目が開ききらない彼女を後ろから抱きしめ、誘導してもう一度ソファに座らせる。そのまま俺に寄りかからせた。
「どうしたんですか?」
「五分だけ、ね」
まだ身体が起ききらないだろうから、朝日を浴びてゆっくり目を覚まさせようと思った。
「起きたら、朝ごはん食べて、身体を動かしに行く?」
外に視線を送ったまま、気にせず声をかける。
「いいですね」
彼女の声は、少しずつ覚醒してきていることを伝えてくれた。
のんびり、のんびりと。
朝日の温かさ、彼女の温もりを両方感じながら、身体と心の目を覚ましていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
おわり
お題:朝日の温もり
視界が歪んだ気がした。
大きな事故から発展して事件になった。
それは彼女の勤め先の近くて、彼女は巻き込まれた可能性が高いと冷たい汗が背中に流れる。
俺はスマホを見る。
席を外して連絡したい気持ちがあったけれど……――
「なにしている、早く準備しろ!」
「はい!!」
隊長からの声がかかる。いつも緩めな職場だが、こうなると一気に緊張感が増す。
防護服に袖を通しながら、その短い時間で頭をフル回転させる。
彼女のことは確かに気にはなる。でも、一瞬抜けてしまった時間で、助けられるものが助けられなかったら?
それを彼女は〝よし〟としてくれるだろうか。
胸を張って彼女に会えるだろうか。
パチンとボタンを留めた瞬間、気が引き締まる。
俺は――救急隊だ。
医療道具を肩に担いで、ヘリに乗った。
結果として、彼女は事故に巻き込まれていなかった。
でも、ギリギリなところではあったらしい。
家に帰って、迷ってしまったと言う話しを彼女にこぼした。すると背中から抱きしめてくれた。
「それでいいんですよ」
そう笑ってくれる彼女に、心が軽くなった。でも心に刺さるトゲは抜けきれない。
「でも、優先にはできないよ」
「ここで優先にされたら、私、怒っちゃいますよ」
そこ、怒るの?
そう驚いて、彼女に視線を向けた。抱きしめる腕の力を抜いて正面から笑顔を向けてくれる。
「私は、お仕事をしている姿が好きなんですよ」
屈託のない笑顔は、その言葉が本当だと教えてくれる。
俺も。
俺も、そう言い切れる君だから、好きなんだよ。
おわり
お題:岐路
黄緑色の炭酸、その上にはバニラアイス。ちょんと乗る鮮やかなさくらんぼ。
ふたり、共通の好きな飲み物であり、思い出の飲み物。
元は青年が好きで集めていた飲み物。それを色々な人に配っていた。彼女もその一人だった。
今では――
ちらりと視線を向けるのは、正面にいる恋人。
視線を感じたのか、彼女もこちらを見つめてくる。ふわりと優しい微笑みも一緒に。
「どうしたんですか?」
「ううん」
ぼんやりと彼女への視線を逸らさないまま。
「ど・う・し・た・ん・で・す・か?」
笑顔はそのまま崩さず、少しだけ強い口調で、青年に声をかけてくる。
「本当になんでもないんだ」
からからと、クリームソーダをかき回しながら視線をクリームソーダに向けた。
「そばに居てくれて、嬉しいなって」
彼女の手が伸びて、青年の手の上に重ねられる。
「ふふ、私もです」
改めて、青年は彼女に視線を送る。
色々な人が自分の気持ちを押し付けてくる中で、青年の気持ちを考えてくれる人。いつしか惹かれ、想いを告げた人。
この先。何があっても、ずっとそばに居て欲しい人。
おわり
お題:世界の終わりに君と
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
なんで、こんなことになったんだよ。
この都市は、楽しいこと全振りなのは分かっていたけれど、そのお鉢が回ってきた。と、思う。
たった一日のレディースデーを作るのは良い。
でも、それを女性へのサービスではなく、職員を全員女性にするサービスって、どう考えてもおかしいでしょ。
それが罷り通る職場だし、都市だから怖い。
俺は金髪のカツラに、フリルのワンピース。化粧は別の職場の女性陣が全力を向けてくれた。それはもう楽しそうに……。しかも徹底的にとムダ毛処理までされた。本当に泣きそうです。
確かに。格好良いか、可愛いかで言われると、可愛い方の部類に入るとは思う。でも、こんな姿をしなきゃいけないのは嫌だー!
なにより、彼女にこんな姿を見られたくない!
そんなこと思うけれど、彼女はこういうお祭りデーの時にこそ、お店に来ない。
だから大丈夫だろう、多分。
カランカランと、お店のドアの音が響く。
職員は一斉にお出迎えの声を出した。
「「「いらっしゃいませー!」」」
来店したお客さんの顔を見て、俺は固まった。
彼女ご来店。しかも職場の友人たちと。
他の店員を見て笑いつつ、俺と目が合う。そうして、そばに来てくれた。
「可愛いですよ。あとでサービスしてくださいね」
よく表情の変わるタイプの彼女とはいえ、ここまでの笑みは早々ない。それほど嬉しそうかつ、楽しそうな微笑みを俺に向けて言ってくれた。
ほんと、最悪だ。
見られたくなかった。
俺は、彼女にだけは格好良いって言われたいのにー!!
おわり
お題:最悪