視界が歪んだ気がした。
大きな事故から発展して事件になった。
それは彼女の勤め先の近くて、彼女は巻き込まれた可能性が高いと冷たい汗が背中に流れる。
俺はスマホを見る。
席を外して連絡したい気持ちがあったけれど……――
「なにしている、早く準備しろ!」
「はい!!」
隊長からの声がかかる。いつも緩めな職場だが、こうなると一気に緊張感が増す。
防護服に袖を通しながら、その短い時間で頭をフル回転させる。
彼女のことは確かに気にはなる。でも、一瞬抜けてしまった時間で、助けられるものが助けられなかったら?
それを彼女は〝よし〟としてくれるだろうか。
胸を張って彼女に会えるだろうか。
パチンとボタンを留めた瞬間、気が引き締まる。
俺は――救急隊だ。
医療道具を肩に担いで、ヘリに乗った。
結果として、彼女は事故に巻き込まれていなかった。
でも、ギリギリなところではあったらしい。
家に帰って、迷ってしまったと言う話しを彼女にこぼした。すると背中から抱きしめてくれた。
「それでいいんですよ」
そう笑ってくれる彼女に、心が軽くなった。でも心に刺さるトゲは抜けきれない。
「でも、優先にはできないよ」
「ここで優先にされたら、私、怒っちゃいますよ」
そこ、怒るの?
そう驚いて、彼女に視線を向けた。抱きしめる腕の力を抜いて正面から笑顔を向けてくれる。
「私は、お仕事をしている姿が好きなんですよ」
屈託のない笑顔は、その言葉が本当だと教えてくれる。
俺も。
俺も、そう言い切れる君だから、好きなんだよ。
おわり
お題:岐路
6/8/2024, 11:19:17 AM