嫌だ、嫌だ、嫌だ。
なんで、こんなことになったんだよ。
この都市は、楽しいこと全振りなのは分かっていたけれど、そのお鉢が回ってきた。と、思う。
たった一日のレディースデーを作るのは良い。
でも、それを女性へのサービスではなく、職員を全員女性にするサービスって、どう考えてもおかしいでしょ。
それが罷り通る職場だし、都市だから怖い。
俺は金髪のカツラに、フリルのワンピース。化粧は別の職場の女性陣が全力を向けてくれた。それはもう楽しそうに……。しかも徹底的にとムダ毛処理までされた。本当に泣きそうです。
確かに。格好良いか、可愛いかで言われると、可愛い方の部類に入るとは思う。でも、こんな姿をしなきゃいけないのは嫌だー!
なにより、彼女にこんな姿を見られたくない!
そんなこと思うけれど、彼女はこういうお祭りデーの時にこそ、お店に来ない。
だから大丈夫だろう、多分。
カランカランと、お店のドアの音が響く。
職員は一斉にお出迎えの声を出した。
「「「いらっしゃいませー!」」」
来店したお客さんの顔を見て、俺は固まった。
彼女ご来店。しかも職場の友人たちと。
他の店員を見て笑いつつ、俺と目が合う。そうして、そばに来てくれた。
「可愛いですよ。あとでサービスしてくださいね」
よく表情の変わるタイプの彼女とはいえ、ここまでの笑みは早々ない。それほど嬉しそうかつ、楽しそうな微笑みを俺に向けて言ってくれた。
ほんと、最悪だ。
見られたくなかった。
俺は、彼女にだけは格好良いって言われたいのにー!!
おわり
お題:最悪
仕事中、怪我をしてしまい病院にきた。
彼に会えないかなと、周りを見回してしまう。
その様子を察したのか、彼の先輩が、〝あっちにいるよ〟と教えてくれた。
やっぱり、会いたくて。
いつも会えるのに、会いたくて。
早る気持ちを抑えられなくて、足早に足を進める。
ベンチまで歩く。
彼の姿が見えないけれど、どこへ行ったのかな。
そう思って周りを見たら、そのベンチに横になっている彼を見つけた。
小さく、彼の名前を呼ぶ。
反応は無い。
もう一度、耳元で名前を呼ぶけれど、一緒だった。
疲れているんだな。
そう思うと、彼を起こすのは申し訳なくて。
音を立てないよう、彼の頬に唇を乗せた。
「いつも、本当にお疲れ様です」
感謝を込めて言葉を残し、足音を立てないようにこの場を後にした。
寝ている彼にキスをしたなんて、恥ずかしくて言えない。
―――――
耳が熱い。
人の気配が恋人だと気がつくのに時間がかかった。それと生まれた小さなイタズラ心。驚かそうと思ったのに、逆に驚かされた。
彼女が立ち去って、人の気配が無くなってから身体を起こす。
「起きてたなんて言えない……」
おわり
お題:誰にも言えない秘密
新しい家、新しい部屋。これから一緒に住む家。
全てが新鮮な気持ちになる。
「ごめん。これどこに置けばいい〜?」
「あ、はーい」
大切な彼からの声に振り返ると、ダンボールを抱えて廊下を歩いてくる彼が見えた。そのダンボールには〝いま〟の文字。
「これは、居間に置きたいものなので、この辺りに置いて、ソファが届いたら開けましょう!」
「りょうかーい」
彼はてくてくと歩いて指示に従ってくれる。
予定が合わず、先に彼の荷物を入れてくれたので、手伝ってくれていた。
「ごめんね、あまり広い部屋を選べなくて」
と言ってもワンLDKの部屋なのだから、ふたりで住むには充分だと思っていた。
「そんなことはありませんよ」
彼のそばに寄り添い、その肩に頭を乗せた。
「その分、傍にいればいいと思います」
ひとつ、間を置いてから彼が強く抱き締めてくれる。
「そうだね。そのための家だ」
部屋が狭くても、ここは私の大切な場所になるんだ。
おわり
お題:狭い部屋
好きな人が出来ました。
車やバイクを修理してくれるお店で、誰とでも気さくに話してくれる楽しい人。
初めて修理をお願いした時は、女性が多いお店で驚いた。でも、その驚きと戸惑いを簡単に払拭してくれた人。
見た目は色白で透明感の強く、儚さがあるのにそんな感じを微塵にも見せず、仕事の手際も良いし、不明点はすくに聞いてくれる。
後日、またそのお店に行ったら、体験をしている人に丁寧な説明をしている姿を見た。
そして気がついた。彼女がくれる請求書は「ありがとうございます」と一言添えてくれている。
細やかな気遣いに、心惹かれるのも時間はかからなかった。
彼女に会いたくて、またお店に行く。
すると、この都市の救急隊員が、彼女と話をしていた。自分もよくお世話になる青年。確かモテると聞いたことがある。
そして、彼女を見ていたから分かった。
ふたりの距離感が違うということに。
彼女が青年の車を修理したのか、請求書を渡していた。受け取った後も、軽く話をしている。
請求書を見て、青年が彼女と話を広げていた。つまり、彼女が請求書に一言書くのに気がついている人だ。
「ありがとう。じゃ、また家でね」
「はーい! そっちこそ、お仕事、頑張ってくださいね〜」
そうこうしている間に、青年は車に乗って走り去って行った。とんでもない爆弾を残した気がする。
呆然と二人を見ていると、自分の車を直してくれていた、会社の社長が声をかけてくれた。
「あの二人、仲ええよね」
「え!?」
「あの二人を見てたんちゃうの?」
「あ、はい、仲良さそうだなと思って……」
思わず話を合わせてしまった。
「狙ったらアカンよ」
冗談に聞こえるように話してくれているが、どこか静かに伝えてくる社長の言葉。自分に対してクギを指しているのだと理解した。
「付き合っているんですかね」
女社長は笑顔で答えた。
「一緒に暮らしとるよ」
脳内に硝子が割れる音が響き、その音に胸が締め付けられた。
おわり
お題:失恋
……彼女の機嫌が……めちゃくちゃ悪い。
笑顔で対応してくれているが、端々にトゲを感じる。
それとは別に、懸念事項があった。
今日届く予定のアレが見つけられないんだよな。到着しているって連絡は来ているんだけれど……。
彼女にサプライズしたかったから、俺が受け取りたかったのに見つからない。まさか彼女が受け取ってる? それはそれで困るな。説明、どうしよう。
ちょっと不機嫌ではあるけれど、彼女に声掛けてみようかと……思うけれど、どうしようかなー。
「あの……」
なんて思っていたら、彼女から声をかけてくれた。それが嬉しくて、頬が緩んで顔を上げた。
が。
彼女の頬はぷくぷくしていた。
なんで怒ってるの〜!?
彼女がテーブルに置いたのは、俺が待っていた荷物。小ぶりで小さいダンボール箱。
やっぱり彼女が受け取っていたか……。
「これ、なんですか」
明らかに声に怒気が込められている。
彼女の白くて細い指が指したのは品物の箇所。『セクシーランジェリー』と記載されていた。
「え!? なにこれ、ちょっと待って!?」
俺はこんなもの頼んでない!?
それと彼女が怒っている理由も何となく察した。こんなの、何を着せられるんだと不安にもなる。
「ち、違うからね!? 俺が頼んだのはネックレ……」
言いかけて口を噤んだ。
彼女を見つめると、ぷくぷくしていた頬が無くなり、きょとんとした顔で俺を見ている。
「……白状します」
俺は両手を上げて、項垂れた。
箱を開けると、更に小さなプレゼントボックス。更に開けると、細長いスエード基調のベロア生地の箱が出てくる。それを彼女に渡した。
「これ……」
「あの、いや、誕生日でもなんでもないんだけど、見かけた時に君を思い出しちゃって……どうしてもあげたくなったの」
「無理、したんじゃないですか?」
「多少の無理は折り込み済みです」
彼女がジュエリーボックスを開けると、出てくるのは一粒だけの薄水色の宝石のシンプルなネックレス。
「これ、アクアマリンですか?」
驚いた顔で、ジュエリーボックスに魅入る彼女。
俺は口の端が上がってしまう。これは特別な宝石なんだ。
「違うよ。これはダイヤモンド。君の誕生石だよ」
「こんな色のダイヤモンドがあるんですか?」
「そう、これはアイスブルーダイヤモンドって言うんだって!」
彼女は驚きながら、瞳が潤んでいる。彼女は俺のそばに寄り、肩に頭を乗せて抱き締めてくれた。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「うん」
サプライズになったか分からないけれど、喜んでくれたからいいか。
そんなことを思いながら、抱き締め返した。
おわり
お題:正直
おまけ
先輩だよな、セクシーランジェリーって書いたイタズラ。
俺が買いに行った時に一緒にいたのはあの人だけだもん。
こんなイタズラするのもあの人らしいから、絶対に先輩だ! 明日、苦情を申し入れてやる!!!