初心者太郎

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2/13/2026, 5:35:43 AM

—沈黙の恋—

私は、生まれつき声が出せない。
そのせいでみんなとの会話にも入れないし、私と関わる度に周りの人が遠慮しているのがわかる。

だから、友達は一人もできなかった。

「東條」

隣から男子の声がした。
そちらをみると、彼は両手を使って『おはよう』と言っていた。

私も手話で『おはよう』と返した。

高校に入ってから、初めて会話ができるようになった。
隣の彼は、手話ができる。
彼の母親がろう者のようで、手話を必死に勉強したと以前に言っていた。

『小テストの勉強した?』
『してきたよ。あなたは?』
『ゲームに夢中で、してくるの忘れた』

彼は眉を下げて、肩を落とした。
私は思わず笑みをこぼした。

楽しい。誰かと会話をするということが、これほど素晴らしいことだとは知らなかった。

『自業自得だね』
『テストで出そうなところ、教えてくれよ』
『いいよ』

私は、教科書を両机の中央に開いておいた。
彼との距離が近くなって、心臓の鼓動が速くなる。

この気持ちに、私はもう気づいている。
しかし、それを彼に伝えて拒まれたら。彼と会話できなくなってしまったら。

私は元の暗い生活に戻ってしまう。

いつかこの気持ちは伝えたい。
でも今はまだ言えない。だから、胸の奥に大切にしまっておこうと思う。

お題:伝えたい

2/12/2026, 7:57:40 AM

—巣立ちの日—

記憶もないくらい小さい時から、ずっといた私の部屋。

——わたし、これがいい!

小さい頃、ホームセンターで選んだ勉強机。
宿題をする時も、受験の時も、とてもお世話になった机。
昔は大きすぎて、地面に足がつかなかった。

部屋の角にはベッドがある。
友達の家で寝ても、ホテルで寝ても、結局このベッドが一番寝心地が良いし、安心する。

嫌なことがあった日は、枕に顔を押し付けて、声を殺して泣いた。

壁に立てかけた全身がみえる鏡。
デートの前も、就活の日も、何度も前髪を直して、この鏡から自分を睨んでいたっけ。

「あんた、準備できたの?」

下の階から母の大きな声が聞こえる。

「うん、すぐ行く!」

今日でこの部屋とはお別れだ。

机をそっと撫でる。
ベッドのシーツを整える。
鏡に映った最後の私は、昔よりもずっと大きくなっている。

「いってきます」

私は部屋を出て、静かにドアを閉めた。

お題:この場所で

2/11/2026, 2:57:55 AM

—人気者の理由—

僕の担任の先生は、人気者だ。

「片桐さん、いいよ! だんだん足の動きが良くなってる!」先生が言った。

体育の時間。
今日は、ハードルの練習をしていた。

僕は、片桐をみた。運動神経の悪い彼女は、体育が嫌いだと以前言っていた。だから、練習はあまりやりたがらなかったはずだ。

彼女は、ニコニコしながら「はい!」と大きく返事をした。

「安藤くん、もっと歩幅を大きくしてみよう! 安藤くんは覚えるのが早いから、もっと練習すれば、もっと良くなるよ!」

僕は、安藤をみた。ぽっちゃりとした彼は、片桐よりも運動嫌いで、昨年は『見学』という名のサボりばかりだった。

そういえば、今年はそれをみていない。
彼は、頷いてまた列に並んだ。

「大津くん、ハードルを跳ぶ時に減速してるよ! 大津くんは足が速いから、もったいない! もうちょっと手前で跳んでみよう!」

僕は、大津をみた。彼はとにかく足が速い。運動会では、リレーのアンカーを走った。

先生の言葉で、彼はさらにやる気になっていた。

「じゃあみんな、一旦練習を止めよう!」

みんな、動きを止めて先生に注目する。

「みんな、動きは良くなってるんだけど、その中でもよかった人を紹介したいと思う。佐藤、お手本をみせてくれないか?」

先生は、僕をみた。みんなが僕をみた。
僕は「はい!」と返事をした。

先生が人気者な理由がわかった気がする。

誰もがみんな、自分を見てくれていると嬉しい。そして誰もがみんな、褒められると嬉しいのだ。

僕は、スタートラインに立ち、全力で走り出した。

お題:誰もがみんな

2/10/2026, 2:34:48 AM

—二つの花束—

背丈の低い少年がやってきた。

「この花たちを花束にしたいです」
「はい、わかりました」

小さくて、色とりどりの花を少年は選んだ。
頬を赤く染めて、彼は続けた。

「僕は読み書きができなくて……、カードを代わりに書いてほしいです」
「もちろん、いいですよ。どんな言葉を書きましょうか?」

彼の表情がパッと明るくなる。
私は、彼の言葉をそのまま、綺麗な文字で書いた。

『お母さん、いつもありがとう!』

私は、白い紙で丁寧に包み、カードをちょこんと乗せた。
代金を払うと、その少年は、元気に店を去っていった。

それからしばらくすると、背広姿の若い男性が来店してきた。

「この花束をください」
「ありがとうございます」

彼は、この店の中でも、高価な花を選んだ。
なぜだか、彼は暗い表情をしている。

「カードはお書きになりますか?」

私がそう訊くと男性は頷いたので、カードを一枚、机に差し出した。

「これで許してもらえるかな……」

彼は、小さく独りごちた。

『ごめんなさい』

私は、花束を丁寧に包装する。
男性は支払いを済ませると、花束を抱えてとぼとぼ店を出ていった。

レシート入れにある、二枚のレシート。
安価な花束と、高価な花束。

だが、花束は『数字』じゃない。
どんな『想い』が込められているか。
大切なのは、たったそれだけ。

彼らの気持ちがうまく伝わればいいな——。
心の中で、私はそう呟いた。

お題:花束

2/9/2026, 2:13:20 AM

—スマイルください—

ピロリ、ピロリ。
店内に足を踏み入れると、ポテトが揚げ終わる音がした。

(お、いたいた)

一ヶ月ほど前にアルバイトを始めた娘が、カウンターに立っていた。客の注文を受け、端末にタッチしている。

相当忙しいせいか、俺に気づく様子はない。
列に並び、なんでもない客を装った。

「いらっしゃいませ」

ようやく自分の番が回ってきた。
一瞬動揺した娘の様子をみると、やはり俺に気づいていなかったとわかった。

「店内でお召し上がりですか?」
「持ち帰りで」

それから俺はメニュー表をみて、家族みんなの分も選んで注文した。
そして俺はみつけてしまった。
メニュー表の右下に小さく書かれた文字を。

「それと……、スマイルください」

娘は嫌そうな顔をひとつも見せず、屈託のない笑顔をみせてくれた。
可愛いなぁ、と心の中でそう思った。

「ありがとうございました」
「またご利用ください」

家に帰って、注文したそれを妻と食べていると、スマホに通知がきた。

『次スマイル注文したら殺すから』

娘からだった。
あの可愛い笑顔の裏には、明確な殺意が隠れていたのだ。

『ごめん。』と、一応謝っておいた。
……もちろん、忘れた頃に、俺はもう一度頼むつもりだ。

お題:スマイル

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