初心者太郎

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2/8/2026, 6:06:03 AM

—進路相談—

高校二年生。
机上に置かれた進路希望調査表をみつめる。
もう、進路について考えなくちゃいけない時期になってしまった。

「……」

第一志望は進学、第二志望は就職、と記入する。だが、すぐに消しゴムで消した。

「……」

第一志望に就職とだけ、書き直す。
俺の家は、大昔から代々家業を継いできた。
俺にはもう、その道しか残されていない。

「はぁ……」

のしかかってくる責任と重圧、そして決められた未来が、俺の心を押し潰している。
こんなことは誰にも言えないし、ここに書くこともできない。

紙を提出しようと、立ち上がった時、先生が紙をチラリとみて言った。

「——それは、お前が決めた進路か?」

俺は、言葉を返すことができなかった。

お題:どこにも書けないこと

2/7/2026, 1:32:43 AM

—腕時計愛好家—

腕時計は、単に時間を確認する物ではない。
身につけている人の印象を、大きく左右する物である。

そんなところに、俺は惹かれた。

「どれにしようかな」

今日は、大事な商談がある。
俺は派手すぎず、清潔感をみせることができる、セイトーの銀色の腕時計を選んだ。

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「えぇ、こちらこそよろしくね。じゃあ、早速だけど——」

俺の第一印象はいつも通りパーフェクトだ。
問題は、俺の持ち込む企画。それをわかりやすく、簡潔に伝えるだけ。

「——いいね。それでやってみようか」
「ありがとうございます」

俺は丁寧に頭を下げた。

「ところでそれは、セイトーの時計かい?」

彼は、腕を見て言った。

「はい、そうです」
「やっぱり。良い腕時計をしている人間は、仕事もできるんだよ」
「ご冗談はやめてくださいよ」

彼は声を出して笑った。

「でもね、気をつけたほうがいいよ。最近は高級腕時計が盗まれる事件がよく起きているからね」
「はい、気をつけます」

俺は適当に挨拶して、部屋を出た。

「はぁ、疲れた」

仕事を終えて帰宅すると、俺はベッドに身を放り込んだ。
歩き疲れた足を、両手で揉む。

「仕事ができる、か」

自分の発した言葉に、思わず頬が緩む。
良い腕時計を身につけるようになってから、間違いなく自信がついた。

また、新しい腕時計がほしいな——。

部屋の中にあるたくさんの高級腕時計が、俺のことを見つめている。
だが、いくらあっても、その欲求が収まることはない。

もっと俺に似合うものを。
もっと価値のあるものを。

欲が体中を満たし、また俺の体を動かした。

お題:時計の針

2/6/2026, 6:09:44 AM

—伝えられなかった想い—

「じゃあ、元気でね」

駅のホームで、姉は言った。
大学が他県なので、遠くで一人暮らしを始めるそうだ。

「うん。お姉ちゃんも、頑張って」

最後に言いたいのはこんなことじゃない、と心の中の自分がわめいている。

私は、姉が大好きだ。
十も年が離れているのに、私とたくさん遊んでくれた。

電車のドアが閉まった。キャリーケースを持った姉が、こちらを向いて手を振っている。

「ありがとう」

そう言いながら、私も手を振った。
言いたかったのはこんなことでもない、とまた心の中の自分が叫んでいる。

電車はやがて見えなくなった。

行かないでほしかった。
そして何より、さびしい。

姉がいなくなった今になって、ようやく自分の気持ちと涙が溢れ出してきた。

お題:溢れる気持ち

2/5/2026, 12:37:51 AM

—初キス—

家族でドラマや映画を見ている時、キスシーンが出てくると、少し恥ずかしい気持ちになった。
たとえそれが感動するシーンであったとしても、なんとなく目を逸らしてしまっていた。


「今日はいっぱいおいしいもの食べたね」

夕焼けの砂浜。隣で彼女が言う。
今日はデートにきていた。
彼女と付き合ってから、二回目のデート。

「そうだね。特にあの店のソフトクリーム、おいしかったなぁ」

波の音が聞こえてくる。
ひいてはおしてを繰り返し、ザザァと気持ちの良い音を奏でている。

「夕日、きれいだね……」
「うん……」

二人で腰を下ろし、手を繋いで見ていた。

そのはずなのに、気づけば自然とお互いに顔を見合わせていた。
彼女が微笑む。
僕の心臓は、波の音が聞こえなくなるくらいに、激しく音を立てていた。

瞼を閉じ、ゆっくりと顔を近づける。
彼女の甘い香りを、すぐそばで感じた。

僅かな沈黙の後、僕らは唇を離した。

「暑くなっちゃった」と彼女は言った。手をうちわ代わりにパタパタとあおいでいる。

「僕も」

まだ、心臓の音が鳴り止まない。

あんなに目を逸らしていた自分が、今はこの時間を、ずっと覚えていたいと思っている。
それが『恋』なのだと思った。

お題:Kiss

2/4/2026, 6:25:29 AM

—千年の時を超えて語り継がれる物語—

「君が待っているなら、帰ってくる」

彼は、こちらに背を向けて言った。

ここから遠く離れた『いなば』で働くことになった彼を、今とめなければ、離れ離れになってしまう。
だが、私は何も言えなかった。
いや、何も言えるはずがなかった。

戸を引き、彼は出ていった。

『いなば』は、思っているよりも、ずっと遠い。
もう二度と会えないかもしれない。

それでも私は、止めなかった。
私が彼の人生を縛ることはできないのだ。


数日経ち、風を便りに彼の歌が耳に届いた。

『たち別れ
 いなばの山の
 峰に生ふる
 まつとし聞かば
 今帰り来む』

外に生えている松の木を見た。
あの木のように、私は同じ場所にとどまり続けるのみ。

それが『待つ』ということだ。
だから、私はここにいる。
彼が帰ってくる、その日を信じて。

お題:1000年先も

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