—日の出のベンチ—
最近、早朝の公園を走っていると、いつも同じベンチにお爺さんが座っていることに気がついた。
僕は気になって声を掛けてみた。
「朝早いですね」
お爺さんはゆっくりと顔をこちらに向けた。
「君は、毎朝ここでランニングをしている少年かい?」
「はい、そうです。お爺さんは何をしているのですか?」
「朝を見ているんだ」
お爺さんは、東側の空を指差して言った。太陽が昇る方角だ。
「私はね、病気でもう先が長くない。でも、太陽が昇っているあの瞬間を見ると、生きているって感じがするんだ」
お爺さんは穏やかに笑った。
「ランニング頑張れよ」
それから数日後、お爺さんは公園に来なくなった。
僕は今日もランニングを終えて空を見る。
あの人が言っていたことが少しだけわかるような気がした。
お題:明日への光
—人に避けられない方法、募集中—
俺は今、夢を見ている。
遠い遠い高いところから、自分を見下ろしているのだ。
学校の中の様子が鮮明に見える。
ただ廊下を歩いているだけなのに、みんなから避けられている。
「あっ、これ落としましたよ」
側を通った男子生徒が、ハンカチをポケットから落とした。俺はそれを拾って渡した。
「あ、ありがとう——」
ハンカチを受け取ったその男子は、そそくさに逃げ出した。
俺は気にする素振りも見せる事なく、また歩き始める。
避けられる原因はわかっている。金色の頭、鋭い瞳が原因なのだろう。髪色も目も遺伝なんだから仕方ないだろ、と思う。
だが、こんな反応をされることも、また仕方のないことだと思う。
いつものように机で寝たふりをする。
ここで夢は途切れ、布団の中で目を覚ました。
顔を洗いに洗面台に向かう。鏡に向かって笑顔を作ってみた。
「ちょっとはマシに見えるかな」
人から好かれるまではいかなくても、誰かと話せるくらいにはなりたいな、と思う。
今日も一日頑張ろう、と鏡の前で気を引き締めた。
お題:星になる
—人間には見えない繋がり—
「ママ大変だ、ポチがいない!」
夫が額に汗を浮かべている。
どうやら愛犬が脱走したらしい。夫は庭の手入れを、私は二階で洗濯物を干していたので気が付かなかった。
「二手に分かれて探しましょう」
「あぁ、わかった」
急いで玄関を飛び出した。
夫は駅の近く、私は愛犬の散歩コースを探しに行く事にした。
「どこに行ったんだろう」
名前を呼びながら探すも、反応はない。
公園を出て、住宅街に入った。しばらく進むと、遠くから鈴の音が聞こえてくる。それと共に犬の鳴き声。
シャンシャンという音が、徐々に近づいてくる。
「見つけた!」
先程とは別の小さな公園にいた。
ポチは知らない犬と駆け回っている。一緒に遊んでいるように見えた。
「ポチ、帰るよ」
私がポチを抱えて帰ろうとすると、ワンワンと吠え出した。
「どうしたの?」
ポチの目線は、下にいるグレーの子犬に向けられている。寂しいのかな、なんて私は思った。
ふと、少し離れた木の下のダンボールが目に入った。子犬が一匹入る大きさの。
スマホをポケットから出して、電話をかける。
「ポチを見つけたわ。ねぇ、駅の近くにペットショップがあったでしょ?そこで、一本リードを買ってきて欲しいの。……何でって?いいから買ってきて」
私は二匹を連れて、家路に着いた。
どうしてポチはこの子犬に気がついたんだろう。人には見えない何かがあるのかな、なんて頭の中で考えた。
お題:遠い鐘の音
—スノードーム—
雪が降っている。幸いそこまで積もってはいない。僕は雪の上を歩いていた。
何故ここにいるのかは、覚えていない。
「ハルト、雪合戦しようよ!」
一人の青年が駆けてきた。背丈は一七〇センチくらい。
彼は僕の名前を知っているが、僕は誰か分からなかった。目線は僕と同じくらいだから、歳はあまり変わらないだろう、と思う。
「いいよ」
彼をどこかで見たことがあるような気がする。気のせいかもしれないけれど。
僕たちは両手で雪玉を丸め、投げ合った。
「負けないぞ!」
「こっちこそ!」
楽しい。
あれ、前にもこうやって誰かと雪合戦をしたはずだ。だが、思い出せない。
頭が痛い。酷い頭痛がする。
「ねぇ、俺のこと覚えてる?」彼は訊いた。
「分からない……」
「また遊ぼう」その場でうずくまった僕を置いて、謎の青年は消えてしまった。
——
俺は病室でVRゴーグルを外した。仮想空間から帰ってきた。
「リク君、どうですか?ハルト君は何か思い出せそうですか」白衣を着た男性が訊いた。
彼は医師であり、記憶喪失に関しての研究を行っている斉藤さんだ。記憶を失ったハルトのためにサポートしてくれている。
「まだ分かりません」
「そうですか……」
俺たちが育った場所は、毎年よく雪が降る。よく雪合戦して遊んだから、何か思い出してくれるだろうと期待したけれど、そう簡単にはいかないようだ。
「では、もう少し様子を見てみましょう」
「はい、よろしくお願いします」
俺が絶対思い出させてやるからな、そう心の中で呟いた。
お題:スノー
—ピポラの大冒険—
「うぅ、痛たた……」
飛行船の扉を開けて、ピポラはよろよろと外に出た。着陸に失敗し全身に衝撃を受けた。
「ここは……」
ピポラは辺りを見渡した。
田んぼがどこまでも広がり、遠くには背の低い山々が連なっている。空を見上げれば、美しい星空が見えた。
「地球に着いたんだ……!兄さんの言ってた通り、素敵な星だなぁ」
ピポラは兄から話を聞いていた。
どこに行っても景色は綺麗で、この星の住人はみんな親切だ、と。
早速、遠くから住人がやってきた。
「この星の挨拶は……、こんばんは!」
「お前かっ!うちの田んぼを荒らした奴はっ!」
何人かのおじいさんが、鬼の形相で桑やスコップを持ってやって来た。
「話が違うじゃないかっ」
ピポラは飛行船を残して、全速力で逃げ出した。後ろを見ると、飛行船がボコボコに殴られている。
(あれでしか星に帰れないのに!)
涙を浮かべながら、ひたすら遠くまで走り続けた。
こうして、ピポラの旅が思わぬ形で幕を開けた。
果たして無事に故郷へ帰れるのだろうか。——それはまだ、誰にも分からない。
お題:夜空を超えて