—夜のぬくもり—
深夜一時。
終電に揺られ、くたくたになりながら帰宅した。ネクタイを緩め、ジャケットをハンガーにかける。
「今日も疲れた……」
大きく息を吐いた。
ここのところ、こんな毎日が続いている。
『今日もお疲れ様。レンジで温めてね。』
達筆な女文字の書き置きのメモと共に、夕食が置いてある。
今日はハンバーグだ。
夕飯を食べ、風呂に入ると、寝るのは二時を回っていた。
妻と娘を起こさないように、そっとベッドに入った。
「おかえりなさい……」
妻がのそのそと寝返りを打って言った。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。あんまり眠れなかったの」
二人の間で娘がスヤスヤと眠っている。
最近の平日は、起きている娘を見れていない。
「今日もお疲れ様。いつも頑張ってくれてありがとう」
「こちらこそ。マユミがいつも支えてくれるおかげだよ」
僕たちはキスを交わした。
「おやすみ」と言って眠りについた。
今日も六時起き。
それでも、明日を生きる活力が湧いてくる。
この小さなベッドに大切な家族がいるから。
お題:絆
—一等の勇気—
商店街で買い物をすると、福引券を二枚渡された。一緒に買い物にきた、弟と一回ずつ引くことにした。
「くそー、ダメか」
「ドンマイ」
弟は白色を引いた。六等のポケットティッシュだ。
どうせ私も当たらないだろう、と思ってガラガラ回した。
「おめでとうございます! 一等のテーマパークペアチケットです!」
鐘の音と共に、おじさんのどデカい声が商店街に響く。周りにいるお客さんから拍手された。
視線を集めて、若干恥ずかしい。
「姉ちゃんすげえ!」
「たまには、いいこともあるもんだね」
おじさんから二枚のチケットを手渡され、私たちは家路についた。
「姉ちゃん、だれ誘うの?」
弟が興味深々で聞いてくる。
こんなにすごい物がもらえると思っていなかった私は、返答に窮する。
「うーん、どうしよっかな」
パッと思い浮かぶ人は何人かいるが、一人に絞れなかった。
「友達に聞いてみようかな」
私はそう言うと、弟は眉をひそめた。
「それって好きな人と行くやつじゃん。友達じゃなくて、好きな人誘えばいいのに」
「好きな人なんかいないし」
「嘘だね。最近スマホの通知ばっか気にしてんじゃん!」
私には返す言葉がなかった。
実は好きな人はいる。だが、好きな人を誘う勇気が私にはなかった。
「別に違うし……」
「ふうん」
帰ってベッドに寝転がり、考えた。
卒業式まで、あと一ヶ月。彼と進路が違うことはわかっている。
「ふぅ」と小さく息を吐いた。
たまには、勇気を出してみよう。
指をフリックして、文字を打ち込む。
『〇〇のペアチケット当たったんだけど、一緒に行かない?』
震える指で、送信ボタンを押してみた。
お題:たまには
—片想い—
大好きな君に、私は振られた。
いつかは、本当の恋人になれると信じていたのに。ただの体の関係で終わってしまった。
所詮、セフレに過ぎなかったのだ。
——俺、彼女できたから。
君の優しい声が頭の中に響く。
ついさっき、いつもと変わらない柔らかい笑顔で、そう告げられた。
「なんでよ……」
家に帰る気分にもなれなくて、路地裏で膝を抱えて座り込む。
コンビニで買った瓶酒を片手に、涙が溢れてくる。今晩はアルコールで全て忘れたい。
「ミサ、大丈夫か……?」男の声がした。
「うん……、誰よ……」
視界がぼやけて、目の前にいるのが誰かわからない。
その人は、私の体を抱えてどこかへ歩き出した。どうにでもなれ、という思いで体を委ねた。
——
俺は味噌汁を温めた。
昨晩、家に連れ込んだ君がいつ起きても良いように。
「あれ……、私、どうしてサトシの家に」
ベッドの方をみると、ミサが体を起こしていた。二日酔いのせいか、頭を抑えている。
俺は味噌汁をよそったお椀を君に差し出した。
「味噌汁飲め。少しは楽になるぞ」
「ありがとう……」
君は、ホッと息を吐く。
——どうして私を愛してくれなかったの?
——どうして誰も私を愛してくれないの?
昨晩の悲痛な叫びが、頭の中に響く。
「振られたんだってな」
「そう……。私、言っちゃったか」
君は一度小さく頷く。「うん」
「何か俺にできることがあったら言えよ」
「いつもありがとう。——またいい人見つかるかな……」
愛してくれる人なら側にいるじゃないか。
そう言いたい。
けれど君は、きっと俺を友達としてしか見ていない。
大好きな君に、幸せでいてほしい。
だから今日も、俺は君を支える。
「きっと見つかるよ」
俺は笑顔でそう言った。
お題:大好きな君に
—ひなまつりの願い—
もうすぐ、ひなまつり。
家で雛人形を飾っていると、昔のことを思い出す。
「お母さん! どうしてうちはこんなに小さいの?」
一段の雛飾りを指差して、私は言う。
友達の家には、十二段もある、綺麗なお雛様が飾られていた。
「ごめんなさいね。うちはこれが精一杯なのよ」
母は苦い笑みを見せる。
うちは母子家庭だ。家計が苦しいことは、当時の私にもわかっていた。
「そうなんだ……」
「あんまり悲しい顔をしないでちょうだい。それでもお母さんは、あなたが幸せになれるように願っているから」
「うん……」
そして、母が本当に私を大事に想ってくれていることもわかっていた。
「うーん、そうねぇ」
母は思案顔になると、折り紙を一枚取り出した。何かを思い出しながら、折り始めた。
「何を作ってるの?」
私がそう訊いても、集中しているせいで答えてくれない。
「できた!」
「すごい!」
母は、雛人形を折り紙で作ってくれた。
「私も作る! どうやって作るの?」
そうやって私たちは、十一段分の雛人形を作った。雛壇はなかったけれど、作った雛人形は全て飾った。
母との懐かしい思い出だ。
「お母さん! 私も手伝う!」
大きな声が背中から聞こえる。振り返ると、娘が笑っていた。
今、こうやって幸せに暮らせているのは、母のおかげだと私は思う。
ひなまつりは、お雛様の大きさじゃない。
大切なのは、そこに込められた『想い』の大きさなのだ。
お題:ひなまつり
—光芒の絆—
「ずらかるぞ」
兄が言った。
戸締りを確認してから、家を出る。
俺たちは盗みが上手くなってきた。自己紹介で特技として言えるくらいだろう。
確実に、手際が良くなっている。
黒の軽に乗り込む。
「今回も楽勝だな」
兄がハンドルを握りながら得意げに言う。
「さすがに死体が転がってたのは、びっくりしたけどね」
今回忍び込んだ民家は、高齢者の一人暮らしだった。他に誰もいないせいで、亡くなったことにも気づかないのだろう。
「データ通りだったわけだ」
「まあね。そんなことより、もっと飛ばせないのか」
「あぁ、わかってるよ」
一ヶ月前、両親が失踪した。
理由はわからない。だが、直前に両親の様子がおかしいことには気づいていた。
きっと何か怪しいことをしていたんだ——。
取り残された俺たち兄弟は、自分たちだけで生きるしかなくなった。
そうして、俺たちは盗みを始めた。
「きっとあいつ腹空かせてるだろうな」
「そうだな。何かおいしいもん食わせてやんないと」
そんな絶望的な状況の中、どうして俺たち兄弟は必死に生きようとするのか。
「ただいま」と二人で家の中に声をかける。
「お兄ちゃんたち遅い!」
長女のハナが叫んだ。ぷんぷん怒っている。
彼女はまだ小学生になったばかりだ。
「ごめんごめん。買い物行ってたら遅くなっちゃった」
「はい、いちごキャンディ」
妹がパッと明るくなる。
「宿題はしたのか?」俺は訊いてみる。
「キャンディ食べたらするもん」
高三の兄、中三の俺。
俺たち二人が、ちゃんと働けるようになるまで金を稼がなくちゃならない。
大切な妹を立派な大人に育てる。
たった一つの希望を胸に抱いて——。
お題:たった1つの希望