初心者太郎

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2/4/2026, 6:25:29 AM

—千年の時を超えて語り継がれる物語—

「君が待っているなら、帰ってくる」

彼は、こちらに背を向けて言った。

ここから遠く離れた『いなば』で働くことになった彼を、今とめなければ、離れ離れになってしまう。
だが、私は何も言えなかった。
いや、何も言えるはずがなかった。

戸を引き、彼は出ていった。

『いなば』は、思っているよりも、ずっと遠い。
もう二度と会えないかもしれない。

それでも私は、止めなかった。
私が彼の人生を縛ることはできないのだ。


数日経ち、風を便りに彼の歌が耳に届いた。

『たち別れ
 いなばの山の
 峰に生ふる
 まつとし聞かば
 今帰り来む』

外に生えている松の木を見た。
あの木のように、私は同じ場所にとどまり続けるのみ。

それが『待つ』ということだ。
だから、私はここにいる。
彼が帰ってくる、その日を信じて。

お題:1000年先も

——

在原行平(ありわらのゆきひら)が、詠んだ歌です。女性視点で描いてみました。

2/3/2026, 12:32:06 AM

—名のない記憶—

外の景色をぼんやり眺めていると、誰かがノックした。白い戸を引いて、女性が入ってきた。

色白の肌に、体の線が細い人だ。今日は珍しく、長い黒髪を後ろで一つに束ねている。

「こんにちは」と女性は言った。
「こんにちは」と俺も返した。

彼女は、ほぼ毎日この病室にやってくる。だが、この女性が何者なのかはほとんど知らない。

彼女は、ベッドの隣にある、丸椅子に腰を下ろした。

「今日は、学校はないんですか?」

毎回色々と話していくうちに、彼女は近くの高校に通っているということを知った。

「今日からテスト期間に入ったから、早く学校が終わるんだ」

彼女は穏やかに微笑んだ。

「それなら、ここにいる場合じゃないんじゃないですか」
「別にいいの。——そうだ。今日はりんごを持ってきたんだ。剥いてあげる」

そう言って立ち上がると、長い髪が舞った。
俺は、髪を留めているゴムに目がいった。

「その花……」
「え?」

青い花弁に、黄色い瞳がこちらを見ているような花。

「昔、家の近くにその花がたくさん咲いている場所があったんです」
「……」
「友達と一緒に何回も、その花を摘みに行ったのを思い出しました」
「……仲が良い友達だったのね」
「さぁ……。もしかしたら、そうだったかもしれません」
「それも、思い出せると良いね」

彼女は最後にそう言うと、包丁で黙々とリンゴを剥き始めた。

あの花の名前は何だったっけ——。
思い出そうとしても、それすらも、俺は思い出せなかった。

お題:勿忘草(わすれなぐさ)

2/2/2026, 1:53:25 AM

—晴れの方角—

「『靴飛ばし』しようよ」と彼女が言った。
「いいよ」

それは、ブランコに乗ってどちらが遠くまで靴を飛ばせるか、というゲームだ。
昔、俺たちが大好きな遊びだった。

「じゃあ、まずは私からね」

彼女は大きく勢いをつけて、ブランコを漕ぎ始める。あっという間に、それが描く弧は大きくなった。

「えいっ」

オレンジ色のサンダルが遠くまで飛んでいった。彼女は片足でそれを追いかけた。

「次、あなたの番よ」

彼女は振り返り、こっちを見て言った。

「うん」

俺も負けないように、力を入れて漕いだ。
風を正面から強く浴びて気持ちいい。

この公園まで足を運んできた『嫌な理由』も忘れられるようだった。

「とりゃあ」
「すごっ!」

黒い革靴が宙を舞った。
彼女のよりも、自分が子供の時よりも、ずっと遠い場所に着地した。

「私の負けかぁ。やっぱり強いなぁ」

俺はしばらくブランコに揺れていた。
懐かしい思い出に、胸が温かくなっていた。

「俺さ……」と呟いた。
「うん」
「『新しい場所』で頑張ってみようかな」
「それがいいよ」彼女は静かな声で言った。

俺は片足で立ち上がり、よれたスーツを着直した。靴の方までジャンプしながら進んだ。

「でも、また辛くなったら戻ってきなよ」
「わかった」

革靴の向きは『晴れ』だった。
俺は、足を入れて靴紐をきつく結んだ。

お題:ブランコ

2/1/2026, 9:32:59 AM

—山頂の証明—

今日は山登りに来ていた。
頑健な登山服に身を包み、妻と二人で。

そして、長い旅路の果てに、私たちは山頂に辿りついた。

「わぁ……」

彼女は目を輝かせた。隣で私も息を呑んだ。

私たちは、雲の上にいた。
やや赤み掛かった靄の上には、幾つか輝く星が見える。
何よりも、肌で感じる空気が澄んでいて、心地いい。

「子供たちに自慢できるね」

彼女はにっこりとして言った。
私は高校で数学の教師をしている。妻はそのことを言っているのだ。

「あぁ」

私たちは手を握り合った。

「もう少し、ここにいたいな」妻が言った。

険しい道のりを歩き切ったこと。痛みや疲労に耐えてきたこと。二人で切磋琢磨しながらここまで来れたこと。

様々な要因が密接に絡め合い、ここからの景色は、より輝いてみえる。

それは、答えに至る過程の全てが意味を持つ、証明問題のようだった。

お題:旅路の果てに

1/31/2026, 2:08:05 AM

—誕生日プレゼント—

お昼休みに友人と話しながら昼食をとっていると、偶然男子たちの会話が耳に入ってきた。

「そういえば明日、涼介誕生日じゃん」
「めっちゃ忘れてた。明日、菓子パでも開くか」
「別にいいよ」

涼介君が苦笑いしていった。
こうして私は偶然、明日が好きな人の誕生日であることを知ってしまったのだ。

皆が眠りについた夜の時間。
だから私は、料理をしている。渡せるかもわからないお菓子を黙々と作っていた。

「ちょっと苦いけど、おいしい」

赤いプラスチックの袋にガトーショコラを詰め込んだ。

そして次の日。
朝、いつもと同じように席に向かう。

「誕生日、おめでとう」

涼介の周りで、いつものメンツがそう声をかけている。
私も素知らぬ顔で、彼におめでとうと声をかけた。でも周りに男子が群がっているせいで、プレゼントは渡しづらい。

時は流れ、昼休み。
昨日の会話通り、お菓子パーティが開催していた。
チャンスは一向に訪れない。

気づけば帰りのホームルームになっていた。
私は正直諦めていた。
家で美味しく食べようと、そう思っていた。

「プレゼントは渡せたの?」

部室に向かう時、優菜が訊いてきた。
私はかぶりを振った。

「勇気が出なかった」苦笑いして見せた。

バスケ部の練習を終え、ついに一日を終えてしまった。

「じゃあね、また明日ー」

チームメイトたちと挨拶して、部室を出た。皆は駅の方に向かい、私は駐輪場に向かう。

「あれ、どうしたの」

グラウンドの近くを通ったときに、偶然涼介と出会した。

「血が出たから洗おうと思って」

膝から、血が流れていた。彼はサッカー部だからスライディングでもしたんだろう。

「痛そう。……これあげるよ」

私は赤い袋を手渡した。

「こういうのって普通、絆創膏をくれるんじゃないのか」
「持ってないんだから、しょうがないじゃない。カカオが多いから貧血予防になるわよ」
「まぁ、ありがとう」

彼は釈然としない顔で袋を開けた。

「うまい!どこで買ったの、これ」
「私が作ったんだ」
「へぇ、料理上手なんだな。美味しかったよ、ありがとう」
「そう……、また明日」

駐輪場に着くと、私は大きく息を吐いた。
長い緊張が解けたようだった。

ウキウキの気分で、自転車を漕ぎ始めた。
ペダルを踏み込む度に、彼の声が頭の中に響いていた。

お題:あなたに届けたい

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