—海底の子守唄—
海の底には、文明がある。
数々の魚やタコ、イカ、さらには人魚もそこに住処をつくり、暮らしている。
「まさか、海底に文明があったなんて……」
深海生物の研究中、ある男が石でつまれた階段と、規則正しく並ぶ貝の灯りを見つけた。
近くから、美しい歌声が聴こえる。男はその方へ潜っていった。
「人魚⁈」
歌声の持ち主は、人魚だった。
「あら、ここに人が来るなんて珍しいわね」
「……どうも」
人魚は驚いた様子もなく、にっこりと微笑んだ。
「ゆっくりしていってくださいね」
その後も人魚は歌い続けた。研究に来ていた男は、目的を忘れて聞き続けた。
彼女の歌声は、まるで子守唄のように、優しく安心するものだった。
「そろそろ、戻らなくちゃな。素敵な歌をありがとう」男が言った。
人魚は何も言わず、ただ歌い続ける。
男が上へ上がろうとした時、体が動かないことに気がついた。
タコとイカの足が、男の両足を掴んでいたのだ。
「離せ、離せ!」
男は必死に振り解こうとするも、びくとも動かない。
しばらく時間が経ち、男は息ができなくなって抵抗をやめた。体が沈んでいく。
歌が、ふっと止んだ。
人魚は合図を上げた。
影に隠れていた数々の魚は姿を現し、歓声を上げた。
その時、海の底は震えるほど盛り上がった。
そして、また人魚は歌い出す。
新たな客を迎えるために——。
お題:海の底
—不良の改心—
「連絡先、交換してくれないか」
俺は、一目惚れした。
単車で友人の高校に乗り込んだ時に、近くを歩いていた女子高生に心を奪われた。
すぐそばにある、お嬢様学校の生徒らしい。
「あなたみたいに、バイク乗り回して遊び呆けているようなバカとは、一緒にいたくもないわ」
長い黒髪をなびかせ、そのまま歩いていってしまった。何かひどいことを言われたような気がするが、全く気にならない。
それくらい、既に惚れていた。
「リク、俺、勉強する」
「アニキ、本気っすか?」
後ろに乗っている陸は怪訝な表情を見せた。
「走り屋やめて、頭良くなれば、あの子は一緒にいてくれると言ったんだ」
「そんなことは言ってないと思うっす……」
「今まで世話になったな」
その夜、これから勉強を頑張り、大学に行きたいということを両親に相談した。
「やっと気づいてくれたか……!」
「お金はいくらでも出すから、勉強、頑張りなさい!」
父は何度も頷き、母は赤飯の話をし始めた。
今まで両親の気持ちを考えていなかったせいで、初めてそれを知ることができた。
とりあえず、押し入れにあった小学校の教科書を引っ張り出した。
「頭良くなってやる。待ってろよ」
昼間に会った、名前も知らないあの女子を頭に浮かべる。
『目指せ、東大!』と書かれた鉢巻を頭に巻き、机に向かった。
お題:君に会いたくて
—最後の一ページ—
幼稚園からの親友が亡くなった。
交通事故に遭ったらしい。
お互い別の高校に進学したから、最近は疎遠になっていたけれど、ひどく悲しかった。
線香をあげた後、「しんごの部屋、見ていってもいいよ」と言われて、俺は慎吾の部屋にきた。
昔は、よく二人でここでゲームしたのを覚えている。
懐かしいな、と俺は思った。
「あれ、なんだろう……」
本棚には、たくさんの漫画が並んでいる。
そこに一冊、漫画ではない茶色い革の背表紙が混じっていた。
「しんご、日記つけていたのか」
ぺらぺらとめくってみると、俺の知らない高校でのエピソードが書かれている。
友人のこととか、テニス部のこととか、好きな人のこととか。
「なんだよ、これ……」
幾つもの青春に紛れた、最後の一ページ。
そこにはこう書かれていた。
『僕はもうすぐ殺されるかもしれない』
俺は、静かに日記を閉じた。
事故死、と警察は結論を出した。
だが、それが、急に信じられなくなってしまった。
お題:閉ざされた日記
—木枯らしヘア—
木枯らしが吹きつけてきた。
それを正面から受け、隣で歩いている彼女と一緒に、髪を持ち上げられた。
「せっかく髪の毛セットしてきたのに……」
彼女はそう言い、そばの店の壁を鏡代わりにして、前髪を整えた。
「そんな整えても、また風に吹かれるよ」
「そうだけど……」
彼女の視線は、僕の頭に向けられた。
「あなたはもっと気にした方がいいと思うよ」
「え?」
彼女は、今にも吹きだしそうになっている。
彼女にならって自分の髪を見てみると、髪が前に立っていた。
まるでドラえもんに出てくる、あのキャラのようだ。
「顔、近づけて」
彼女にそう言われて、近づけると、髪を分けられた。いつも髪を下ろしている僕は、なんだか落ち着かなかった。
「うん、似合ってるじゃん」
「そうかな」
彼女がそういうのだから間違いない。
しかし、安心していると、また木枯らしに吹きつけられた。
さっきと同じように、容赦なく髪が立つ。
「前見て」
彼女は、スマホで自撮りをした。
二人とも前髪が立てられたツーショットが撮れた。
僕たちは、顔を見合わせて笑った。
お題:木枯らし
—完璧なプロポーズ—
綺麗な夜景がみえるイタリアンレストラン。
今は、コントルノの『季節野菜のグリル』を食べ終えたところだ。
彼女の好きなダリアの花束を用意し、彼女に伝える言葉は、何度も何度も練習した。
そして、背広の内ポケットには、メレダイヤをあしらった指輪が潜んでいる。
我ながら、美しいほどに完璧なプロポーズだと思った。
「僕は、君のことを必ず幸せにしてみせる。その準備も覚悟も全てできてる。だから、君のそばに居させて欲しい。僕と結婚してください」
映画に出る俳優のように堂々として言い、ケースを開いて掲げた。
「ちょっと待って……。すごい準備してくれたのはわかるんだけどさ……」
彼女は顔を赤らめ、僕の目を見て言った。
「私は、いつものあなたがいいな」
「……あの、今のはなかったことにしていい?」
彼女は頷いた。
そして、二度目のプロポーズに入った。
「僕は春菜のことが好きで、これからもずっと一緒にいたい。僕と結婚してください!」
彼女は少し笑って、小さく息を吸い込んだ。
「はい」
小数点まで合わせた指輪は、彼女の指にぴったりとはまった。
窓の外は、さっきよりも少し、夜景が輝いて見えるような気がした。
お題:美しい