—海底の子守唄—
海の底には、文明がある。
数々の魚やタコ、イカ、さらには人魚もそこに住処をつくり、暮らしている。
「まさか、海底に文明があったなんて……」
深海生物の研究中、ある男が石でつまれた階段と、規則正しく並ぶ貝の灯りを見つけた。
近くから、美しい歌声が聴こえる。男はその方へ潜っていった。
「人魚⁈」
歌声の持ち主は、人魚だった。
「あら、ここに人が来るなんて珍しいわね」
「……どうも」
人魚は驚いた様子もなく、にっこりと微笑んだ。
「ゆっくりしていってくださいね」
その後も人魚は歌い続けた。研究に来ていた男は、目的を忘れて聞き続けた。
彼女の歌声は、まるで子守唄のように、優しく安心するものだった。
「そろそろ、戻らなくちゃな。素敵な歌をありがとう」男が言った。
人魚は何も言わず、ただ歌い続ける。
男が上へ上がろうとした時、体が動かないことに気がついた。
タコとイカの足が、男の両足を掴んでいたのだ。
「離せ、離せ!」
男は必死に振り解こうとするも、びくとも動かない。
しばらく時間が経ち、男は息ができなくなって抵抗をやめた。体が沈んでいく。
歌が、ふっと止んだ。
人魚は合図を上げた。
影に隠れていた数々の魚は姿を現し、歓声を上げた。
その時、海の底は震えるほど盛り上がった。
そして、また人魚は歌い出す。
新たな客を迎えるために——。
お題:海の底
1/21/2026, 5:12:50 AM