—イブの奇跡は踊り出す—
今日はクリスマスイブだから、街がイルミネーションで煌びやかだ。歩いていて楽しい。
「ねぇ、大丈夫?」
だが、楽しいのは私だけかもしれない。隣にいる彼は、なぜか浮かない表情をしている。
「……何ともないよ」
彼はそう言うけれど、明らかにいつもと様子が違った。最近、仕事で忙しかったから疲れているんじゃないか、と思った。
彼のことを気にかけていた時、突然イルミネーションが金色に光り、愉快な音楽が流れた。
その音楽に合わせるように、数人のダンサーが道の真ん中で踊り出した。
「見て!」
私は彼に言った。彼の目も釘付けになった。プロのようなダンスに、私も夢中になった。
それは、周りにいるたくさんの人を、次々に巻き込んでいった。
何のイベントだろう、たまたま立ち会えて良かった、と私は思った。
うっとり見ていると、隣にいた彼もダンスに加わった。そしてダンサー全員が私の方を見て踊りはじめた。
(これってもしかして……)
私は察した。
彼があんな表情をしていたのは、きっと緊張のせいだったのだ。そしてこれは……。
音楽が止み、彼は誰かから花束を受け取る。他のダンサーはレッドカーペットをひいて、道の両端でしゃがんだ。彼が私に向かって歩いてくる。
「今日は伝えたい事があります」マイクを持って彼が言った。
私は溢れる涙を拭った。
「僕と結婚してください!」
彼は片膝をついて箱を開き、指輪を見せた。
「はい!」私は一度大きく頷いた。
私達が抱き合うと、街が歓声に包まれた。
涙のせいで街が余計にきらめいて見えた。
お題:きらめく街並み
—うまくいきますように!—
『おはようございます。最近おかし食べすぎです。おかしの量をへらしましょう。』
今日も手紙が来た。
差し出し人は『未来のあなた』とある。
数日前から一日に一通ずつ、ポストに入れられている。
「お母さん、どうしたの?」ランドセルを背負った息子が訊いてきた。
「またポストに入ってたのよ」
息子に手紙を渡した。
手紙の内容は、私の生活態度を戒めるものばかり。特に食事面の注意が多い。
「未来のお母さんは、見てくれてるんだね」
嬉しそうに息子は言った。
その言葉から、お菓子を食べ過ぎだと息子にも思われていた事が分かった。
もっと健康的な生活をしよう、と思った。
——
学校から帰ってきた。お母さんはまだ仕事だ。
お母さんが帰ってくるまでに、僕にはやらなくちゃいけない事がある。
「明日の手紙には何を書こうかな……」
パソコンの前で頭を悩ませた。
僕が手紙を書き始めたのには理由がある。
「今度こそ、ダイエットを成功させるわ!」
これは、数日前にお母さんが言っていたことだ。実は前回のダイエットは、全然長続きしなかった。僕が途中で何回も注意してもダメだった。
それなら、未来のお母さんに注意してもらおう。そう考えたのだ。
「今回のダイエットは成功しますように」
僕は静かに願いを込めた。
そして、手紙を完成させた。プリンターから紙を取る。
『おはようございます。野菜を食べる量を少し増やしましょう。』
お題:秘密の手紙
—こたつ—
こたつに潜り込みながら、耳を澄ます。
雪を踏む足音、それから近所の小学生達が雪合戦をする声。寒いのに随分と元気な声が聞こえる。
「あったかいね、ユキ」
私は一緒に寝ている飼い猫に言った。
童謡にもあるように、冬は『ネコはこたつで丸くなる』のだ。
小学生の頃は、この時期も外で遊んでいた。年をとってからは、こたつでずっとこうしていたいと思うようになった。『年をとって』ってまだ高校生だけど。
そんな至福の時間を邪魔するように、ドタドタと足音が近づいてくる。
「うわっ!」私とユキは驚いた。こたつの毛布を突然めくられたのだ。寒い。
「あんた、いつまでゴロゴロしてるの!」
母が来た。
渋々、私はこたつから出て自分の部屋に向かった。ユキはまたこたつで丸くなった。
「ユキ、ちょっと入るね」母が言った。
その言葉を聞いて、私は踵を返し、こたつの中に入った。
当然、場所の取り合いになる。
「おうおう、騒がしいな」父もやってきた。
こうして始まる、我が家の恒例行事。
名付けるなら『こたつ争奪戦』
あぁ、冬だなぁと私は思った。
お題:冬の足音
—ぬいぐるみから見えるもの—
最近、外出している間に知らない誰かが家の中に入っている。それに気がついたのは、私の下着が毎日一着ずつなくなっていたからだ。
「ナナリンさん、大丈夫です。必ず私達が犯人を捕まえてみせます」警察官が言った。
「ありがとうございます」
『ナナリン』は私がファンから呼ばれている愛称だ。偶然、対応していただいた警察官が私のファンだった。
「では、決行日は明日ですね」
「はい、よろしくお願いします」
私は頭を下げて、警察署を後にした。
警察官と、ある作戦を立てた。それを確実に成功させるには、いつもと変わらない立ち振る舞いを犯人に見せなければならない。
「ただいま」誰もいない家の中に声をかける。
リビングまで進むと、クマのぬいぐるみが座っているのが見えた。数日前に事務所に届いていたファンからの贈り物だ。
あれを家の中に置いてから事件は始まったのだ。きっとあの中に監視カメラが仕込まれているのだろう。
少し仮眠をとり、起きた後、私はある細工をした。
——
朝、ナナリンが家を出たことを確認して、いつものように僕は来た。ピッキングでドアを開け、中に入る。
「やっぱりいい匂いだなぁ」
玄関を入って左手に進むと、浴室がある。僕はそこまで足を運んだ。そしてカゴから下着を漁り、一着手にする。
そのままリビングまで進んだ。扉を開けると、僕は何者かに後ろから床に叩きつけられた。
「犯人確保!」
待ち伏せしていた何人かの警察官がいた。そしてその後ろからナナリンも姿を現した。
「なんでここに……?」
床に押さえつけられ、息が苦しい。だが、なんとか力を振り絞り、僕が贈ったぬいぐるみの方を見た。
「スマホ……?」
ぬいぐるみの前に、スマホスタンドが立てられていて、スマホが横向きに置いてある。
そして理解した。
僕は映像を見せられていたんだと。画角が少し変わっていたのは、そういうことだったのか。
——
私はホッと息をついた。
犯人はパトカーで連れて行かれ、事件は幕を閉じた。ひどく疲れた。
もうこんな目には遭いたくない。セキュリティの高い場所に引っ越そう。
私はそう決めた。
お題:贈り物の中身
—凍てつく星々に囲まれて—
大学は冬休みに入り、彼女と北海道までスキー旅行に来ている。
「そうそう、上手くなってきたじゃん」彼女に褒められた。
「なんかコツを掴んできたかも。ここまで教えてくれてありがとう」
一時間ほど、彼女に付きっきりでスキーを教えてもらっていた。
最初は立つだけでも難しかったのに、今は初心者用のコースを滑れるくらいまで成長した。
「もうちょっと上まで行ってみる?」
「うん、頑張ってみる」
少し怖いけれど、ここまで練習した成果を彼女に見せたかった。
二人でリフトの列に並ぶ。係員の誘導で僕たちはリフトに腰掛けた。
日は沈み、空は暗い。白いライトがスキー場を明るく照らしていた。
「ここまで付き合わせちゃってごめんね」
「全然いいよ。転んでる姿、面白かったし」
彼女はそう言い、笑みを浮かべた。
徐々に上がっていくと、空気中に浮かぶ小さな何かが輝き始めた。
僕たちはゴーグルを額まで上げた。
「綺麗」二人で思わず口にした。
ダイヤモンドダストを見るのは生まれて初めてだった。スキー経験者の彼女も初めてらしい。
その雰囲気のせいか、前のリフトに乗ったカップルは唇を合わせている。
「ねぇ」彼女は言った。
横を見ると、口元を隠していたネックウォーマーを首元までずらしていた。彼女の頬が紅く染まって見える。
僕は息を吸って目を閉じ、ゆっくりと顔を近づけた。
お題:凍てつく星空