初心者太郎

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12/1/2025, 4:46:00 AM

—咄嗟に出た言い訳—

古文の授業中、隣から机を叩かれて一枚の紙を渡された。先生に気づかれないように、前を見ながら手を伸ばして紙を受け取る。

その紙には、たくさんの絵が描かれていた。
しりとりの『り』から始まり、りんご、ゴマというふうに続いている。
そう、僕たちは絵しりとりをしている。一緒にやっているのは、隣の席の青木だけだが。

紙を見ると、青木の絵が下手で、何を描いているのか分からない。

(コレなんだよ)

先生の目を盗み、ジェスチャーで伝える。青木は『見れば分かるだろ』という目を向けてくる。

「そこ、授業中に何してるんだ」

先生の声が教室に響いた。
皆の視線が僕の元に集まる。先生はつかつかと近寄り、紙をとった。

「なんだこれ?」
「今日の授業の『竹取物語』を、絵で表現してみました」

流石に無理のある言い訳だな、と話しながら思った。

「このりんごとかゴマは……」
「かぐや姫が好きそうだなと思って、描いてみました」

先生は大きく何度か頷いた。

「なるほど、おもしろい。登場人物になりきって想像することは、作品を理解するために大切なことです。これからも励みなさい」
「はい!」

先生は黒板の方に戻って行った。
この先生はバカか、と心の中で呟いた。隣の青木は笑いを堪えるのに必死だった。

お題:君と紡ぐ物語

11/30/2025, 7:34:21 AM

—亡国の騎士—

「ノルディアという名前を聞いたことはあるか」

裏路地を歩いていた二人の男に問いかけた。

「ノルディア……、どこかで聞いたことがある。お前何か知らないか?」男が隣の男に聞いた。

「うーん。昔滅んだ国が、確かそんな名前だったような気がするが」
「昔か……」

二十年前『ノルディア』という国は、多国からの侵略により滅ぼされた。
時が経ち、人々からは徐々に忘れ去られているようだと分かった。
拳を握りしめる。

「ところでお前さん、見たところ外から来た人間のようだが、どこからやってきたんだ?」
「ノルディアからだ」

そう言い、二人の首を剣で斬り落とした。

俺は、あの戦争の唯一の生き残り。憎悪で心を燃やし、地の底から這い上がってここまできた。

俺にできることは一つしかない。
また『ノルディア』の名を、全世界に響かせる。
それが死んだ皆のためにできる、唯一の恩返しだ。

「まずはアストレイアからだ」

剣を鞘に納め、俺は歩き出した。

お題:失われた響き

11/29/2025, 2:01:12 AM

—霜降る朝の教室で—

通勤中、小学校に植えられている草木に霜が降りていた。最低気温が一度と天気予報で言っていたのを思い出した。

職員室で朝の授業準備を終え、教室で子どもたちを待つ。

「おはようございますっ!」

一番乗りで走ってきた男の子に、私も挨拶を返す。

それに続いて教室へ次々と子どもたちが入ってくる。教卓の下に置かれた椅子に座って、みんなを見ていた。

みんな元気そうだ。

実は最近まで、インフルエンザが原因で学級閉鎖になっていた。それが嘘のように今は活気を取り戻した。

「先生見てください!」教室内にいた男子が声を上げた。

教室の後ろの扉から、五人の子が一人の男子を囲むようにやってきた。

「今日もユキト、半袖短パンです!」

私は頷いて返した。
彼は寒さに強い子どもだ。一年中あの格好をしている。
だが、周りに人が集まるのはそれだけが理由じゃない。

教室内にいた全員が手を止め、男女問わずユキト君の元へ駆け寄る。彼の体に手を触れようと、ぎゅうぎゅうに寄せ合っている。

彼は寒さに強いだけでなく、カイロのように温かいらしい。
私は必死に子どもたちを引き剥がし、朝の支度をするよう促す。

私はこのクラスでインフルエンザが流行した理由を、コレだと睨んでいる。
しかし、ユキト君は一度も学校を休んでいない。本当に無敵だと思う。

そんな彼の体質が、私は正直羨ましい。

お題:霜降る朝

11/28/2025, 5:33:59 AM

—空に放つ声—

登山ガイドを務めて三十年。
珍しいことに今回のクライアントは若い女性一人だ。しかも登山経験はないのに、難易度の高いコースを選択している。

「もうすぐ頂上に到達しますよ」
「はい」

最初は心配だったが、無事に頂上までたどりつくことができそうだ。女性は華奢な身体だが、登山の疲れを全く見せなかった。
ゴツゴツした山道を、一歩一歩踏み締めて歩く。

山頂への到達、これが登山の醍醐味だと私は思う。彼女は初めての経験で、どんな反応をするだろうか。

標高が書かれた看板を通過した。ようやく山頂に到達だ。

「お疲れ様でした。山頂に到着です。どうでしたか、初めての登山は」
「思っていたよりも楽しかったです。良い気分転換になりました」

彼女はそう言ったが、表情に変化はなかった。無表情で、どこか暗い表情だった。

「ちょっと叫んできていいですか?」彼女は表情を変えず聞いた。
「もちろんです」

山頂の一角に立って、スゥっと息を吸い込んだ。

そして「マサキ死ねぇー!」と大きな声で叫んだ。

周りの登山客の視線が一斉に彼女に集まる。私も思わず目を見開いた。
清々しい顔で戻ってきた彼女に、私は尋ねた。

「あのう、マサキって……」
「私の元彼です。あー、叫んだらスッキリしました」

彼女の固い表情は崩れて、柔らかくなっていた。良い顔をしているな、と思った。

「本当に今日は来てよかった。また山を登りに来ますね」彼女は笑みを浮かべて言った。
「是非、また来てください」

自然と胸が温かくなった。

お題:心の深呼吸

11/27/2025, 3:43:31 AM

—右手首の赤—

『運命の赤い糸』の言い伝えがある。
運命の相手と見えない赤い糸で結ばれており、いつか必ず結ばれるというアレだ。

だが、私は小さい頃からその赤い糸が見えている。右手首に結ばれた赤い糸は伸びて、幼馴染のソウシの右手首と繋がっていた。

私は別の男子が好きだったし、年を重ねるごとに段々と赤色が薄くなっていったから、信じていなかった。


「待ち合わせは渋谷のハチ公前か」

今日はマッチングアプリで知り合った男性とご飯に行く。社会人になってから出会いは減り、いよいよ生涯独身の危機を感じたからアプリをインストールした。

渋谷駅の改札を抜けて、人混みを掻き分けて地上に出る。
赤い糸は次第に濃くなっていく。

「あっ、見つけた」彼の元に駆け寄る。「すみません、お待たせしました」
「えっ」彼は驚いた表情を見せた。「ミナじゃん」

私は目をよく凝らして見た。その顔は幼馴染のソウシだった。気が付かなかった。
不意に右手首を見ると、真っ赤に染まっていることに気がついた。

「おまえ、写真盛りすぎだろ」
「そういうあんたも人の事言えないでしょ」

本当にこんなやつと結ばれるのだろうか。
絶対にいやだ、と心の中で毒づいた。

お題:時を繋ぐ糸

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