—作戦失敗—
学校に桜の木が多く植えてあるせいで、学校の周りには、枯れ葉がよく落ちていた。
俺の所属するサッカー部は、いつも朝練前にここを清掃する。地域貢献活動の一貫らしい。
「今日の掃除も長引きそうだな」
幸太はニヤニヤしながら言った。
実は掃除の時間が長ければ、この後に行われる朝の走り込みが短くなるのだ。皆にとって、それが一番嬉しかった。
「みんなゆっくりやれよー」蒼が皆に向けて言った。
教室に居なければいけない時間まで、あと一時間十分。俺たちは、四十五分かけて掃除した。
落ち葉を詰めたゴミ袋をきっちり処分すると、顧問の山岸先生の元に、皆で戻った。
「綺麗にできたか?」
先生の言葉に「はい!」と元気よく返事する。
「時間もないし、今日の朝は自主練にする。各自でしっかり練習するように」
また返事をして、今度は心の中でガッツポーズをした。
そのまま解散するかと思われたが「あと、午後の練習のことで伝えることがある」という始まりから恐ろしいことを告げられた。
「これから朝ランを午後に回すことにした。やっぱりこの時期は、落ち葉が多いから掃除が長引いてしまって、最近は走り込みが足りていない。春大会に向けて体力つけるためにも、皆、頑張ろう。じゃあ解散」
皆の返事は、小さく、そして重かった。
お題:落ち葉の道
—飼い犬の密告—
「ちょっと待ってタロウ!」
飼い犬のタロウが家の鍵を咥えてどこかへ持って行ってしまった。そしてすぐに何事もなかったかのように、戻って来た。
「タロウ鍵は?」
咥えていたはずの鍵がない。
タロウは尻尾を振り、可愛い目でこちらを見つめている。
急いで部屋を飛び出して、鍵を探す。
寝室に入った時、同棲している彼女が鍵を持っていた。
「あ……、それ」
「ねぇ、これどこの鍵?」
彼女の声と視線は冷たかった。
「実家の鍵だよ……」
「嘘だ。目を見れば分かる。浮気したんでしょ」
「……」
彼女は荷物をまとめ始めた。酷く憂鬱な時間が流れた。
「別れましょう。もう一緒にはいられない」
「……」
「さようなら」
彼女は部屋を出て行った。
膝から崩れ落ちて項垂れた。
タロウは彼女が落とした鍵を咥えて、僕の足元にそっと置いた。
お題:君が隠した鍵
—死神—
人間から寿命を買う死神がいた。
「十年分の寿命を売ってくれるのですか?」
「はい、お金がなくて娘の治療費が払えないんです。どうかお願いします」
男は顔の前で手を合わせて頼んだ。
死神は、男の要求通り寿命を十年分吸い取った。
「十年分の対価です」
「ありがとうございます」
男はニヤリと笑った。
そのまま走り去った。
死神はしばらく男の様子を見ることにした。
男はギャンブル中毒だった。競馬やパチンコなど、あらゆる賭け事に朝から晩までのめり込んだ。故にあっという間にお金はなくなった。
また男はやって来た。
「また十年分の寿命を売ってくれるのですか?」
「娘の状態が良くならないんです。またお願いします」
死神が寿命を吸い取ると、男は倒れて動かなくなった。
「おや、寿命が尽きてしまったようですね。お客様、申し訳ございません」
死神は漆黒の翼を羽ばたかせて、空を飛んだ。寿命を簡単に吸い取らせてくれるような次の人間を探して。
お題:手放した時間
—星に願いを—
「見つけた!ほら、あそこ!」
彼女の指差す先には、紅く光る大きな星が見えた。
元々、星になんて全く興味がなかったけれど、彼女が見たいというから、来た。
周りには、思っていたよりも人が多い。
「本当だ」
「綺麗でしょ?」
「うん、まぁ」
正直俺は、あの星を見てもなんとも思わなかった。目を輝かせて見ている彼女を見ると、本音は言えなかった。
「何か願い事しようよ」彼女が提案した。
「願い事?」
「うん、あの星に願いを込めると叶うって言われてるんだよ」
周りを見れば、多くの人が両手を顔の前に組み、願い事を星に伝えているようだった。
そんな彼女も、周りの人と同じように目を閉じ、俯いた。
その横顔が、綺麗だった。
(彼女とずっと一緒に居られますように)
そう心の中で願った。
顔を上げた彼女を見て「何をお願いしたの?」と俺は聞いた。
「これからも二人でいっぱい星を見られますようにって」
今が夜で良かったと思う。きっと今、顔は紅い。
「あなたは何をお願いしたの?」
「それは……、内緒」
「なんでよ、教えてよ!」
「いやだよっ!」
その場から逃げるように去ろうとすると、彼女は走って追いかけて来た。
二人の足音が、夜の街に響いた。
こんな二人の時間がいつまでも続けばいい、そう思った。
どうか願いを叶えてください、と紅い星に向かって、もう一度願い事をした。
お題:紅の記憶
—厨房の中から—
久しぶりに店に帰ってきた。ここは、父が経営する小さな中華料理店。
客足が途切れない、地元住民から愛されている店だ。
最近、店は休業している。
父が交通事故に遭い、入院しているからだ。命に別条はないものの、骨折がひどく、店を開ける状態じゃない。
「数日だけ、店をお願いしたい」
三日前、都内の中華料理チェーン店で勤務している僕の元に、父から連絡があった。
だから僕は今、厨房に立っている。
見習いの身であるが、今だけは立派な料理人でなくてはならない。
開店時間になった。
「いらっしゃいませー」
客が雪崩れ込んでくる。次々と入ってくる注文をひたすら捌く。鍋を振り、皿を並べる、これを繰り返す。
「ご馳走様です」「おいしかったです」なんて言葉を耳にして、僕は「ありがとうございましたー」と返事をするが、手は止めない。
夢中だった。
気がつけば、閉店時間が近づき、客も減ってきた。無事、初日を乗り切る事ができたと、胸を撫で下ろした。
閉店時間になりシャッターを閉めようとすると、車椅子に乗った父と、それを押す母がやってきた。
「悪いな、急に頼んで」父はそう言い、
「本当にありがとうね」母も笑顔で続けた。
僕は二人を店内に入れ、厨房がよく見えるカウンター席に来てもらった。
「二人に見てほしい」中華鍋を振るい、十年ぶりに見せる僕の姿を父と母に届ける。
皿に綺麗に丸く盛り付け、二人の前に出した。
「チャーハンです」
「いただきます」二人は一口食べた。目には涙が見えた。
「成長したな」そう言われて、僕の目にも涙が浮かんだ。
今日、僕はいくつもの夢の断片を見た。
お題:夢の断片